令嬢が本当に有能なら
「残念だが、君との婚約は破棄させてもらう」
珍しく呼び出された夜会で、王太子はわたくしとの婚約を大々的に破棄しました。
彼の側には最近ずっと親密にしている可憐な令嬢が。
まあ予想通りですこと。
集められた貴族たちがざわめいています。
「一応、理由をお聞きしますわ」
冷静なわたくしを、王太子は憎々し気ににらみつけます。
「貴様は私の言いつけに対し、いつもできない言い訳ばかりしていたじゃないか。王家に不遜な要求ばかりして」
「それは殿下がわたくしに王家の仕事を押しつけるからではありませんか」
いつも大人しく聞くわけないでしょう。
「それくらいは婚約者として当たり前だろ! それを報酬がどうとか、休みが欲しいだとか」
「働く者として真っ当な要求をしただけですわ。わたくしが睡眠時間を削ってまでお仕えしたことをお分かりでないと?」
「うるさい、それくらいの仕事で時間がかかりすぎなんだよ」
「しかし、王妃様に頼まれた実務もありましたので」
会場の貴族たちは固唾を飲んでこちらに注目しているのです。
けして非がわたくしにあるなんて、思わせてあげませんことよ。
「ふん、それでも私との交流に応じなかったのはお前だ」
「ああ、3回すっぽかされてから時間の無駄だと行かなかったアレですわね」
「ぐ、私との予定なら、何があっても優先させるのは常識だろう」
「それは申し訳ありませんでした」
それなりにしおらしくもしてみます。
「それに、彼女に対しても扱いがひどかったと聞く」
そこから、隣にいる伯爵令嬢に対しての礼儀がなっていないとか、書類を仕事はもっと効率的にできるはずだとかの、グチまざりの説教が30分ほど続きましたの。
この時間があれば、上位貴族との交流ができますのに。
「大体、今夜までに頼んでいた書類だってまだできていないだろう」
「それは明日の議会で必要になる物ですよね。数時間後に仕上がる予定ですので、夜会が終わりしだいお届けしますわ」
夜までに仕上げろと頼まれたのは今朝です。
たぶん仕事が遅いと難癖をつける予定だったのでしょうが。
夜会の後に読んで明日議会に提出とか、ありえませんけど。
「ここに来ている時点で出来上がっていないのは明白だろう」
「? 機密性が低い書類は部下に任せてありますので、できますよ」
まさかあの仕事量を1人でこなしているとお思いで?
無理に決まっているではありませんか。
だいたいわたくしが全部1人でやったなんて、そんなおこがましいこと言いませんよ。
「そ、それでも公爵家の使用人に王家の仕事を割り振るなど‥」
「確かに秘書として我が家の者を使っていますが、今回の仕事は王家に仕える文官が行っております」
「は、文官を勝手に使うだと?」
「勝手ではありませんわ、きちんと宰相閣下の許諾を取っています」
増える一方の仕事でしたので、部下をつけて下さらないと公爵家の人員まで引きこみますよって宰相様を脅し‥説得したのは1年以上前のことだったかしら。
「なんで宰相がお前の味方を‥」
宰相様は我が家と対抗する派閥ですものね。
「宰相閣下もご自分の業務がはかどらないようで、わたくしに仕事を命じられまして」
まあ、あれはただの嫌がらせでしょうけど。
わたくしのような小娘に割り振らないと宰相の業務ができないって公言しているようなものなのに。
「あまりに多岐にわたるお仕事を命じられて、わたくし思いましたの。これ、ちゃんとした役職がないと無理じゃありません? って」
もちろん、初めは書記官補佐とかその程度でしたの、と続けます。
「そうしたらなぜかとんとん拍子に出世してしまって‥今ではわたくし、宰相補佐をうけたまわっていますのよ。部下も増えに増えまして」
会場のざわめきが一瞬、止まりました。
