ダウナーお姉さんは異世界がお好き
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note:https://note.com/wavellite/n/nbfd35d79ffba
カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/822139843158413398/episodes/822139843158506392
隣に住んでいるお姉さんが全自動異世界転生マシーンに改造した軽トラックは、飢えた怪物のようなエンジン音を轟かせていた。
トラックのフロント部には「レッツゴー異世界」、「転生は救済」、「ほのぼのスローライフ」と赤マジックでなぐり書きされている。
「すまないねえ少年。一人で転生するにはちょっと寂しかったんだ」
縛られた俺に膝枕をするお姉さんが囁く。
「こんなんじゃ無駄に死ぬだけですよ」
「かもね。でも、こんな世界で生きてるよりは、“もしかしたら”に賭けた方が良いじゃあないか?」
お姉さんはため息を漏らす。
「異世界を語る時のお姉さんは、あんなに楽しそうだったのに」
「フィクションは心の麻酔にすぎないよ。私は生きがいを得られなかった」
お姉さんがこんな“虚無”を抱えていたなんて。
この人を救う方法はある。でも、今はこの状況をなんとかしないと。
「さぁ、行こうじゃあないか」
お姉さんは一瞬ためらいながらも、トラックの発進ボタンを押す。
「転生するなら、大好きな乙女ゲームの悪役令嬢がいいねぇ」
そんなことはさせない!
俺は自分を縛るロープを引きちぎって、トラックを正面から受け止めて、横転させる。
ずどんという衝撃音のあと、タイヤが虚しく空転する音が響く。
「少年、君は何をしたんだい」
「何って異世界で習った技術を使っただけですけど」
「異世界……っ!」
俺が口にした異世界ファンタジーのお約束的セリフに、お姉さんは目を輝かせた。
「お姉さん、“転生”は無理ですけど、“転移”なら付き合いますよ。俺と一緒に異世界へ行きませんか?」
「もちろん行くとも! こんな世界から私を脱出させてくれ!」
俺はスマホで奴に連絡を取る。
「俺だ、アカシック。ちょっとトラブルがあって連絡が遅れた」
『問題ないわ。今から第477並行世界に転移させても?』
「ああ。頼む」
直後、風景が一変する。
爽やかな草原。少し離れた先に城塞都市が見える。
「お姉さん、ここが異世界で……」
あれ? さっきまでいたのに、どこに行った?
バサバサと風を切る音が聞こえてくる。
俺は、空を見上げた。
「少年ー!! 助けておくれー!!」
鷲の上半身とライオンの下半身を持つ生物、グリフォンがお姉さんを連れ去っていた。
「ウワーッ! お姉さん!」
俺は猛ダッシュすると同時に、手頃な石ころを拾う。
「このっ!」
スキルで身体強化した俺が投擲した石は風を切り裂き、グリフォンの胴体に命中した。
「クエーッ!?」
驚いたグリフォンはおもわずお姉さんを離す。
「ひぇぇぇ!!」
俺はお姉さんを受け止める。
「怪我はないですか?」
「あ、ああ……助かったよ」
お姉さんは遠ざかっていくグリフォンを見る。
「グリフォン……幻想生物を間近で見られただけでなく、触れたんだ。体温を感じた。私の専門は生物学ではないが、興味深いねぇ」
ついさっき感じていたはずの死の恐怖は、すっかり吹っ飛んでいるようだ。
「なぁ少年。私達はこれから何をするんだい?」
「異世界の聖地を訪れる巡礼の旅をします。そうするとスキルを授かれるんです」
「良いねぇ。さっそく、あの町で旅支度をしようじゃあないか」
「そうですね。でもその前に、ちょっとお姉さんのスマホを貸してください。俺が異世界冒険で使ってるのと同じアプリを入れます」
「アプリ?」
俺はお姉さんのスマホを受け取り、小型の記録媒体を接続して、アプリをインストールする。
「自動翻訳アプリや収納空間アプリ、他にも色々入れました」
「凄い。まさに超科学アプリじゃあないか。君がさっき電話していた相手が開発したのかい?」
「ええ。アカシックと名乗ってる女です。俺達を異世界に転移してくれたのもそいつです」
「ぜひとも会ってみたいね」
お姉さんが興味深そうにインストールされたアプリを見る。科学者としての好奇心があるのだろう。
