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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏の夜の悪夢

 あなたの怖いものって何ですか?

 怖いって何だろうか。そもそも何に対してどういう時に怖いと感じるだろうか。

 ぼくは小さい頃からそういったことを考えたりする奴だった。突然何を言い出したかと思われるかもしれないが最後まで聞いてほしいと思う。ジェットコースターを例に挙げてみよう。レールの上を高速で駆け抜けるあのアトラクションだ。高さや速さから感じるスリルが醍醐味の乗り物であるがここで少しだけ考えてみてほしい。レールが見えているんだぜあれ。つまるところ、この先何が起こるかという予測、見通しが持ちやすいのだ。どれだけ速度が出ようとどんなコースを走るのかが分かっているのである。こうなってしまうと幽霊の出るタイミングが分かっているお化け屋敷やホラー映画と何ら変わりはなく、怖いと呼べるほどの感情は抱かないのではないかと思うのだ。

 別の例を挙げてみよう。蛇が怖いという人がいたとする。それはやはり蛇という生物の持つ牙や毒、そしてビジュアルから怖いと感じるのかもしれない。ではもし、その蛇が噛みつかない、全くの無害であるという確証があるとしたらどうだろうか。一〇〇パーセント人に危害を加えないというその生物に怖いと感じる人はどのくらいいるだろうか。

 結局のところ、分からないのである。これからぼくの『怖い』について語らせてもらいたい。それに対してどれだけの人に『怖い』について感じることができるかは分からないけれど聞いてほしいと思う。あの夏に感じたぼくの『怖い』夜を。


【体験者 浦野涼平うらのりょうへい


 あれは大学三年の夏の日だった。親友の大樹(本名 今宮大樹いまみやだいき)とタツ(本名 細川竜也ほそかわたつや)、タツの彼女の綾(本名 藤崎綾ふじさきあや)とその友達の美菜子(本名 天野美菜子あまのみなこ)の五人でキャンプに行った日のことである。「夏らしいことがしたい」というタツと綾の何とも安直な発想で企画され、夏休みを利用して近くの海にキャンプに来たのだ。午前中、泳いでいる最中に足をつってしまったぼくは暑い日差しを防げるパラソルの下、ぐったりと横になっていた。こんな楽しいイベントに動けないとは本当に自分が情けない。


「よう、少しは良くなったか?」


 大樹が海の家で買ってきたであろうかき氷をぼくに差し出しながらそう言った。きれいな形の氷の山に赤いシロップが染み込んでいる。夏の定番、ぼくにとってはありがたい一品である。


「まあ、何とか。チクショー、はしゃぎすぎた」


「さっきまでのお前の顔、傑作だったぜ? 写真を撮らなかったのは惜しいことをしたと後悔するレベル」


 そんなことを言いながらもぼくの心配をしてくれるこいつは良い奴なのだった。大樹はぼくの隣に腰を降ろすとかき氷をストローでしゃくしゃくと崩しながら口に運ぶ。波打ち際で笑いながら水鉄砲で遊ぶタツと綾、美菜子の姿が見えた。元気な連中である。


「若いねえ」


 ぼそりと呟くぼく。


「同い年が何言ってんだよ。運動不足だよ運動不足。お前が泳いでいるときに足をつるなんて珍しいからな」


 ……、嘘だ。

 ぼくは彼に嘘をついている。運動不足である事実を否定はしないがぼくは足をつってなどいない。正直に言おう。


 誰かに掴まれたような気がしたのである。


 右足の足首、はっきりと、かなりの力で掴まれた。引っ張り込まれるようなことはなかったが、急に動かなくなった右足にパニックになってしまったぼくは大樹とタツに引き上げられたという訳だ。その時は足をつったと二人に話したが、今思えばはっきりと誰かに右足首を掴まれたのだ。右足首、もっとはっきりと言うなら『左手』で。右側に親指のような感覚を覚えたから左手で掴まれたと思う。

 しかし、足が動かなくなるほど強く掴まれたのに手の痕一つ残っていない。赤くなってすらいない。こうなってしまうと自分の勘違いだったのではないかと思ってしまう。しかしあの時、海水は濁っていて周囲が見え辛かったため、はっきりと確認出来なかったが、ぼくの足を掴むことの出来る人物が近くにはいなかったのだ。他の友人からは少なくとも十メートルは離れていたし、海水面にぼく以外に頭が出ている人物なんて見当たらなかった。だからこそ、いない筈だった誰かに掴まれたという出来事がぼくを不安に陥れているのである。今、楽しそうに遊んでいる三人に何かが起こるのではないかと気が気でないのだ。


