白亜の宮殿にて
私たちは突然の事に、反応出来ずにいた。
「これはホホロ宮廷の意向かね?」
「あなた方を連れて来いとのお達しです。拒否すれば、縛ってでもと」
セダレさんの険しい声に、ボウボウ髭を蓄えた背の高い男が、整列した兵の中から歩み出た。
「私は、警備隊長のシガと申します。手荒な事はしたくありません。どうか大人しく付いて来て頂けませんか?」
胸に手を当て、頭を下げる。
この男、見た目と違って紳士的?
私はセダレさんに頷いた。
流れに逆らわない方が良い気がする。
「私たちは商売をしにホホロに来た一行だ。用があるのは私だけで良いのだろ?他の者には仕事をさせておくれ」
「魔力者全員来て頂かないと困るんです」
シガ隊長は眉尻を下げて、既に困り顔だ。
この人ボウボウ髭が無かったら、かなりの迫力不足だね。
隣で剣を向けている兵士たちの方が、よっぽど偉そうだ。
「どうでも良いけど、この剣、感じ悪いから止めてくれない?」
私は兵士たちをジトーっと眺めまわす。
シガさんが慌てて剣を納めさせる。
「私は行ってもいいよ。王宮でトラブルなんでしょ?シロとホトちゃんも連れていくね」
「……わかった。アリスたちは商いがあるだろう。宿を決めて、後で王宮に連絡をおくれ」
さすがはセダレさん。
水魔力持ちのアリスさんをメンバーから除外するようもっていく。
私たち一行は暫し別れる事になった。
「アリスさんたちの言うことを聞いて、お手伝いしてね。戻ったら苺飴あげるから」
そんなの無くても頑張るからと、ジュウとミーナちゃんは顔を強張らせている。
二人の頭を撫でた。
ホトちゃんが何やらジュウに励ましのアドバイスを贈っている。
用心棒のタイガとマスク兄弟もいるし、大丈夫だよね。
「さぁ。参るぞ!」
私はシガさんの立派な鬣を持つ駿馬に乗せられる。
サバクポニーと違って、デカイ馬だ。
いきなり視界が、高くなる。
「大丈夫か?しっかり捕まっておけよ」
セダレさんも兵士と馬に乗り、ホトちゃんとシロも準備万端だ。
心配そうに見送るオリバー村のみんなに手を振りながら、私たちは宮殿ヘ向かった。
砂煙が巻き起こる。
馬上から『ふんわりテレパシー』『スーパー体力バカー』『ムキムキ怪力娘』を唱える。
ホホロ都の広がる道を駆け抜けて行く。
焼き尽くされた後構築されたのか、真っ直ぐな道をひた走る。
周りに連なる民家や商家も、四角い新しい家が建ち並び、バルコニーには黄色や白の布がはためき綺麗な花まで飾られている。
ホホロ都、すごいじゃないか。
ちゃんと復興しているよ。
「街が、キレイになってて……イタイ」
感嘆して叫ぼうとしたら、舌を噛んでしまった。
「気を付けろよ。馬に乗りなれてないようだ。力を入れるな俺に身を任せろ」
俺に身を任せろと言われても、今の私は手綱を必死で掴みシガさんに後ろから抱きかかえられている状態で……。
抱きかかえる?
後ろから?
身を任せる?
キャー。
何かエッチじゃない?