「旅が終わったら、たぶん会えますよ」
「なら、その時を楽しみにしておこう」
俺達は城塞都市へと向かった。
入り口の門番に俺は冒険者証を見せる。
「調月考知郎……Sランク冒険者ですね。ようこそ」
俺の冒険者ランクを知った門番は、丁寧な愛想笑いを浮かべて通してくれた。
「少年。以前にもこの世界に来ていたのかい?」
「ええ。帰る時はアカシックが、出かけた時間の数分後にタイムスリップさせてくれるので、放課後とか休日によく行きます。ここだけじゃなく、他の異世界にも行ったことありますよ」
話をしながら歩いていると、お姉さんはあることに気づいたようだった。
「なんか周りの人達、私達のことあんまり気にしてないようだけど……どう見ても異世界人じゃない風貌なのに」
すれ違う人たちは俺達に珍しいものを見るような視線を向けることはあっても、異常な存在とは思っていない。
「実はこの異世界、地球から転移や転生してきた人たちがそこそこいるんですよ。だから……ほらあの屋台を見てください」
「……ハンバーガーを売ってるねえ」
店主が元気な声で呼び込みをしている。
「うちのハンバーガーはコカトリスの卵を使ったバンズに、オーク肉のパティ、そしてマンドラゴラのピクルスが入ってるよ! 美味いよ!」
それを聞いたお姉さんが真顔になる。
「ねえ、少年、オーク肉って99%は人肉だろう?」
「この世界のオークは牛並みに大きいだけの、ただの豚ですから大丈夫です。昼時だし、興味あるなら奢りますよ」
ついでに隣に屋台で飲み物も買って、街の広場にあるベンチで昼食にした。
「よく知ってるケチャップの味がする。でもバンズの風味、パティの脂の甘み、ピクルスの酸味は知らない味だ。不思議だねぇ」
お姉さんが美味しそうに異世界ハンバーガーを食べるのを見て、俺は心の満足感を得た。
「ごちそうさま。さぁ、少年。買い物に行こうじゃあないか!」
「一人で行かないでください。迷子になっちゃいますよ」
お姉さんが足早に市場へ向かおうとしたので、俺は急いで追いかける。
買い物といっても俺の装備とか野営用具とかは収納空間アプリに入れてあるので、必要なのは消耗品とお姉さん用の装備だ。
「どうだい、少年?」
「うん、似合ってますよ」
旅装束に着替えたお姉さんに、俺は忖度なしの正直な感想を伝えた。
「で、私の武器は?」
「素人が振り回すのは危ないからダメです」
「え〜、いいじゃん」
「だーめ! 俺が命と引き換えにしてでも守るから、諦めてください」
「ぶー」
お姉さんが子供っぽく膨れっ面をする。
「さて、あとは教会で巡礼証をもらいますよ。これがないとスキルを付与されませんから」
俺達は教会へと向かう。
「この人のための、巡礼証をください。転移者なんです」
俺がお布施を支払うと、シスターは小さな木板を持ってきた。
「これが巡礼証です」
「3色に塗り分けられていますね。どんな意味が込められているのでしょうか?」
お姉さんがシスターに質問する。
「白が資質、青は知識、赤は経験を意味しており、その3つによって、スキルが決まります」
この世界では、その人の人生で必要なスキルが付与されると信じられている。
「裏面にご自身のお名前をお書きください。故郷の言葉で大丈夫ですよ」
お姉さんは巡礼証に「異石凛音」と自分の名前を書く。
「魔法で巡礼証とあなたの魂と紐づけました。巡礼を終えた時、あなたに良きスキルが宿るのを祈っております」
これで全ての準備が整った。
出発は明日の朝にして、この日は教会が運営してる巡礼者用の宿に泊まることにした。
部屋の扉を開けると、お姉さんが「おや」と声を上げる。
「シーツは真っ白だし虫も湧いていない。中世とは思えないくらい清潔な寝床だ」
「浄化の魔法のおかげですね。昔は泥水を綺麗にする程度のものでしたが、今は不衛生なもの全てを浄化するよう変わっています」
「誰かが改良したのかい?」
「というより使う側の認識が変わったんです。魔法は人間の想像力を現実化する能力です。だから、地球人が現代の衛生観念を伝えたことで、魔法が強化されました」
「へぇ、解釈ひとつで、そこまで魔法の効果が変わるのか」
お姉さんは魔法にだいぶ興味を持っているようだ。旅の途中で魔法の専門書をプレゼントすると喜ぶかな?
