無職とこれから Ⅱ
ベンジー・クロエ
年齢25。
この土地では珍しい黒髪で茶色の瞳、常に黒いストライプのスーツを着こんだ男性。
目鼻立ちは割りとくっきりとし、少し日焼けし、平均より若干筋肉のある健康的な見た目の男。
よく女性には、後ろ姿は良いと言われる。
背は177センチと平均よりは高いためか、後ろ姿だけ誉められる。
ちなみに正面は何か物足りないとのことである。
うるさい。
世界に名を知らしめるルノアール大学において前学長を務め、この国の考古学の権威であった、クロード・クロエの一人息子である。
19という若さでその大学を次席で卒業。
翌年、そのまま同大学に教授として席を置く。
23に父と共にオーパーツと呼ばれる模様入りの石盤等を、最後の秘境と呼ばれた中央大陸はぐれ島周辺にて複数発見。
共同での論文発表により学会にて一目置かれるようになる。
その翌年、父クロードを不慮の事故で亡くす。
母を幼い頃に病気で亡くし、父とは別々に暮らしていたため、父との記憶は学者になってからの方が多く、父という認識もあまりできなかった中、強制的に家督を継ぐこととなる。
また、学長であった父の影響も受け、周りからも信頼を勝ち取り、行くは学長、副学長候補と噂されていたその矢先、
職を失う。
「なんですかこれ。」
先程受け取った紙をもう一度見直して、正面で頬杖をついている同い年の上司を真顔でみつめる。
ちなみに俺が卒業した年の首席はこいつだ。
学生時代はサボってたイメージしかないのに首席とかどんだけだよ。
「そのままの意味だよ。」
「てことはふざけてるんですね、全く、冗談が過ぎますよ。」
一瞬焦っちまったじゃないか
「紙に記した文字はともかく、その内容を冗談だと思うかね?」
ちょっと何イッテルカワカリマセン。
「1度は忠告したはずだぞ、オーパーツについてこれ以上発言するなと。」
「いえ、聞いてませんけど。」
「そうだったか?でもまぁこういう事になるリスクを見越して意見を述べたのだろう?」
確かにそうだ。
オーパーツという存在は世間には公表されていない。
それは、現在までの歴史とは、
初まりは神が創造した
という一文により成り立っているからである。
それにより、その異物の存在は、今ある人類史を根底から覆してしまう可能性があるからだ。
そうなれば初まりの御四家とはなんだったのか。
神とは、世界を創造したものとはなんなのか、ということになり、その存在を否定する意見もでてくる。
そんなことになれば確実に御四家の全てを敵に回す事になる。
皆が皆敬虔な信徒というわけではない。
学者の中でも神や歴史に対して腑に落ちない者も多少はいるだろう。
だか、そんな事を道の真ん中で唱ってしまえば、頭がおかしくなったのだのなんだの言われ、学者としは再起不能になってしまう。
だが、俺は何も策を打たずにこんなリスキーな事をしでかしたわけではない。
まだ、仮定の段階であるから世間やお偉いさんには見られないように根回しはした。
それはこの学長様にも何回も言ったつもりだった。
「でも、僕の論文は世間には公表されないとのことでしたよね?」
「あー、そこなんだがな。」
黒い皮のいかにもお高そうなイスに深く座り直し、腕を組み、神妙な面持ちで、
「だって、大学内で公表すべきってなったんだもん。
ほら、今この学校ってあんまり入学する生徒多くないじゃん。ちょっと難しすぎるとか、そこまで勉強する気ないだとかで、減ってく一方だしー、
そんな時に奇抜な事を書くやつがいるとわかれば、『この大学っておもしろーい』とか『いろんな分野があるー』とか『入ってみたいなー』とかなるじゃん!
