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人が減ってるな、と積荷の物陰から辺りを伺っていた樹は言った。

不安げに右京の背中からこちらを伺いながら、素子が震える声を出す。

「ど、どういう…」

「あれだけ威勢のいい輩がこんなに静かに休むわきゃぁねえ」

妙にギラギラしていて、その癖静かな樹の低い声色に、素子は確かに血の色を感じてその細い肩を竦ませる。

女剣士の背中は確かに自分と同じ年恰好の女性に過ぎないはずなのだが、彼女を覆う空気であったり雰囲気であったりするものが先ほどまでとは全く違う。

素子もまた慣れぬ異常事態に、右京の袖をしっかりと掴みながら暗い辺りを覗いてみる。

辺りは当たり前の暗闇と、濁り湿ったカビの匂い、そして。

素子は眉をしかめた。あの酷い異臭の中であってもこんなに濃い穢れの匂いは感じなかった。

それは粘ついた刺激臭であり、生臭くそしてとても新鮮な―――。

「血…?」

恐怖を滲ませて彼女は忌む言葉を口にした。

素子の言葉を聞いて更に厳しさを増した樹の声が暗闇から聞こえくる。

「食われたんだろう。ちょいと辺りをみたら、箱がいくつか割れている」

樹の答えに、思わず右京が口を出す。

「物の怪の売買か…!」

ああ、と樹は吐き捨てるように言った。

「海外渡航どころか、国際クラスの犯罪だ。大和にしか生息しねえ化け物の中には特殊な鉱物を落とすやつもいる」


大和が何故鎖国をしているか、その全ての理由がそれにある。

大和のみで採取される特殊な金属は、非常に硬く加工しやすい。

ヒヒイロカネと呼ばれるその希少な金属で形作られた刀剣は鉄を粘土の如く切り裂き、鎧は銃弾を通さない。

つまりその金属で作られた兵器がもし出来たならば、それはあらゆる攻撃を受け付けず、

あらゆるものを死滅させる最悪の破壊兵器になりうるわけだ。

そして大和の民はそれらをとても恐れている。


故に彼らの宗教であり文化の基盤でもあるその金属、そして刀剣、鎧の製造法は刀匠によって頑なに守られてきた。

もし無断で海外渡航した者により、その製造法であったり刀、あるいは金属を外の世界へ持ち出された場合、

それはこの世界のパワーバランスを崩してしまう事にもなりかねない。


また大和に限らずモンスターの売買は国際規約によって禁止されている。

世界各地に生息するモンスターにはその土地に即した生態系を持ち、その形状もまた独特であるのだが、

その形状故に、呆れるほどの生命力を持ちながらも、ある物質であったり、状態であったりに、とても弱いのだ。

モンスターに囲まれて過ごす生活を送る人間達は、古来から彼らの生態を研究し、熟知してきた。

そうやって人間はこの脅威に対抗してきたのである。

が、仮にそこに名も知れぬ外来種が突然現われた場合はどうなるか。

彼らが嫌がる物質も、状態も知り得ぬ人間達はただ泣き叫び、彼らが繁殖するための餌と成り代わるのだ。

あるいは、外来種との混血、つまり世界的にも知られていない新種の誕生。

これは地域の人間だけではなく、世界中の人間にとって大きな脅威となりうる。


ここはつまり、その恐怖の苗床だ。

そして、この月三日が何故人を乗せていたのかも樹には合点がいった。

恐らくは餌。

悪人ほど生きがよく、死んでも困らない餌はない。

悪人を名乗っているのだから当然その死に様が幸福であろうはずはないのだが、それでも樹はやるせなくなった。悪人だからこそ、死ぬときは人の手にかかって死にたいものだ。

右に左に曲がりくねる積荷の隙間をぬいながら、今しがた見えていた狭い荷物の間からその大きな尻を引っこ抜く。

後ろに従う二人もまた、積荷の間を慎重に進む。

樹の言葉を聞いたか聞かぬか、素子は俯いたまま小さく震えており、その素子を守る右京と言えば、何も言わずに唇をかみ締めて何事か思案しはじめている。

そんな二人を放ったまま、樹の手の中にあるランプはいよいよぬめる暗闇を掻き分け照らす。

絶壁の荷物の其処此処から香る歪んだ気配に気を配りながら、更に暗い前方へとその明るい右手を差し出したときだった。

ぴくり、と樹の肩が揺れ、歩みが止まった。その肩越しに素子はただならぬ危機を感じ取る。

目の前でほの暗く赤く輝く女の鎧が、緊張で固まっている。

まるで獣が獲物を見つけたときのようなしなやかで無駄のない殺気が、その緊張から伝わった。

あの黒漆の腰刀は未だ鞘に収まっているが、それが振りぬかれるにそう時間はかからぬだろう。

「右京殿」

樹のいつになく低い声が響いた。

「私が合図したら、ここより二丈先の舟梯子まで素子殿を連れて走ってくれ」

返事はせずに、右京は袖の下で素子の右手を握り締めた。すでに目は、伺えぬ暗闇の先の船梯子を追っている。

音を立てぬように、樹の右手にあったランプがゆっくりと右京の手に渡る。

それに伴って、見えていた荷物の影がぬたりと闇に飲み込まれていった。

闇に飲まれた荷物の壁の向こうで、何かが、こり、と毀れる音がした。瞬間、樹の無名が小気味よい音をなして踊り出る。

「走れぃ!」


ぐっ、と引かれた手に素子の足は思わずもつれたが、転んでいる暇も度胸もないので必死で体を立て直した。

船底の闇を切り走る。周りを伺う余裕もなく、目を白黒させている間に船梯子へと足がかかった。

梯子の上方、右京の持つ明かりに照らされた外への出口。

その四角い出口には、十字に太い木の板がべったり張り付いている。

そして焦がれる船上への出口を硬く封じている木の板には、見慣れぬ文様がうっすらと浮かび上がっていた。曼荼羅の中央に髑髏を戴いた、奇妙な札。

「外法印か!」

鼻に皺を寄せて右京は強く吐き出した。その右京の声に暗闇からそれを伺っていた素子の肩がひくりと揺れた。

すう、と明かりが素子の前へやってくる。持っていろということを理解した素子は、

右京の手の中のランプをしっかりと両手で支え握った。出口へ向けて光を翳す。

薄い光の中で、右京は小さく胸元で印を組んだ。口の中でごもごもと何事かを唱えたかと思うと、その手のひらがゆわりと黄色に揺らめきたった。

少しずつ光を増す右京の手のひらに、呼応するように船底の闇が嘶いた。

素子も思わず見えぬ闇に、目を凝らす。

何かが倒れ、何かが叫ぶ声がする。そして中に人の悲鳴も聞こえ始めた。

何かがうねる音がする。何かが走る音がする。その中に幽かながら、あの樹の小気味よい、無名の鳴り金が響き渡っている。

いよいよ右京の手のひらは、素子を照らすまでに白くなった。

その目は以前、木枠に貼られた外法印を見つめてはいる。が、声は大きく闇に舞う桜の御前へ向けられた。

「御前よ!」

船底の闇の中で、がちりと何かが噛み合う音がした。

「今から結界を解く!無事外へ出たならば、この積荷ごと再び結界を施すぞ!遅れるな!」

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