ファーストミッション
あの騒ぎから一日。今、私の手元には一通の手紙がある。あの天使が落としていった手紙だ。
私の知識が正しければ、昨日の不審未確認飛行生物はたぶんおそらく推定、熾天使なんじゃないかなー、と、夢現に思わなくもなくはない。非常に認めたくはないが。燃える車輪の座天使とセットで降臨しなかったことは幸いだった。圧倒的キメラの智天使じゃなくってまだ良かった。燃える翼の集合体って十分にトラウマ案件だけど。
受胎告知の時に大天使を使わした主はよくわかってるわー。マジファインプレー。人型、これスゴク大事。こっちの神もそれくらいの気遣いができればよかったのに。人の話聞かないタイプだったから無理っぽいけど。
…私よく人を天使に例えてたけどさ、あれ、辞めるわ。例えた人に失礼だもん…。
閑話休題。
さて、この呪いの手紙である。呪いというのは比喩でもなんでもなく、純然たる事実だ。
どうにもこの手紙、触れるのが私だけみたいなんだよね。私専用の呪われし手紙。捨てても戻ってくる機能付き。グングニルじゃないんだからその機能は要らなかったかなー。
泣き喚く私にふよふよと熾天使が近づいてくると、兄はいよいよ臨戦態勢に入った。大人達は祈り始めたり(主に司祭とか)、感涙しながら抱き合ったり(主に両親とか)と、全く役に立ちそうもない。乳母は席が遠すぎてよく見えなかった。広いからね、この大聖堂。間に柱何本もあるし。
背中に子泣き爺よろしく私を引っ付けながら、兄のハイキックが天使を襲う!!
ヤツはひらりひらりと攻撃を避け、まるで兄を嘲笑うかのように私達の周りを飛び続る。
羽の中から一本の腕が伸びてきて、響き渡る私の絶叫。教会ってめっちゃ声響くんですね!
その手が持っていたのこそ、この呪いの手紙――!!
当然のことながら私が手紙を受け取るわけもなく。だって怖いし。代わりに兄が手を伸ばしても、何故か触れずに空をかく。それを見た司祭が以下同文。他の人達も右に同じく。まるでコントみたいだった。ちょっと楽しかった。
結局。私は頑として受け取らないわ、他の誰にも手紙が触れないわで、手紙は床の上に放置プレイかまされました。天使はいつの間にか消えていた。
神の使いとはなんだったのか。
泣き止んだ私が嫌々手紙を拾い、興奮冷めやらぬ両親に引きづられるように、万雷の拍手に送られて馬車に乗せられて城へ。
確かにチートを望んだけどさ…。
違う、そうじゃない。
私が欲しいのはこーゆーんじゃないんだよ。もっとわかりやすい魔法の才能とか鑑定眼とかそっち系なんだよなー。
本来なら昨日、私は離宮から本城の後宮へ居を移す予定だったのだが。私の精神状態を考慮してか、そのままいつも通り離宮のお部屋でジェイン君と一緒に過ごせることになった。
今までは乳母とジェイン君の三人で暮らしていた。けれど、後宮に二人はいない。
乳母の旦那さん――ジェイン君の父親は大臣だか宰相だかをしているらしい。ちょっと言葉が難しくて解読不能だったが、とにかくそれなり以上の地位だということは理解した。どうも法衣貴族で領地は無いらしく、王都にある家が実家みたい。明日からはそこから通って来るそうだ。
そして明日から勉強が始まる。剣の稽古も始まる。そしてそして、いよいよ待ちに待った魔法の練習も始まる!
その前にこの呪いの手紙をなんとかしなければ!たぶんチートの何やかんやだろうし!
でも、私、まだ文字読めないんだけどなー。とか思ってたらば。
「ご心配なく、私が読んで差し上げますよ。」
ナイス!乳母!
これで憂いは無くなった。わくわくしながら手紙の封を切る。
『ミッション!婚約者に嫌われよう。
婚約者、リファー・リエゾン嬢からの好感度をマイナスにしよう!』
日本語でした。
隣で乳母が「??」ってなってる。だって日本語だもんね。
つうかさ。誰だよ、リファー・リエゾン。婚約者とか聞いたことねぇんですけど。好感度って何。どこで見れんの。ステータスって何回唱えてもなぁんも出なかったんですけどぉ?
そんな私の思いを他所に、手紙は風に溶けるように消えていく。
えっ!?返事どうすんの?レスポンス要らねぇの?既読スルー推奨?