騎乗中に邪な気持ちで見悶えている私を、シガ隊長は冷静に諭す。
「暴れないでくれないか。急ぐから暫く我慢して欲しい」
……スミマセン。
更にスピードをあげ、街を疾走する。
宮殿が、見えてきた。
うぉ~。本当に宮殿だよ。
絵本の中にあるような白亜の宮殿に、私のテンションは上がりまくる。
宮殿の周りは水堀で、橋を渡り奥へ進む。
広場は沢山の兵士で、ざわめいていた。
シガ隊長たちが一緒なので咎められる事は無いが、ふわふわ浮いているホトちゃんとシロは一身に視線を集めている。
注目されるのが好きなホトちゃんは、気にもとめず、イヤ、むしろ嬉しそうだし、シロに至っては気づいてもいない様だけど。
「税門警備隊長帰還。此より、第一宮殿に入る」
シガ隊長の声に行き交う兵士たち立ち止まり、一斉に敬礼のポーズをとる。
広大な広場を抜け、緑の生け垣の前で馬を降りた。
抱えられながら、私もヨタヨタ降りる。
「これから先が第一宮殿になる」
王宮かぁ。王子様にご対面かぁ~。
グヒヒヒヒ。
私のテンションも上がってきたぞ。
生け垣を越えるとあらわれた噴水の周りには、鷹が模された石像が並べられ、その先のアーチ型の薔薇をくぐると、白亜の第一宮殿だ。
聳え立つ柱にも細工が施されている。
キョロキョロしながらシガ隊長の後をついて行く。
「ここで待つように」
私たちは、20畳程の何もないガランとした部屋に通された。
壁に田園の絵画がかけられ、赤い絨毯がひかれただけの部屋。
「モモ。オレサマ腹が減ってきた」
ダレてきたのか、ホトちゃんが私の肩に頭を擦り付けてくる。
「ボクも~」
シロも太ももに頭を擦り付けてくる。
痛いからね、シロ。
「あんたたち、さっきシュークリーム食べたのにね」
足りない!もっと欲しいと、二人が大合唱する。
ヤレヤレ。
私はリュックから苺飴を取りだし、二人の口に放り込む。
途端にご機嫌になり、部屋をぐるぐる回りじゃれあい始めた。
「おいしいな~おいしいな~苺飴はおいしいな~」
ヘンテコな歌付だ。
ふんわりテレパシーを唱えている私の頭にはピピピピと、例のサーチ音が入り、情報が流れ続けている。
ピピピピピ
壁裏兵士×10人
ピピピピ
裏庭鷹男。待機
ピピピピ
水魔力者。造成魔力者。火魔力者。転移魔力者。待機
鷹男って、何だろ?
興味深いなぁ。
この部屋を監視してるのかな。
意味ないのにね。
何の秘密条項も重要案件も握っていない私は、セダレさんと世間話をする。
「ホホロ都、凄いじゃないですか。荒れた場所も残っていたけど、街には布や花が飾られて、宮殿も素敵ですね。私が想像していたのより美しい都です」
「通った道は宮殿まで造れた一番良い街だからね。貧民街もあれば、孤児も浮浪者もいる。綺麗なところばかりじゃないよ。あの黄色と白の布は、ホホロ国の国旗だ。国旗を掲揚して花を飾って。どうしたことだろう」
セダレさんも不信そうに首を傾げている。
「この街や宮殿は造成の魔力者さんが、造られたのですか?」
「そうだね。造成の魔力者がホホロ都に集まり、都を再築した。宮殿は半壊していたからね。三年はかかったよ。まだ手付かずの場所もあるが、塀門と宮殿とその周囲の街と、見違えるようになったね。王族で生き残られたアンドリュー王子がいるから成せられたことだよ」
ふ~ん。
でも、そのアンドリュー王子の指示で私たち隔離されてるんだよね。
どこから覗いているんだろう?
って、この風景画しかないよね。
早く来いよ~。
アンドリューさんよぉ。
上がってたテンションは段々と下がり、面倒くさくなってきた。
「セダレさん。帰ろうよ~早く帰りたいよ~」
わざと大袈裟に投げ遣りっぽく言う。
「無理矢理連れられて人を待たせて、失礼な国だね。ホホロ国って」
大声で絵に向かって叫んでやる。
シロとホトちゃんが私の異変に気づいて、近寄ってくる。
「シロも帰りたいよね~」
「シロはモモちゃんと一緒」
「お待たせ申した!」
ドアが開き、シガ隊長を先頭にゾロゾロとオヤジばかりが入ってくる。
何だ、オヤジ天国か?
そんな天国行きたくねー。
オヤジたちの最後に現れたのが、金髪を白い布で覆い、オレンジの衣を纏った美麗な青年だった。
これは、絶対。
王子様キター!
私の煩悩は躍り狂っていた。




