プロローグ
「ここで一歩も踏み出せないヤツはどこへ行ってもクズのまんまだ」
灰色と黒で塗りつぶされたどんよりとした雲、今にも冷たい雨が地面めがけて落ちてきそうな空の下、そう言った目の前の男は、私の背に合わせ片膝をつき右手を差し伸べている。
男はカーキ色の膝まであるコートに身を包み、これまたカーキ色のソフトハットに茶色い革靴、中はスーツだろうか、黒いストライプのズボンが見える。
年は30ぐらいだろうか。
顔には大きい楕円型のサングラスを掛けている、そのため表情は窺えない。
この場には似合わない。そう、例えるなら「異物」。
だって、この場所は・・・
いや、そんなことよりも、この男は私に手を差し伸べている。
いいのだろうか、その手を掴んでも。
いや、いいわけがない。できるわけがない。
そう思い俯く。
男と違って私の格好は、一言で言うと、見窄らしい。
赤い絵の具を筆で掛けられた模様の元は白い半袖のシャツに、擦り切れて所々に穴が開いているジーパン、白い髪は背中まで伸びボサボサで、足元は裸足で走ったせいか爪が割れている。
右手には短銃、そして左手には弟の右手。
そう、右手だけ。
手首からその先は、赤い液体が少し垂れるだけであるはずのものが何もついてはいなかった。
しかし、私の左手は動かない。まるで石になってしまったかのように指がくっついている。
ましては、右手に持っているのは武器だ。
自身の命を守るため、相手の命を奪う道具だ。離すわけにはいかない。
でも、それでも、この男を信じてみてもいいのだろうか。
こんなゴミ溜めの世界の外へ踏み出してもいいのだろうか。
そう考えていると、男は差し出した手を私の頭に乗せた。
その瞬間、私の片手から物が落ちた。
高い金属音とともに、敵意を落とした。
私は、私の頭に乗せられた手をからっぽになった手で握った。そして泣いた。
乾ききっていたはずの目からボロボロと雫が落ちた。
自ら曇らせている視界のせいか、辺りに光が指した気がした。