「う、ウソだ。宰相、ウソだよな」
狼狽する王太子ににらまれて、宰相閣下はブルブル震えております。
「王妃様も王妃様で、わたくしが侍従長じゃないとできないようなお仕事をおしつけてきますので‥陛下にお願いして侍従長の役職もいただきましたの」
会場のざわめきが、今度は大きくなりました。
皆さま、混乱していらっしゃるのね。無理もないわ。
「そんな話聞いていない」
王太子は額に血管を浮かべながら、それでも恫喝をつづけます。
「ええ、今までの方はわたくしの補佐として、王妃様ならびに王太子殿下を支えてもらっていますからね」
元侍従長はわざわざ降格したことを伝えていないだけでしょう。
プライドが高そうな方でしたから。
ここで伯爵令嬢が口を開きました。
「そんな仕事量、王宮の文官全員であたらなければ片づかないはず‥」
この方、1人に任せるのはあり得ないほどの仕事量だと言うことはお分かりですのね。
良かったわ。王太子の恋人が、多少まともな感性を持っているようで。
「ええ、ですからやる気のある方々を抜粋して、ない方を降格させました。みなさん、とても優秀で助かっています」
以前にいた腐敗役人だけならできませんでした。
「つ、つまり‥人事権は‥」
「はい、わたくしが握っております!」
以前から頭が良くない方だとは思っていましたが、ここまで教えて差し上げないと気がつきませんのね。
あ、また会場が静かになりました。
おそらく、この先の流れを読んだのでしょう。
「殿下、もうあきましたので御前を下がってよろしいかしら」
わたくしはこの茶番を終わらせにかかります。
「あきたとはなんだ」
「婚約破棄は受け入れましたので、もう殿下のお守をする必要はございませんでしょう」
「な、不敬な! 衛兵よ、この女を捕まえろ! 地下牢にでも入れて頭を冷やさせるんだな!」
あおったらすぐ激昂するんですから。
近衛兵も目をキョロキョロさせていますわ。
わたくしはにっこり彼らに語りました。
「殿下はお疲れのようね、お部屋に連れて行ってあげて」
「は!」
わたくしの言葉には素直に従う衛兵へ、殿下は怒りまくります。
「お前、王太子である私の命令を聞かず、そんな女に従うのか? 国家反逆罪でみな逮捕だ!」
警備兵が全員、こちらに集まってきました。
わたくしは息を吸います。
「近衛隊隊長、あなたはどちらに従うのですか」
夜会のため華やかな軍装に身を固めた渋めのおじ様は、即決しました。
「もちろん、あなた様です」
近衛隊に体を拘束され、王太子殿下は広間を去ります。
姿は消えても怒鳴り声だけはしばらく響いていますわね。
「みなさま、お騒がせして申し訳ございません。余興は終わりましたわ」
ざわめきが戻る会場で、殿下のお気に入りの伯爵令嬢だけがわたくしにズンズン向かってきます。
「なぜ? なぜ近衛が殿下の命令を聞きませんの? おかしいじゃありませんか! 公爵家が近衛を買収しているとしか見えませんわ!」
わたくしは首を横にふりました。
「そうお見えになります? 近衛は確かに王家の警護を行いますが、しかし王族の方が直接命令を下すのはまれですわよ」
軍人と言うのは近しい上司の命令を聞く者ですの。
1番上の者よりね。
「じゃあ将軍の誰かでも取りこみましたの? いくら宰相補佐でも、それこそ反逆じゃありませんこと!」
目をつり上げる彼女に、わたくしは優しく教えて差し上げました。
「その必要はありませんよ。だって」
クスッと笑って伯爵令嬢に伝えます。
「国軍の総大将もわたくしですから」
聞き耳を立てていた会場の全員がパカっと口をひらきました。
「へ? え? そんなわけ、あるわけないじゃない‥」
令嬢も貴族たちも目を泳がせていますわ。
そりゃね、領主教育や王妃教育を受けてきた公爵令嬢が内政で権力をにぎることは、ギリギリありえます。