「そういえば少年はどうして私を異世界に誘ってくれたんだい?」
「アカシックからの指示なんです。今度の異世界冒険はお姉さんと一緒に行けって、あいつは言ったんです」
「どうしてだい?」
「俺もわからないです。あいつは本心を隠すことがあるので」
「そう。ま、見知らぬ人の思惑なんて、どうでも良いけどね」
お姉さんは、俺を除けばあんまり他人に興味を持たない。
「それよりさぁ、以前から異世界に行ってたのなら、もっと早く誘ってくれてほしかったなぁ」
「すみません。俺はまだ未熟だから、異世界でお姉さん守れるか自信がなかったんです」
「心配性だねぇ」
「自分の命より大事な人に関わることなんだから、当然ですよ」
「ふふふ、少年のそういう気持ちは嬉しいよ」
お姉さんは穏やかな笑みを浮かべる
「じゃあ、今日はもう休みましょう。おやすみ、お姉さん」
「ああ、おやすみ、少年」
清潔な寝床で俺達はぐっすりと眠った翌朝、宿の食堂で俺達は朝食を取る。教会運営なので質素だけど、健康的なメニューだ。
「それが少年の冒険者の格好かい?」
俺も冒険用の格好に着替えた。
「百戦錬磨って感じで男前じゃあないか」
お姉さんに褒められてちょっと嬉しい。
「さぁ行こう少年。朝日が我々の旅立ちを祝福しているぞ」
お姉さんは嬉しさのあまりスキップするが、足をもつれさせて前のめりにコケてしまう。
「ひぃん……痛いよぅ」
幸い怪我はなかったので、お姉さんをよしよしと慰めたあと、俺達は乗合馬車の乗り場へと向かう。
「俺は冒険者です。護衛するかわりに運賃をまけてくれませんか」
「もちろんだよ! Sランクが乗ってくれるなんて、頼もしいね!」
移動中、隣に座るお姉さんは馬車の窓から異世界の風景をキラキラした目で見ている。
俺の方はというと、スマホと窓の外の交互に見ていた。
スマホの画面にはセンサーアプリが表示されている。
しばらく眺めていると、光点が1つ現れてどんどんこちらに近づいてくる。
「少年? どうしたんだい」
「敵が来ました」
俺は窓から出て馬車の屋根に登る。
馬車の進行方向の空を見ると赤いドラゴンが近づいている。
魔物の王様、ドラゴン。腕の立つ冒険者のパーティーですら犠牲なしには倒せない。
「魔物が近づいています。魔法で倒すから馬車を止めてください」
「わかった」
御者が馬車を止め、揺れが収まる。
魔法を使うために意識を集中すると、俺の手に稲妻の槍が現れる。
電撃の魔法・ジャベリンの型だ。
「せいっ!」
俺が魔法の槍を投げると、それは流星のように空を裂き、ドラゴンの体に突き刺さる。
一瞬遅れて槍が炸裂し、ドラゴンの体が電気爆発に包まれた。
魔物の断末魔は、かなり離れているのに、空気が震えるのが伝わってきた。
「御者さん、もう大丈夫です」
「凄いな。さすがSランク冒険者だ」
馬車はドラゴンの死骸が落ちている場所まで行く。
このまま放置すると、死骸を食べに他の魔物が集まってしまうので、俺は収納空間アプリで回収した。
●
3日後、ドラゴンが現れたこと以外は何もトラブルはなく、無事に次の町にたどり着いた。
「知り合いの店があるんで、そこでドラゴンの素材を買い取ってもらいましょう」
知り合いの店は、いかにも異世界っぽい武具が並んでいて、お姉さんは興味深そうにしていた。
「おーい、俺だ、考知郎だ。リーフはいるか?」
「あれぇ? 久しぶりじゃん」
店の奥から金髪のダークエルフが出てくる。
「素材の買い取りを頼むよ。あとこの人に解体現場を見学させてほしいんだ」
「考知郎っていつも良い素材を持ち込むから助かるよ。見学はもちろんオッケー!」
リーフの店には裏手に解体場がある。俺はそこで仕留めたドラゴンを取り出した。
「ドラゴン!? マジヤバ! 腕が鳴るっしょ!」
リーフは大型魔物解体用の巨大包丁を軽々と扱い、手際よくドラゴンを解体していく。
「オタクに優しいギャルみたいな雰囲気とは裏腹に、良い腕をしているじゃあないか」
「リーフはこの道100年の大ベテランですよ」
「へぇ、製作系スキルを持ってるのかい?」
「いえ。あいつのスキルは戦闘系です。昔は200年くらい冒険者をやってたそうですが、飽きちゃって職人に転職したんだとか」