「おいおい、怖い顔してんなぁ」


 ぼくの顔を覗き込みながら大樹が笑いながら言った。今、彼に足を掴まれたかもしれないという話をしたらどんな顔をするだろう。笑い転げて暫く腹筋が筋肉痛になるかもしれない。ぼくは大きく溜め息をついた。溜め息をつくと幸せが一つ逃げていくと言うが今の一回で一年分の幸せが無くなってしまったような気がする。

 無邪気に遊ぶ友人三人の向こうでは幼い三人の子どもが遊んでいた。男の子が一人、女の子が二人。大学生と変わらず眩しすぎる笑顔で遊んでいた。


「ぼくにもあんな無邪気な頃があったんだろうな」


 子どもたちを見てぼくは思わず呟いた。


「はははっ! 突然何言ってんだよ。暑さで頭がショートしたか?」


 聞こえていたらしく声を上げて笑う大樹。


「あの三人が羨ましいよ。今だけだぜ? あんなに楽しそうに笑って遊べるなんてさ。数年後にはまたいろいろ出てくるだろうしさ」


 見たところ小学校高学年くらい。中学校に入ったら心身ともに成長して様々な問題も出てくるだろう。小学校と中学校とではシステムが違うから対応出来ない生徒も多いという。そういうのを中一ギャップって言うんだっけか。


「つまんない奴だな。今を生きてるんだぞ? 先のことはその時になって考えれば良いんだよ。まだまだこれからなんだからさ」


「そうだな……」


 その時、ふと気付く。砂浜の入り口、松林のところに男が立っていた。スーツの男である。転んだのか事故にあったのかは分からない服装はぼろぼろ、ジャケットは羽織っていたがネクタイは結んでいないようだった。少なくとも夏のビーチには不似合い、というか場違いな人物だった。その人物に不気味さを感じたぼくはすぐに視線を逸らし、かき氷を口に運んだ。しっかりシロップがかかっていた筈なのに、どういう訳か味がしなかった。










「遊び疲れた……」


 借りていた旅館の部屋でぐったりするタツ。あれだけはしゃげばそうだろう。ぼくらがいる場所は海水浴場から歩いて五分の海辺の古い旅館だった。今夜はここに宿泊することになっている。日帰りでもよかったのだがせっかくなので泊まって帰ることになったのだ。男女別の二部屋、窓からは海もよく見える風情のある旅館である。しかも露天風呂付き。少し建物が古いこともあり、所々暗い場所があるのが気になる程度だった。客室前の廊下の突き当たりは薄暗くなっており、何だか不気味な感じがした。

 女子二人が風呂に行っている間、ぼくたちは他愛もない会話で盛り上がっていたのたが、タツがふとこんなことを言い出した。


「この旅館、出るらしいんだよね」


「出るって幽霊か?」


 大樹の問いかけにタツは意味深に頷く。ぼくの脳裏に一瞬あのスーツ姿の男が過った。


「長い髪の女の霊がさ、廊下に立ってるんだとよ。ほら、薄暗かっただろ?」


 薄暗かった廊下の突き当たりを思い浮かべる。その時、何故かぼくの背中に寒気が走った。液体窒素でも流し込まれたかのような感覚、一瞬にして体温が低下し、身体に震えが走る。廊下の突き当たりを想像しただけなのに。


(疲れてんのかな)


 ぼくは呑気にそう思っていた訳だが、この数時間後にあんなに恐ろしい目に遭うとは思いもしなかった。










「ったく、勘弁してくれよ」


 ぼくは大きく溜め息をついた。隣では美菜子がまるで小動物のように(失礼な表現かもしれない)小さくなって震えながら歩いている。ぼくの服の裾をぎゅっと握ったまま放してくれない。


「ご、ごめんね。私怖がりで……」


 ぼくの独り言に美菜子が謝る。どうやらこのシチュエーションにぼくが文句を言ったと思ったらしい。


「いや、そうじゃなくてさ。よりにもよって幽霊が出るかもしれないっていう旅館の周辺で肝だめしなんてするか普通」


 海が近い、つまるところ水辺だってのに。

 ぼくは今、美菜子と二人で昼間遊んだ砂浜を歩いている。所謂肝だめしというやつだ。タツ曰く、海の家の前にカプセル(ガチャポンなんかで出てくるあれだ)を置いてあるらしく、中のメモに書かれている言葉をラインでタツに送ったらクリアというルールらしい。よりにもよって幽霊の出ると噂の場所で肝だめしって……。逢い引きとかだったら少しは気が楽だったかもしれない。

