彼女は騎士科の仲間なのだ。男友達みたいなものだよ~ちょっと、婚約者相手だからって、フィリップったら言いすぎだよ!(笑)~
「私たちは、ほら、同じクラスの男友達のようなものだよ!」
そう言うと、男爵家の四女であるニコル嬢は、隣に立っているフィリップ様の背中をバシバシと叩いた。
二学年上のフィリップ様は、わたくしの婚約者。伯爵家の三男で、受け継ぐ爵位も領地もない方なの。王立学園を卒業したら騎士になるご予定よ。
「こら、ニコル、痛いだろ!」
フィリップ様は、ニコル嬢の頭を抱きかかえ、ガシガシと撫でまわした。
わたくしはフィリップ様から呼び出され、お昼休みの中庭でこの茶番を見せられていた。
「ちょっ、おい、やめろって!」
ニコル嬢が抗議すると、フィリップ様は笑いながらニコル嬢の頭を放した。
男友達との乱暴なスキンシップを見せつけているつもりなのだろう。
お二人とも金髪を長く伸ばし、黒いリボンで一つにまとめている。瞳は青。
ニコル嬢は女性にしては背が高い。フィリップ様とお揃いの青い騎士服を着ていると、たしかにパッと見た感じ、細身の男性に見えなくもないわ。
「ええと、マドレーヌちゃんだっけ? お菓子みたいな名前だね。いかにもって感じ」
ニコル嬢は、わたくしの頭を手でポンポンと叩いた。まるで子供扱いよ。
わたくしが新入生だから?
それとも、お二人に比べるとだいぶ背が低いから……?
わたくしは髪の色も、瞳の色も、地味な茶色。平民にありがちな色合いよ。
だけど、わたくしだって伯爵家の次女。
男爵令嬢が許可なく頭をポンポンして良い相手ではないわ!
「やめてくださいませ」
わたくしはニコル嬢の手を払いのけた。
「こっわ!」
ニコル嬢は、まるで痛かったかのように、払いのけられた手をヒラヒラと振った。
「とにかく、これでわかっただろう? ニコルは騎士科の仲間なのだよ。騎士の男同士の付き合いみたいなものだ」
「そうそう」
ニコル嬢が見せつけるようにフィリップ様の肩に腕をまわした。ああ、たしかに男同士でやっているのを見たことがあるわ。
お二人は至近距離でしばらく見つめあっていた。
お二人とも、なんとなく頬が赤いように見える……。
「マドレーヌ、君は騎士の妻になる。こんなことで機嫌が悪くなられていたら困るのだよ。自分の機嫌くらい、自分でなんとかしてくれないか。ニコルのようにサバサバした性格になれ、とまでは言わないが……」
「ちょっと、婚約者相手だからって、フィリップったら言いすぎだよ!」
「これくらい言ってやらないと、マドレーヌには伝わらないのだ」
フィリップ様が、わたくしを軽蔑したように見ていた。
ニコル嬢は爆笑よ。
わたくしとフィリップ様は、ただ年齢と家柄が釣り合うから婚約しただけ。
それでも、正式に婚約しているとなると、簡単には解消や破棄なんてできないのよね……。
◇
その日の放課後、わたくしはモヤモヤした気持ちを抱えたまま、馬車を騎士団の訓練所に向かわせた。
わたくしには、王都の騎士たちのことがわからない。生まれ育った領地を初めて出て、王立学園に入学したばかりなのですもの。
御者が言うには、今日は、騎士団の訓練の見学が許されている日なのですって。
わたくしは訓練所に到着すると、受付で見学を申し込み、訓練場へと向かった。
その途中で、石造りの廊下の向こうから数人の騎士様が歩いてくるのが見えた。
――まあ、若い女性の騎士様までいるわ!
わたくしは騎士様たちの前でカーテシーをした。皆様の身分がわからないから、話しかけて良いのか判断できなかったのよ。
「楽にしなさい。見学に来たのかな?」
女性の騎士様が、やさしくお声をかけてくださった。少し低めの素敵な声だわ。
「ありがとうございます。わたくしはエラン伯爵家のマドレーヌと申します。王立学園の一年生です。今日は騎士様たちに教えていただきたいことがあって参りました」
わたくしはカーテシーをやめて、騎士様たちを見上げた。
女性の騎士様は、黒髪に緑の瞳。瞳と同じ緑のリボンで髪を一つに束ねている。黒い騎士服が、細身の身体を包んでいた。
フィリップ様は、このような中性的で美しい方とも、肩を組んだりなさるのかしら……?