解体作業中、お姉さんは邪魔にならない場所から、物質解析アプリでドラゴン素材をスキャンする。
「凄いなドラゴンの素材は! これを人工的に作れるようになったら、材質工学に革命が起きるぞ」
お姉さんは目をキラキラさせながらドラゴン素材を解析していた。
日本では見せなかった表情だ。
お姉さんはいつもつまらなそうに研究をしていた。それでいて、あの人は凄い発明品を生み出して、特許で大金を稼いでいた。
もう特許料だけで一生遊んで暮らせるのに、それでもお姉さんが研究を続ける理由を聞いたことがある。
『次は楽しめるかもしれない』
今思えば、お姉さんは必死に生きがいを探していたんだろう。
でも、お姉さんは生きがい感じるには、あまりに才能がありすぎた。
人間は困難ばかりでは心が折れるけれど、何をやっても上手く行きすぎると虚しくなってしまう。
お姉さんが抱えていた“虚無”は、才能ある人間特有の傲慢さだという人もいるかもしれない。
でも俺にとっては、この世全てに対して瑕疵のない正論より、お姉さんの心が救われる方が大事だ。
楽しそうにしているお姉さんを見守っていると、いつの間にか夕方になって、リーフの解体作業も終わった。
「魔法攻撃を受けてダメになったところをは除いて……これくらいでどう?」
リーフはソロバン(日本人が普及させた)を弾いて査定額を提示する。
「問題ない。この金額で買い取りを頼む」
「オッケー!」
俺はオリハルコン貨幣を10枚受け取る。
「お姉さん、お金に余裕ができたので、何か欲しいものあります?」
「そうだねぇ、何でも良いからマジックアイテムが欲しいよ。構造を調べてみたい」
「わかりました。魔法の教科書とかもこの町で売ってますよ。初歩的なのは訓練で使えるようになります」
「それもお願いしたいね」
俺達は日が暮れるまで町を歩き回って、楽しく買い物をした。
「なぁ少年。もう夕食の時間だよ。ご飯を食べに行こう」
「そうですね。今日はパーッとやりますか」
大金を得たし、どんな高級店にも行けるが、あえて冒険者酒場を選ぶ。
異世界冒険の雰囲気を大事にしたいというお姉さんのリクエストだ。
お姉さんがあれもこれもと注文するせいで、テーブルいっぱいにご馳走が並んだ。
食べきれない分は明日の弁当にしちゃおう。
「なぁ、あんたら日本人だろ?」
食事をしていると冒険者風の若い男が話しかけてきた。
「流暢な日本語だな。転生者か?」
この世界には、生きたままこちらに転移してきた者と、死後にこちらの世界で生まれ変わった者がいる。彼は後者だろう。
「ああ。そうだ。前世の名前は佐藤健二。今はカイン・アルフォードだ」
「調月考知郎だ」
「異石凛音」
俺達は互いに自己紹介を済ませる。
「二人は最近こっちに転移してきたのか? 最近の日本がどうなってるのか教えてほしい」
「そういうことなら、かまわないよ」
俺はカインに今の日本のことを伝える。彼は変化に驚きつつ、どこか懐かしむような顔を見せた。
「そうかぁ、今の日本はそうなってるのか……」
「帰りたいのか?」
「どうだろうかな……クソみたいな前世より、今の方が幸せだ。Sランク冒険者になれて、気のいい仲間や恋人もできた。間違いなく、俺の居場所はここだ。それでも……」
カインは一瞬、言葉に詰まる。
「それでも日本は故郷なんだろうな。俺は今でも、頭の中は日本語で考えている」
カインは……いや、佐藤は前世のことを考えているのだろうか? 嫌悪感と懐かしさが入り混じった顔をしている。
「そろそろ行くよ。日本のこと話してくれてありがとうな」
カインは手を振って立ち去っていった。
「なぁ少年、彼はどうして日本を懐かしんでいるんだろう?」
「前世が最悪だったとしても、1つくらいはいい思い出があったのでしょう」
「……ふぅん。私はそんなのないけどね」
お姉さんは「ぷいっ」とそっぽを向いて、エールをがぶ飲みした。
「お姉さん、そんな飲み方すると悪酔いしちゃいますよ」
「大丈夫さ。最近、ちょっとはお酒に強くなったんだ」
「本当に〜?」
俺の懸念通り、お姉さんはベロンベロンに酔っ払ってしまった。