 ……勿論冗談だ。

 しかし夜の砂浜というのも何とも不気味である。ドラマなんかだと恋人と二人で歩くなんてシーンがあったりするものだが、実際には無理じゃないかと思う。ドラマはあくまでドラマ、撮影の都合で明るく映っているが、実際には真っ暗で近くまで行かないとどこまでが砂浜で、どこからが水際なのかが分からないのである。昼間は爽やかに感じられた波打つ音も今はすっかり静まり返り、ただただ沈黙だけが広がっている。

 しばらくして目的地である海の家に到着。課題のカプセルは分かりやすくちょこんと置かれてあった。美菜子がほっとした様子でカプセルを拾い上げる。ここまで何も起こらなかったことに安心したのだろう。

 その時、子どもの悲鳴のような声が聞こえた。ぼくは声が聞こえた方向へ視線を向ける。するとそこには海で溺れている小さな子どもの姿が見えた。

 

 何でこんな時間に?


 後になって思えば辺りも既に暗くなっているこの時間帯に子どもが泳いでいたということ自体がおかしいのだが、目の前で溺れている子どもを見て、いろいろ考えている余裕はなかった。

 ぼくは海に向かって全力疾走し、思いっきり水に飛び込んだ。服がまとわりついて足が動かないとか関係ない。子どもの溺れている場所まで全力で泳ぎ、手を伸ばした。子どもの手を掴み、近くに引き寄せる。暗くて海中は全く見えず、どのくらいの深さがあるのかも分からない。泳げない小さな子どもが溺れていても不思議ではないほど危険な状態だった。


「……? ……!!!!!」


 直後、ぼくの足に何かが触れた。そして鋭く走る痛み。足首の辺りを何者かに凄まじい強さで掴まれている感覚に襲われた。昼間の感覚が蘇る。やはりあれは勘違いなどではなかったのだ。ぼくは子どもを近くに引き寄せたまま水中で足をばたばたさせた。


(放せ! 放せっ! 放してくれよ!)


 ぼくの頭の中を恐怖が支配する。得体の知れない相手に蹴りつけても全く効果がない。ぼくは死に物狂いで暴れた。

 その時、ぼくの頭に何かが当たった。一瞬パニックになりそうになったが、見るとそれは見覚えのない浮き輪だった。紐に繋がれていてそしてそれは岸の方に延びている。理解すると同時に聞き覚えのある声がした。どうやら美菜子が文字通り助け船を出してくれたらしい。ぼくはそれに必死に掴まった。美菜子が岸へと引っ張ってくれているのが見える。

 気付けばぼくの足を掴む何者かの気配は無くなっていた。助かった。安堵して溜め息をついた時だった。







 どうして助けてくれなかったの







 知らない声だったけれどはっきりと聞こえた。水の音に消されることなく、まるでぼくの耳元で呟いたようなそんな声が。小さな声だったけれど悲しみ、そして怒りのこもった静かで重い言葉が。

 はっとした。そうだ、あの子は? しっかり抱えていた筈の小さな体はぼくの腕の中にはない。まさか、ぼくは自分の安全に気を取られて小さな子どもの命から手を離してしまったのか? 何も見えない真っ黒な水面をぼくはただ眺めることしか出来なかった。










「何考えてるのよ!? もう少しで死ぬかも知れなかったんだよ!?」


 戻るなり美菜子に頬をひっぱたかれた。彼女は目に涙を浮かべてぼくを睨み付けている。しかしぼくは彼女に対して何の感情も抱けなかった。手の中にあった幼い命を救えなかったという無力感、そして罪悪感がぼくを塗り潰していたからだ。


「あ、あ……あぁぁぁぁああああああああああああああああっ!!!!!!」


 力の限り叫んだ。喉が潰れそうなほど痛い。けれど関係ない。砂浜に頭を何度も打ち付ける。痛い、けれど関係ない。ぼくは自分可愛さに小さな子どもの命を……


「ごめんなさい……ごめんなさい……、ごめんなさい……」


「涼平くん大丈夫?」


「あの子が……、俺が……俺が殺したようなものだよな……畜生っ!」


「わ、私には何を言っているのか分からないよ。聞いても良いかな? 『あの子』って何のこと?」


 ぼくはそれを聞いて美菜子が何を言っているのか分からなかった。


「何言って……」


「さっき怖かったよ。だって涼平くん、ぼんやりしてたと思ったら突然海に向かって走り出したんだもん。もしかして何か悩みがあって……」


「待ってくれ。子どもがいただろう? 溺れてた子どもが!」


「いなかったよ! 海には誰もいなかった。こんな時間だよ? 子どもがいる筈ないよ」


 見えなかった? そんな馬鹿な! 水面はばしゃばしゃと音を立てていたし、それに子どもを近くまで引き寄せたときにしっかりと確認したんだぞ?