「ほう。どのようなことかな? 私たちにわかることならば答えるよ」
「わたくしの婚約者は、来年には王立学園の騎士科を卒業して騎士になります。それで……、騎士様たちの男同士の付き合いというものについて、事前に知っておきたいと思いまして……」
わたくしは騎士様たちを見まわした。
騎士様たちは、困惑したようにお互いを見ている。
「騎士様たちの男同士の付き合い……? それは……、どのようなことを知りたいのかな?」
「わたくしはあまり物事を説明するのが得意ではなくて……。実演してもよろしいでしょうか……?」
「実演……?」
「あの……、横に来ていただいても……?」
わたくしは女性の騎士様に目で訴えた。
「アンヌだ」
女性の騎士様は困惑しているような顔で名乗ると、わたくしの横に来てくださった。
「アンヌ様、わたくしの婚約者であるフィリップ様には、同じクラスに仲の良い女生徒がおります。ニコル嬢という方で……、この方も女性騎士となるようです。このようにニコル嬢がフィリップ様の腕に抱きついて、『新しくできたカフェに行こう!』と誘っているのを見たのです」
わたくしはアンヌ様の腕に抱きついた。女同士なので、遠慮なく胸を押しつける。
「ちょ、ちょっと、待ちなさい、マドレーヌ嬢!」
「騎士様たちは男同士だと、このようにして遊びに誘うのでしょうか? フィリップ様とニコル嬢は、自分たちは男友達のようなものだと言っていました」
わたくしは真剣な顔をして、アンヌ様や他の騎士様たちを見た。
全員が呆然とした表情をしている。
「トーマ、ポール、二人でやってみろ」
アンヌ様が命令すると、厳つい赤毛の騎士様二人が、顔を見あわせた。
「兄上、私が抱きつく! 行くぞ!」
「さあ来い、ポール!」
大声で気合を入れてから、ポール様がトーマ様の腕に抱きついた。
その声を聞きつけて、他の騎士様たちも集まってきた。
騎士様たちは、トーマ様とポール様を見て「男色……?」などと言っている。
たしかに男色のようにも見えるわ……。
「これは男色なのですか? 騎士団には、男色はよくあるのですか?」
わたくしはアンヌ様に問いかけた。
「さあ……、私にはわからないが……。どうだろうか……?」
アンヌ様は、なんだか強そうな中年の騎士様に目を向けた。
「そのようなトラブルもありますが、多くはありません」
中年の騎士様は、丁寧に答えていた。騎士道というのは、女性騎士にも発揮されるのね。
あるいは、アンヌ様は偉い騎士様なのかもしれないわ。黒い騎士服の胸に、金色の勲章のようなものを付けている。もしかして、王妃殿下や王女殿下の近衛騎士だったりするのかしら……?
「男色ならば、このようにしてカフェに誘うということは……。つまり、『デートに誘っている』ということになりますわよね?」
「まあ……、男色ならば……、そうでしょうね……」
中年の騎士様も、なんだか顔色が悪くなったわ。
「わたくしはフィリップ様に、婚約者のいる身でありながら、他の女性とデートをするなど許されないと申し上げました」
「まあ……、そうだな……。正論だよ」
アンヌ様がうなずきながら、わたくしを腕から引き剥がした。
「そうしましたら、フィリップ様は翌日の昼休みにニコル嬢を連れて現れ、わたくしにニコル嬢とは男同士の付き合いのようなものだ、と言ってきました」
わたくしは今度は背伸びをして、アンヌ様の肩を片腕で抱いた。
「マドレーヌ嬢!?」
アンヌ様の声が裏返った。
「このように肩を抱きながらです」
わたくしの説明を聞き、ポール様がトーマ様の肩を抱いた。
「まあ、肩を抱くくらいのことは、あるよな……?」
「摸擬戦で勝った時とかな。彼らは摸擬戦を戦い抜いて勝利したのか?」
ポール様とトーマ様は、わたくしに問うような視線をくれた。
「お昼休みの中庭でのことで、摸擬戦などで勝利した後ではありませんわ」
わたくしの言葉を聞き、渋い中年の騎士様が顔をしかめた。
「同級生なのだろう? 団長が絶対に逃がすものかという勢いで、行きたくもない国王陛下との飲み会に誘ってきた、とかではないのだよな?」
「副団長……、私だって行きたくないのだ……」
まあ、中年の騎士様は、騎士団長様だったのね! お隣の渋い中年の騎士様は、副団長様!