「お姉さん、いい加減、宿に戻りますよ」
「しょうねぇん、おんぶー」
「んもー、しょうがないなぁ」
背中に役得を感じながら、俺はお姉さんを背負って宿へ向かった。
「まったく、なんであんな飲み方したんです」
「だってぇ……日本が……って思っちゃったこと、忘れたくてぇ」
ろれつが回らないせいで聞き取れない。
「うう……きぼちわるい」
「俺の背中で吐かないでくださいよ」
「……」
「お姉さん?」
「…………オエ」
「お姉さん!?」
あと一瞬、お姉さんを下ろすのが遅れていたら、大惨事になっていた。
●
俺達の旅はおよそ1ヶ月続き、その間にいろんなことを体験した。
いや、ほんとにマジでいろんなことがあった。
お姉さんが邪神召喚の生贄にされかかったり、お姉さんがダンジョンで迷子になったり、アホ王子が真実の愛(笑)に目覚めてお姉さんにプロポーズしたり……他にも色々あったな。
そういったトラブルを乗り越えて俺とお姉さんは各地の聖地を巡り、いよいよ最後の聖地を残すのみとなった。
その日の夜、俺達は野営をしていた。
「最後の聖地は、教会の総本山がある聖都です」
俺は鍋の中身をかき混ぜながら言う。
ソーセージと適当な野菜を煮込んだスープだが、異世界のハーブも一緒に入れているので、この世界に来てからお姉さんの大好物になっていた。
「いよいよだねぇ。私にどんなスキルが宿るのか、楽しみでしかたないよ。少年は何が宿ると思う?」
「そうですね……製作系はたぶんないとは思います」
「そりゃそうさ。なにせ私は、天! 才! 発明家だからね。元からできることに関するスキルは宿らないだろう」
お姉さんはドヤ顔で言った。
「確かにそうですけど、お姉さんが作ったメカ勇者くんの暴走事件を忘れたとは言わせませんよ」
お姉さんは目を逸らし、下手すぎて音が出ない口笛を吹いた。
「まぁまぁ。私が作った浄化装置のおかげで、瘴気に汚染されていたエルフの森を救ったりしたから、別に良いじゃあないか」
「んもー」
俺はスープをお椀に注いでお姉さんに渡す
「はい、どうぞ」
「うーん、いい匂い」
お椀を受け取ったお姉さんは、美味しそうにスープを平らげた。
「少年の料理は最高だね。ずっと食べていたいよ」
「それはどうも」
俺は高校生の割には自炊がそこそこできる。生活力が破滅的なお姉さんの世話をしているうちに身についた技術だ。
「旅を終えたら、どこかに家を構えたいね」
「ここに永住するなら、少しは自炊を覚えてくださいよ。旅が終われば、つきっきりで世話はできませんから」
「え? 少年は住み込みで私の助手をしてくれるんじゃないのかい」
「いえ、俺は元の世界に帰りますよ」
「ど、どうして!? あんな世界、帰る価値なんてないじゃあないか。ずっと異世界で楽しくやろうよ」
俺は焚き火を見つめながら、自分の考えをお姉さんに伝える。
「俺も、異世界に移住しようと思ったことはあります。驚異的なもの、素晴らしいものに溢れている世界で一生を過ごせたら、どんなに楽しいかって。でも、異世界の方を日常にしてしまったら、きっとそこでの体験に感動しなくなるでしょう」
「感動と引き換えに、少年はあの世界が押し付ける苦痛を受け入れるっていうのかい?」
「日本での日常を苦痛と感じることはあります。でも、縁を切るには惜しいと思うことがいくつもあります」
俺はお姉さんの目をじっと見る。
「元の世界が本当に無価値であるのか、きちんと考えてください。その上で、お姉さんが異世界に移住すると判断したのなら、俺はそれを正しいものとして尊重します」
お姉さんが日本に戻るのか、異世界に移住するのか。
おそらく、それはどちらも間違いじゃない。
間違っているのは、きちんと考えずに決めることだ。
俺は自分が好きな人には、筋を通してほしいと願っている。
「……」
お姉さんは無言で空になった器に視線を落とす。
この人はトラブルメーカーだけど、こういうことに関しては、ちゃんと考えられる。
「……おかわり」
俺は差し出されたお椀を受け取った。
●
翌朝、お姉さんは明らかに口数が少なかった。俺の言ったことを真剣に受け止めてくれているのだろう。