「そんな……あの子は間違いなくいたんだ。あそこで溺れてた。だからぼくは……」


「こんな夜に一人で海に? 有り得ないよ」


 何が何だか分からない。ではさっきぼくが助けようとしたのは誰だったんだ?


「それにね、見てよ。灯りもほとんどない。海だってこんなに暗いんだよ? 仮に誰かがいたとしてもどうしてそれが子どもだってはっきり分かるの?」


 私には見えなかったけど、と付け加える美菜子。どうやら本当に見えていなかったようだ。じゃあぼくはどうして海に飛び込んだんだ? いない子どもを助けようとして海に飛び込んでそれで……、


「……!!」




 誰かに足を掴まれたのだ。




 まさか、まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか。

 まさかあれは、ぼくを引きずり込もうとした何者かの仕業?

 一気に全身に震えが走る。今思えば手を伸ばした子ども、その顔を見ていない。余裕がなかったというのもあるが、引き寄せたのならその子の顔くらい見ている筈なのだ。分からない。何故だ?


『どうして助けてくれなかったの?』


 あれは気のせいなんかじゃない? ぼくは今、殺されそうになったという事実を理解し、そして戦慄した。震えが止まらない。勿論、凍えている訳ではない。恐怖だ。そういえば昼間も足を掴まれたのだ。ぼくはずっと狙われていたのだ。


「大丈夫? 顔色悪いよ? とにかくもう戻ろう」


 美菜子は手に入れたカプセルをぼくに見せながらそう言った。こうしてぼくらのミッションは終わった。それは何とも不気味で不可解な結末だった。旅館に戻るまでの間、ぼくは海の方を見ることが出来なかったし、波の音が今までにないほど怖かった。








 旅館に着き、ぼくは自販機に飲み物を買って戻ることにした。お酒は弱いのでコーラでも一気飲みしてやろうと思ったのだ。そうでもして嫌な感じを吹き飛ばしたかった。美菜子には先に部屋に戻ってもらい、ぼくは正面入り口にある自販機に向かう。あんな体験をしたからだろうか。蒸し暑い時期だというのに寒気がして仕方がない。目的の物を購入し、その場で栓を抜く。銭湯なんかにある瓶のコーラだ。何だか雰囲気があるだろう?

 それを一気に飲み干し、ほっと一息。先程までの恐怖心は薄れ、気持ちも少し楽になった。後は部屋に戻って寝るだけだ。階段を上がり、廊下に出て自分の部屋に、










 ぞわり。







 廊下を少し進んだところでぼくの足は止まった。否、動かなかった。金縛りという表現が的確な程、体の自由が奪われる。

 ぼくの視線の先、廊下の突き当たりにそれはいた。


『この旅館、出るらしいんだよね』


 白いワンピースをまとう長い髪の女性が突き当たりに俯いて立っていた。光の当たりにくい廊下の突き当たりの暗闇の中で。背は高く長い髪で表情は見えない。ぼくの部屋はその女性のずっと手前だ。気にせず部屋に戻れる筈である。なのに動けない。体の器官全てがアレに近付くことを拒否している。

 その時、ぼくはやってしまった。いや、この場合は仕方がない。体が動かなかったというのもあるし、視線を動かすほど余裕がなかったというのもある。けれどそれがまずかった。



 その女性と目が合ってしまったのである。



 はじめはぼんやりとこちらを見ていた女性だったがその表情に徐々に変化が訪れる。口角が上がり、不気味な笑顔を浮かべたのである。


 ぺた。


 ぺたぺた。


 ぺたぺたぺた。


 ゆっくりとこちらに足を進める女性。あまりの怖さにぼくは体を動かすことが出来ない。女性はさらに近付いてくる。


 ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた。



 そして、かなり近くまで近付いてきた後……



 ぺた……ぺた……ぺた……ぺたぺたぺたぺたぺたぺたっぺたっぺたっぺたっぺたっぺたっぺたっぺたっぺたっぺたっぺたったったったったったったったったったたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた!!!!!!!




