『消えた男』
男はふと夜中に胸騒ぎがして跳ね起きた。
悪夢を見たわけではなかったはずだが、
何か大きな喪失感を伴う不安な心持ちが
いつまでも消え去る気配がなかった。
それが何を意味するのか分からぬままに頭を抱え、
白みかけた朝を迎えた。
窓を開けると外は珍しく濃い霧が立ち込め、
太陽の光を遠ざけていた。
やはり何かを忘れている。
霧の向こう側に。
昨夜のことを思い出そうと探れば探る程、
記憶に靄がかかったような出口の見えない
迷宮に引き込まれていくだけだった。
しかし本能的に何かを失ったことだけは把握していて
ただただその答えが分からなくて
悶々と時間の人質になって悩み続けているのだった。
それから数日が経って、
連絡が取れないと心配して
やってきた一人の人物が、
男の自宅を訪問したが、
数日前まで確かに存在していた
生活臭を部屋に残したまま、
部屋の主は忽然と姿を消していたのだ。
そこでさっそく隣近所の住民に
消えた男の目撃情報がないか
聞き込みをしたが、
返事は無しのつぶてで
途方にくれるばかり。
やがて夜になってその人は
男の家に泊まることにした。
きっと今夜辺り、
何事もなかったかのように
ひょっこりと帰って来るような気がしたのだ。
外は思いの他寒く、
やがてしとしとと雨が降り出した。
妙な孤独と不安感に襲われたその人は
不安を掻き消すように
布団をすっぽりと頭から被って
どうしたら男が見つかるのか
思案に暮れるのだった。
そうこうしているうちに
次第に身体がほかほかと暖まり出して、
昼間の疲労感からか
あっという間に眠りに落ちていくのだった。
深夜二時を過ぎた頃、
男は窓ガラスに何かが当る音に気付いて目を覚ました。
男は立って窓を開けたが、
外は暗闇で人もいなかった。
物音は単なる気のせいだと分かったものの、
そこから布団に戻ったとこで、
はたと気付いた。
いや、正確には気付いたというよりも、
疑問に思い当たったが正解なのだ。
男は何故ここにいるのだろうと思った。
しかし、男には理由が思い出せなかった。
頭の中に残る大きな喪失感と
記憶の混乱が生じていることは理解出来るものの、
その答えが分からぬまま男は再び、
時間の人質になって
答えを必死に見つけようと
もがき続けるのだった。
やがて夜が明けて
外は濃い霧になった。
男はこの部屋の主を探し出して
自分の抱えている疑問を
突き詰めようとの結論に達した。
そして彼はまだ濃い霧の立ち込めている外へ
主を捜しに出掛けて行くのだった。
こうして男は
世間に見つかることもなく
再び姿を消したのだ。
彼の記憶の中だけに存在する
消えた男を捜すために・・・。
~了~