そう思ったらね、わかるでしょ。」
最後、後ろに て◯ぺろ という文字が付きそうな言い方と格好をしていた。
かわいいなおい。
ん?なんだ? て◯ぺろ って。
ともかく、最初の威厳ある風格はどっかへ吹き飛んでいた。
まぁ話は理解した、だか、納得はしていない。
「はぁー、え?てことは公表したんですか?」
わかりきったことを一応確認してみる。だか、
「いや、公表には至らなかった。」
予想外の答え。
ならなんで。頭の中に疑問符が生まれるが、まぁすぐに答えるだろうからこいつを頭から弾き出す。
「だか、公表するつもりではいたんだ。大学の方針が決まり、いざ世間様の目の前へって所に、なにやら噂を耳にした王族の方が確認しに来て『けしからん!これを書いたやつは誰だ!』って言って上の方で問題になったらしい。~」
話を要約するとこうだ。
つまりは、なにやら大学が王国批判をするらしいと噂を聞き付けた王族の方は真っ先にそれを確認しに来た。
中身はやはりそのような内容であり、問題にすると言った。
しかし、大学側はこれは個人の考えであって国家を批判するものではないと言ったが、王国側は放ってはおいては宮廷の威信に関わるということで決まったらしい。
国家反逆の罪だとある人は言ったが、何人もの王族が卒業している大学であるが故に、大学を批判、糾弾すれば、そこに在籍していた王族も悪いイメージを持つと考えた。
どうするか考えていたところ、これは個人の考えだと大学が言っていた事を思い出す。
幸い論文は世間に出回る前であり、大事にしなければ世間には知られないと考え、
ならば、このようなふざけた事を言っている本人だけを締め上げればいいという結論になり、クビにするようにと、でなければ金輪際援助金は出さないと持ちかけてきた。
大学側も大学事態に然したる影響はないということでこの条件をのんだということだ。
納得するはずがない。
確かに調子に乗った、身の丈以上の事を述べたと思う。
けれど、賛成してたじゃん。
支持するって言ってたじゃん。
こんなふうに俺の気分を乗せたのだれだよ。
あんただよね、ボス。
酒の席だったけど、相談したら
『好きなこと書けー』
っていつも言ってんじゃん?
はぁー、とちったなー、まぁいいか。
一瞬焦りもしたが、クビになったというのに俺は落ちついていた。
そこには、やってしまったという落胆も、これからどうしようという不安もない、
言うなれば無。
そこになんの感情もなかった。
なぜならば、これから生きていくのに支障はないとわかっていたからだ。
この大学には国から莫大な額の援助金が送られる。
その中にこれまた莫大な額の退職金が含まれているのだ。
その退職金は立場が上になればなるほど多く貰えるわけなのだか、最低4年で貰えてしまう。
また、この制度は大学ではルノアール大学だけであり、他に国の息のかかった施設等にも存在している。
だからこそ、この大学の講師は競争率が高く、エリートばかりが集められるのだ。
俺の場合は、今までと変わらぬ生活をすれば後20年は何もせずとも暮らしていけるだけの額があると把握している。
それだけの地位と名誉を勝ち取ってきたのだ。
故に、何かあるとすれば研究成果を人前に出すことができなくなった寂しさが若干あるだけで、後悔なんてものは微塵もなかった。
だから当然のように、
「なら、しょうがないですね。だったら次に退職金の話に移ってもいいですか。」
そう言った。
しかし、ここのボスは首をかしげ、ハッと思い出したような、何やら言い出しずらそうな態度を取り、
「あー、すまない。」
謝りやがったのだ。
「退職金はでない。その、一応国家反逆の罪として問題視された人間に出す金はないとのことだ。」
チョトナニイッテルカ理解できなかったけれど、
頭の中で整理をし、
真っ白になった。
今まで頑張ってきたのは何のためだ?
金のために決まっておろう!
人よりいい生活をするためにやってきたのだ、そのために生意気な学生や、年より教授のご機嫌を取って上手くやってきたのだ。
先ほど何も感じないといったが、今、俺の心は絶望感に支配され、どっぷりと首まで浸かっている。
その首を鎌を持ったドクロの死神が、今にも刎ねんばかりの体制で笑いかけている。
ざ◯ざわ
ってなんだ。
「ちょっとまってくださいよ!え?金が出ないってことは俺は・・・無職で路頭に迷うってことですか!?」
「残念ながら、そういうことだ。」
「そんな・・・」
一気に体の力が抜けて床に膝をつく。
もう何もする気が起きない。
最後に聞こえたのは、
「これは私からの餞別だ、少ないかもしれないが」とか、
「君には期待していた、どこへいっても」とかで、
あまり覚えてはいなかった。