だからと言って軍務は別問題ですの。
専門性が高くて、経験が物を言う分野なのですから。
「わたくしだって、王太子殿下がまさか軍の演習まで任せてくるなんて思いませんでしたわ‥」
あの時を思い出すと、遠い目をしてしまいます。
軍籍の親戚筋から情報を集めまくりまして、どうにか注文をこなしたのですから。
なのに味をしめた殿下は、ご自分が軍とかかわる部分までわたくしに任せだすなんて。
「あれはさすがに困りましたわ。わたくしが失敗しましたら、兵士の命にかかわりますのに」
総大将の地位はそれまで王太子がお飾りとして置かれていたのですが、軍団をまとめる将軍たちの総意でわたくしに変更されましたの。
実務はたたき上げのベテランに仕事を割り振り、わたくしは書類にハンコを押すだけの役割にしました。
どうにか軌道に乗り出した時はホッとしましたわ~。
総大将、なんて肩書がつくとは思いませんでしたが。
「つまり今のわたくしは‥宰相補佐兼侍従長兼国軍総大将ですの!」
優雅にほほ笑むわたくし。
伯爵令嬢は涙目になりながらそれでもお叫びになりました。
「皆さまお聞きになって? これは王家の乗っ取りよ! この女は簒奪をもくろんでいますわ!」
国軍は頼りにならなくても、有力貴族の私兵をまとめれば勝てるとでも思ったのかしら。
「簒奪? わたくしは陛下の許可を取っておりますわ。それはあなたがたのことでしょう? ねえ、王妃派の方々?」
バタン! 数人の貴族が卒倒しました。
王妃派閥の方々ね。
この国の王妃は隣国の元王女。
王が病床に伏していることをいいことに好き勝手していました。
王太子の正統性が怪しいから、王家と血が近いわたくしとの婚約も結ばれたと言うのに。
王妃が母国から呼びよせた侍女を伯爵家の養女として王太子妃にしようだなんてちゃんちゃらおかしいですわね。
まあ全部は言わないであげますけど。
「病床の陛下に、王家を頼むって頼まれましたら、断れないじゃありませんか」
だから頑張ったのですよ、わたくし。
まあ一介の婚約者にしては仕事量が多すぎるのは、おかしいと思っていました。
これは嫌がらせをしてわたくしを婚約者の座から追い出そうとしているのね、と気がついて対処を進めただけかもしれませんが。
「ちなみに、報酬として玉座をお約束していただきました。明日の議会で王命を提示いたしますわね」
もちろんタダ働きなどいたしません。
陛下は物分かりの良い方で良かったわ。
わたくしと王太子殿下との婚約が続けば良し、続かなければ王太子の変更を告げる勅命を出してくれたのですから。
「ま、まさか、そんな」
王妃様はそうおっしゃった直後、クラっとお倒れになりました。
たくらみがバレていたのですから、お気持ちは分かりますわ。
「王妃様のお加減もよろしくないようね、近衛兵、お部屋にお戻しして差し上げて」
お体にさわったらいけませんので、お部屋から出さないようにと念を押します。
近衛兵はただちにわたくしの命令を実行しましたの。
夜会会場から足早に去る貴族が多いので、夜会はそこでお開きになりました。
そして私は無事に立太子いたします。
殿下と王妃は生涯幽閉ですわ。
それも陛下からのお願いですの。命だけは助けて欲しいと。
わたくし、約束は守る方なのよ。
「世間では有能な令嬢なのに婚約を破棄されて王都から追放される、なんてお話が流行っているようですが」
王宮に住まいを移していると、メイドがポロっとこぼします。
「お嬢様はそうなりませんでしたね」
わたくしはフフッと笑いました。
「そんなことになる前に、実権をにぎっていれば全部解決しますのよ」
耕す者にその田あり。
ジャンルで迷いました。ブラックユーモアだからよく投稿するコメディにしておきます。




