アリス・アバンギャルド
「はぁ~い。モモちゃん。私はアリスよ。ぬベーっとしたのが旦那のテリィ。テリィって、顔かね全く。プッ。こっちの三つ子がトン吉、カン吉、サンペイ?」
「違うよーかーさん!僕たち、トンタ、カンタ、サンタだよー」
ミーナちゃんより少し小さいくらいの三つ子が、そろって突っ込む。
「あー、そうだったそうだった」
ガッハッハと、大口を開けて笑うアリスさんはセダレさんの娘さんで、朗らかで陽気で、キョーレツな人だった。
ピンクや黄色や紫や、カラフルな色みの糸をミックスされて織り込まれた布で作られたワンピースは、アリスさんの個性にとてもマッチしていた。
デザインもユニークで、ちょうちん袖で、背中には一面ギャザーが入っている。
少し長め丈の裾は、四角や三角で切り抜かれ、模様にしてある。
私の視線に気づいたのが、アリスさんが、くるっと一回転してポーズをとってくれる。
「どう?この国の最先端よ!」
「かわいいと思います」
アリスさんが、目を輝かせる。
「そうでしょ?私もそう思うのに全~く人気がないの。保守的なファッションなんて面白くないわよね。モモちゃん、一緒にアバンギャルドを極めましょう!」
う~どうかなぁ。
私はどちらかと言えばトラッド思考なんだけど。
私に似合う似合わないはともかく、アリスさんのファッションにかける意気込みは伝わってきた。
「かーちゃんオレらにも変な服着せるんだぜ~」
「なによー!文句なのー!」
アリスさんは三つ子たちと、本気でやりあっている。
まぁまぁと、人の良さそうなテリィさんが、宥める。
三つ子は、スカートをはかされていた。
タータンチェックではないが、スコットランドの民族衣装のような巻きスカートだ。
丈はこれも長めだ。
上着は一枚で着るエプロンのような形で、これまた個性的。
目立つし、ユニークなんだけど、抵抗あるだろうなぁ。
じゃれるような叩きあいの喧嘩をしている親子に可笑しくなって、笑ってしまった。
「どうしたの?」
キョトン顔で私を見ている。
「イヤ、トンタくんカンタくんサンタくん共、嫌がりながらもちゃんとお洋服着てるから、お母さんのこと、好きなんだろうなと思って」
三つ子は真っ赤になり、アリスさんは「ママのこと、好きなのー」と、上機嫌で抱きついていた。
とにかく、可愛らしい一家だ。
アリスさんの工房を訪れる間に、他のモミジホシ団メンバーは、テリィさん引率で三つ子たちと魚釣りに行くようだ。
「モモちゃん、シロたくさん釣るからね」
「一番はオレサマだからな」
「みんな、楽しみにしてるからね~」
こうして今日は別行動をとる。
アリスさんの工房は、三十人くらいの女性が足踏み織機で、布を作っていた。
バタンバタンという音と共に、キレイな色の布が織りあがっていく。
「うちの工房では、私がデザインして洋服にまで仕上げているの。オリバー村の他の作業場は布を織って都に出荷してるのよ」
「この機械は昔から使われてるんですか?」
「そうね。古いわね。ホホロ国はこの機械とカイーコのお陰で栄えていたの。機械は造成の魔力者が造るのだけど、メンテナンスは村の加治屋がしてくれるわ。布を求めて行商も来るし、人が集まるからまた商売をする人が集まって、セダレ村も大きくなったわ。知ってる?アステリア王は、カイーコ村とセダレ村が欲しかったのよ。だから、この村は戦場にならなかったの。ホホロ都は支配していたのにね」
デザイナーさんなら、ヨウウさんやミーナちゃんの事、知っているかな?
「タタ村で知り合った子のお母さんもデザイナーさんなんです。ヨウウさんと、亡くなってしまったそうですがミーナちゃんのお母さんで……」
「ヨウウ!モチロン知ってるわ。とても優秀なデザイナーよ。賞をとったこともあるはずよ。ミーナちゃんの母親はサナさんよ。残念だったわね。仕事仲間もね、沢山死んだわ。男たちは志願兵で狩りだされて、ハサミしか持ったこと無い手で戦ったのよ」
アリスさんは、フッ、と自嘲気味に笑った。
「やめましょう。こんな愉快じゃない話。新しいデザインの話をした方がなんぼか素敵だわ」
薄紫の布を渡される。
「今この布で、女官用に、大量発注が来てるの。上品で個性的なデザインが希望なの。私は、腰から下にギャザーをつけようと思っているの」
カイーコだから、勝手にシルクをイメージしていたが、触り心地は木綿に近い。
私が着てるワンピースもそうだ。
だから木綿だと思っていた。
シルクだと上品な光沢があるもの。
……光沢?
光沢出ないのかな。
蚕は、茹でて糸をほぐすけど、カイーコに茹でる過程はなかった。
「カイーコの糸は茹でたり洗ったりしないんですか?」
「茹でるの?どうして?」
「糸の表面についている物質を除くと質が良くなるんです。私の知っている糸はそうしていました。光沢のある糸になるんです」
「ふーん」
アリスさんは、考え込んでしまった。
ぶつぶつ言いながら、工房の中を歩き回っている。
「布に、光沢が出れば上品になるわね」
さすがアリスさん、わかってる。
「ちょっとやってみるわ。私、水魔力持ちだもの」
そうなんです。
だから、丁度良いと私も思ったんです。
大きめの鍋を用意してグラグラ煮たたせる。
青色の糸の束をその中に入れる。
私は、リュックから赤湖の塩を取り出す。
塩素ナントカが、タンパク質を落とすって聞いた。
石鹸や消毒にもなる素材なら、イケル気がする。
レイザさんは、魔術師が買い付けに来ると言ってたし。
量がわからないので、ふたつまみくらいを入れてみる。
「それはなあに?」
「赤湖の塩です。光沢を出すのに必要な気がします。配分がわからないので、実験しないといけませんが」
「ふーん」
興味深そうにアリスさんが見る。
布織のおねーさんも集まってきたぞ。
5分程茹でて、水で濯ぐ。
風の通る外で、乾かす。
「なんだか、艶がでてきたみたいよ」
まだ確証はないが、イイ風合いな気がする。
糸を触るとツルツルする。
私は、赤湖の塩をアリスさんにあるだけ手渡した。
「これで全部です。濃度を変えて光沢の出具合を試してみて下さい。塩を使わないで、茹でて、水でさらしたのと比べてみるのも良いかも知れません」
「本当にありがとう、モモちゃん。ホホロ国の繊維の歴史が変わるかもしれないわ」
アリスさんってば、大袈裟だなーと思いながらも、てきぱきと従業員の人たちに指示を与え、激論している姿をみると、何かが始まりそうな予感がする。
そんな時に、私が邪魔をしてはいけない。
そっと、アリスさんの工房を後にした。