「アンヌ様、頭を拝借いたします」
わたくしはアンヌ様の頭部を抱え込み、ガシガシと撫でまわした。
「マドレーヌ嬢、胸、胸が……!」
アンヌ様が悲鳴のような声を上げた。
「このようなスキンシップも行っていました」
わたくしはアンヌ様の頭部をすぐに解放した。
アンヌ様は、なんだか怯えたような目でわたくしを見ている。
「マドレーヌ嬢の眉間の皴がすげぇ……」
「顔つきが、ファンの女の子たちとは違うよな……」
ポール様とトーマ様も、わたくしを恐れているかのようだわ。
騎士様にはファンの女の子もいるでしょうけれど……。
わたくしは騎士様たちを応援するような気持ちには、まったくなれませんわ!
「わたくしは、騎士様の男同士の付き合いですとか、男友達の間柄では、このようなスキンシップをしないのではないかと考えておりました。――やはり、しないのですね。裏付けがとれましたわ」
「お、おう……」
アンヌ様は、かなり引いているご様子だった。同じ女性騎士となる者が、このようなことをしていることに恥じ入っているのかもしれない。
「ここにいる騎士団の皆様が証人ですわ。ありがとうございます。もしも、あのようなスキンシップをするということでしたら、わたくしも騎士の妻として、フィリップ様とニコル嬢の仲にも耐えていかねばならないかと思っておりましたが……」
「どうするつもりなのだ……?」
アンヌ様が、わたくしを心配そうに見ていた。
「フィリップ様との婚約を解消しますわ! なにが『ニコルは男友達』よ! 二人に『男色なの!?』と言ってやりますわ!」
わたくしは怒りに燃えながら帰宅すると、両親にフィリップ様との婚約を解消したいと伝えた。
◇
わたくしが激怒しながら頼んだところで、そう簡単には覆らないのが貴族の婚約……。
両家の話し合いの結果、フィリップ様が態度を改めることになった。
そうして迎えた王家主催の舞踏会。
わたくしは、フィリップ様の瞳の色のドレス、髪の色のアクセサリーを身につけていた。
フィリップ様には嫌悪感しか覚えないけれど……。
それでも、フィリップ様はわたくしの婚約者……。
わたくしはフィリップ様にエスコートされて、大広間に入ったわ。
王族の皆様も入場され、国王陛下にお言葉を賜る。
わたくしがフィリップ様と共に、ファーストダンスを踊りに行こうとした時だった。
「ニコル!」
フィリップ様が、ドレスを着たニコル嬢に呼びかけた。露出度の高い真っ赤なドレスよ。
「よう、フィリップ!」
ニコル嬢は、大股でこちらに歩いてきた。まだ男友達ごっこは継続中のようね。
「ニコル、その格好もなかなか似合うぞ!」
「やめてくれよ! 窮屈でかなわない!」
二人は大声で言いあい、「ガハハッ!」と笑った。
フィリップ様はわたくしの傍を離れ、ニコル嬢の肩を抱いた。
「見ろよ、マドレーヌ。私たちは、いつもこんな感じだ。君の考えているような関係ではない。だいたい、騎士団まで行って、私たちの関係を『男色』などと騒ぐとは。恥ずかしくないのか」
「お二人は恋愛関係にあるように見えますわ」
わたくしは冷たく吐き捨てた。
「フィリップ、マドレーヌ嬢はあれだよ。『男色女子』なのさ。学園にも何人かいるよな。男同士の恋愛が好きな女生徒が」
「マドレーヌ、君が『男色女子』なのは許そう。だが、私たちの関係を、そのような腐った目で見ないでもらいたい」
フィリップ様は、両家での話し合いを、なに一つ聞いていなかったのかしら……?
わたくしは気が遠くなりそうになった。
その時――。
「私とマドレーヌ嬢も、男友達のような関係なのだ」
低い声が聞こえた。
「あなたは……」
わたくしは騎士団でお会いしたアンヌ様に、いきなり肩を抱かれた。
アンヌ様は、頭に冠を載せておられるわ……。どういうことなの……?
まわりにいる人々が、小声でなにかを言いあっているのが聞こえる。
「こうして肩を組んだり、腕に抱きつかれたり、頭をガシガシ撫でられたりした仲だ」
わたくしは隣にいるアンヌ様を見上げた。
アンヌ様の整ったお顔に、いたずらっぽい笑みが浮かぶ。
「わたくしたち、『男色』のような仲ですの」
わたくしは遠慮なくアンヌ様の背中をバシバシと叩いた。
フィリップ様とニコル嬢は、顔を真っ青にして立ち尽くしている。
「君たち二人のおかげで、私たちも、そちらの方に目覚めてしまってね」
アンヌ様は、わたくしの髪に口づけを落とした。
「な……、なにを……、マドレーヌ、その方は、第四王子のアンヌ殿下だぞ……。わかっているのか……?」
フィリップ様が震える声で問いかけてきた。
――アンヌ殿下……?