「今日はどうします? まだ考えがまだまとまらないなら、スキル付与は明日にしますか?」
「いや、もう答えは決まったよ」
聖都は山の中腹に築かれていて、街中に坂道や階段がある。
俺達は聖徒で一番高い場所にある洞窟へ向かった。
「ここが〈祝福の聖洞〉です」
早朝であるせいか、他の巡礼者の姿は見えない。
「奥で祈りを捧げれば、巡礼は終わりです。俺はここで待っています」
「わかった。じゃあ行くよ」
お姉さんの姿が洞窟の奥へと消える。
「お疲れ様。この旅を通じて、異石凛音は成長したでしょうね」
いつの間にか、女が俺の隣に立っていた。
そいつは瞳の中に、小さな星あかりのような輝きが宿っている。それが人間離れした雰囲気を醸し出していた。
「アカシックか。お姉さんの成長が、今回の旅の目的みたいだな。でも、お前に何の得が?」
「彼女を私の後継者にしたいの」
「必要とは思えないな。お前が持つアカシックリードは、望むだけで全ての異世界から知識を得られる。それを使って、自らを不老不死にしたはずだ」
アカシックは俺が知る限りで最強のチート能力者だ。こいつが死ぬなんて想像もつかない。
「これは実利でやっていることじゃないわ。自分が手に入れたものや、育んできたものを、誰かに託したい、私の個人的な願いよ」
しょせん高校生の小僧にすぎない俺は、アカシックの気持ちには完全に共感できない。でも、尊重されるべき感情だと理解はできる。
「お姉さんを連れていくのか?」
「いいえ。この旅は、凛音にとって成長の一歩目にすぎないわ。彼女を正式に後継者にするのはもう少し先ね」
「そうか」
洞窟からお姉さんが出てきた。
「おや、もしかしてそちらの女性がアカシックかい?」
「ええ、そうよ。はじめまして異石凛音」
お姉さんとアカシックは和やかに握手を交わした。
「お姉さん、スキルはどうでした?」
「魔法やスキルの効果を拡大解釈するスキルが付与されたよ。これを使うと、例えば怪我を治す魔法で、機械の故障を直せるのさ」
「アイデア次第で凄いことができそうですね」
「そうだね。いろいろ検証しがいがあるよ」
俺はお姉さんの瞳をじっと見つめる。
「それで、答えは出ましたか?」
「そうだねぇ」
お姉さんは聖都の……異世界の風景を見る。
「やっぱり少年と帰るよ。私も少年と同じで、異世界の方を日常にしたら、感動がうすれちゃうだろうから。それにね……」
「それに?」
「私の居場所は、どこなんだろうって考えたんだ。そして気づいたんだ」
お姉さんは俺の手を取る。
「私の居場所は少年がいる場所だよ。この旅も少年がいなかったら、さほど感動しなかっただろうね」
「そう言ってもらえると、誇らしい気持ちになります」
お姉さんの隣に立つのにふさわしい男だと言われて、俺は自分の気持ちを素直に伝えた。
「結論は出たようね。それじゃあなた達を元の世界に送り返すわ」
アカシックの言葉の直後、俺達はお姉さんの家のリビングにいた。
「なんだかんだいって、我が家が一番だね」
お姉さんはソファに座りながら言った。
「なぁ少年。異世界転生や異世界転移ってのは、自分の居場所を見つける旅なんだろうね」
「俺もそう思います。そして居場所は、異世界でもいいし、自分が生まれ育った故郷でも良い」
「確かに」
お姉さんは微笑む。
「俺も家に帰ります。また明日」
「うん。また明日!」
俺も自分の家に帰る。お姉さんの家のすぐ隣だ。
冒険者装束から普段着に着替えて、今日のお姉さんの夕飯は何しようかとぼんやり考える。
「少年ー!」
さっき別れたばかりなのに、お姉さんの声が窓から聞こえてくる。
家が隣同士なせいか、あの人は用事があると窓越しに声をかけてくるのだ。
「どうしたんですか?」
俺は窓を開けて返事をする。
「拡大解釈スキルを異世界で覚えた召喚の魔法に使ったら、なんかヤバいのが……」
お姉さんの背後にある扉が粉砕され、名状しがたい触手の塊が現れた。
「ひぇぇぇ!」
「んもー! 何やってんですか!」
俺はお姉さんを触手から守るため、窓から飛び移った。
この人は、誰かが付いていないとダメだな。
終わり