「あぁぁぁぁああああああっ!!!!!」




 悲鳴を上げると同時にぼくの体は階段に向かって飛んだ。階段を一気に飛び降り、別のフロアへと逃げ込む。ゆっくりと近付いてきた女性が少しずつ速度を上げ、嬉しそうに笑いながらこちらに向かって走ってきたのだ。

 廊下を疾走し、非常口を見つけると無我夢中でドアを開けて外に飛び出した。真っ暗な世界が広がっていたが今はそれよりも追いかけてくるアレから逃げることしか頭になかった。


「こ、ここは……!」


 しかし、甘かった。ぼくがたどり着いた場所は先ほどの砂浜だった。

 はあっ! はあっ! 嘘だろ!? よりにもよって!



 がたん!



 急に大きな音がした。ぼくはパニックになりながらも周囲を見回す。するとそこには……、









 昼間見たスーツの男が俯いて立っていた。







 もう恐怖しかなかった。何もかもが怖かった。彼らが何なのか、どうしたいのか、何が目的なのかさっぱり分からなかった。その男が俯いている理由がその首に巻かれたネクタイのせいだと理解した時、ぼくは意識を手放した。あの時、ネクタイをしていなかったんじゃない。結んでいたのではなく絞めていたのだ……。










 翌朝、ぼくは友人たちにビーチで倒れていたところを発見され、救急車で運ばれた。特に怪我をしていなかったこともあり、すぐに病院を出ることが出来たのは幸いだった。

 ぼくはすぐに心霊関係に詳しい友人に相談した。今回見たもの、そして体験したことを全て。すると彼は言った。



「それはさ、お前の気の持ちようなんだよ」


「……どういうこと?」


「最初に足を掴まれたと感じた時から既にお前は霊の世界に対する認識を無意識のうちにしてしまったんだよ」


 話によると、霊の世界はぼくらのすぐ近くに存在しているが、大抵の人はそれを認識することなく日々を過ごしているのだという。しかし、何かの弾みで少しでも意識を向けた瞬間、この世のものではない存在が見えることがあるという。

 今回、ぼくの場合だ。足を掴まれたかもしれないという疑心や不安が霊の仕業かもしれないという意識を産み、そして普段は見えない筈のものが見えてしまったらしい。大樹たちに話を聞くと、ぼくが見かけた海で遊んでいた子どもたちだが、そんな子は全く見かけていないという。つまり、彼らもこの世の存在ではなかったということだ。この時点でぼくは霊の世界に足を突っ込んでしまっていたのだ。だから夜に見えない筈の子どもが見えたのだろう。そして廊下の女性や砂浜のスーツの男も。


「しかし、旅館で女の霊から逃げたってのは正解だな。幽霊も自分達は認識されてないと思ってる。普段は見えてないからな。けれど涼平みたいに見える奴がいると分かったら取り憑こうと襲ってくるぞ。ギリギリセーフ」


 他人事だと思って彼はけたけたと笑って言った。ぼくは笑えなかった。

 結局のところ、幽霊は自分達のすぐ近くにいる。ただ自分達が気付いていないだけということだ。人混みの中にもしかしたら自分にしか見えない幽霊が混ざっているかもしれない。

 今回ぼくが言いたいのは所謂幽霊と言われる彼らやその世界についてぼくらは何も知らないのだ。だからこそ、怖いと感じるのではないかと思う。あくまで個人論だが『知らない』『気付かない』ということは時として幸せなことであり、罪なことであり、怖いことなのだ。暗闇を見つけてそこに何がいるかも、と思ってしまったら本当にそこに誰かが立っている。鏡に映った物影が、幽霊に見えたのならそれは本当に幽霊である。誰かに尾行されているような気がしたら、背後に誰かがいる。充分に有り得る話なのだ。

 だからぼくの怖いとは『知らない』『気付かない』こと。変わっているかもしれないし、そもそも何の話をしているのか分からない人もいるかもしれない。けれど最後に問わせて欲しい。そしてもう一度考えてみて欲しい。


 あなたの怖いものって何ですか?

慌てて書いたので伝えたいことの半分ほどしか執筆できませんでしたが、いかがだったでしょうか? 何を書いているのか分からない点も多いですが少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 真夜中、背後を気にしつつ拝見しました。夕暮れ時の人混みの中、ふと通りすぎたがらんと暗いオフィスや閉館後の図書館。わたしは「いる」と思ったことは幸いないのですが、確かに気づいていないだけで「…
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