フィリップ様の一学年上に在籍していた方で、昨年すでに王立学園をご卒業されている。
アンヌという名前は、たしかに稀に男性にも付けられるわ……。
わたくしは頭の中が真っ白になった。
「そちらのニコル嬢よりも、アンヌ様の方がずっと美人よ……。男性なわけないわ……」
「私の顔は母上にそっくりだからね」
アンヌ殿下に言われて、わたくしは王妃殿下の方を見た。国王陛下のお隣でほほ笑む王妃殿下は、たしかにアンヌ殿下にそっくりだった。
「男性……、だったのですか……?」
「そうだよ。女性騎士と間違えられたのは初めてだったから、かなり楽しませてもらった。ああ、マドレーヌ嬢、勘違いしたことを気にする必要はない。まわりの騎士たちが厳つすぎたからね」
「恐れ入ります」
わたくしはアンヌ殿下の腕の中で小さくなった。
「父上!」
アンヌ殿下は国王陛下に向かって片手をふった。
国王陛下が王妃殿下と共にこちらに歩いてくる。
「おお、アンヌ。前に話していた令嬢か?」
「そうです」
アンヌ殿下は、わたくしを放してくれた。
「この二組の愛しあう者たちに祝福を!」
国王陛下はそう宣言すると、まずフィリップ様とわたくしの両親を呼んで、婚約を解消させた。
次にニコル嬢の両親を呼び、フィリップ様とニコル嬢を王命により婚約させる。
さらに、その後、わたくしとアンヌ殿下も婚約することになった。
アンヌ殿下が、他人の婚約者を奪ったと思われないか心配になったけれど……。
皆様、先ほどまでのフィリップ様とニコル嬢の様子を見ていたのですもの……。あの二人がどのような仲なのか、ご理解されているわよね。
わたくしが、ニコル嬢に婚約者だったフィリップ様を奪われたのよ。
やさしいアンヌ殿下は、そんなわたくしを自分の婚約者にしてくださった。
「アンヌがマドレーヌ嬢に対して、責任を取らねばならないと言うのでな」
国王陛下は、わざとらしく「ガハハッ!」と笑った。
責任って……。わたくしがアンヌ殿下の腕に胸を押しつけたり、頭を胸元に抱え込んだから……?
わたくしは顔が真っ赤になるのを感じた。アンヌ殿下のことを女性だと思っていたから……! ああっ、恥ずかしすぎるわ……!
「フィリップとニコルは、騎士団の入団後、風紀を乱さぬよう心がけよ。二人の恥知らずな行いは、アンヌからすべて聞いている。騎士らしくあれ! 騎士団長に厳しく監督してもらうからな。覚悟しておけ」
国王陛下の口調は、とても厳しいものだった。これはもう、あの二人に騎士団での出世の道はないわね……。
二人は国王陛下に向かってひざまずき、泣きながら許しを乞うている。その情けない姿もまた、騎士としての品位に欠けると思うのだけれど……。
「マドレーヌ嬢、二人が父上からあのように命じられたのも、君が騎士団に行って事実確認をしっかり行ったからだ。物事をイメージだけで決めつけない姿勢が、とても良いと思った」
「お褒めいただき、ありがたき幸せに存じます」
わたくしはカーテシーをしようとして、アンヌ殿下に止められた。
「正直に言うと……、マドレーヌ嬢は顔や声が愛らしく、良い香りがして、柔らかくて……。あの時、男だと言い出せなかったのだ。申し訳ない……」
「それは……、その……」
「あれからマドレーヌ嬢のことばかり考えてしまっていた」
「わたくし……、色仕掛けをしたつもりはなかったのです……」
わたくしは、さらに顔の赤みが増すのを感じた。
ニコル嬢が女性の身体を使って、フィリップ様に取り入ろうとしていたせいで、とんでもないことになってしまったわ……。
「わかっているよ。私は王位継承順位の低い第四王子だが、こんな私にも寄ってくる者はいたからね。……だからこそ、君の裏表のない必死さが好ましかった。君を面白いと思ってしまったのだ」
なんということなの……。
まさか、わたくしが『おもしれー女』枠で、王子妃になることになってしまうなんて……。
――でも、こうなったのも、きっと運命よ。
わたくしは、サバサバと気持ちを切り替えることにしたのだった。




