拍手が鳴った瞬間、空気がひっくり返る
私が部屋を出たと同時に、拍手が鳴った。
すぐに数が増え、場はお祝いムードに染まる。
「おめでとう!」
「二人は、お似合いだね。」
「本当。ピッタリ!」
称賛を浴びて、元カレの小暮貴史と、略奪に成功した畠中恵美は、肩を寄せて笑い合う。
――勝った、と言いたげに。
狙いどおり、観客の前で“誠実さ”を演出したのだろう。
しかし。
「小暮、畠中さんみたいな可愛い彼女が出来て、お前がうらやましいよ~。」
とある男性社員のひと言で、空気が反転した。
「え?倉橋さんって、そういうタイプが好みなんですか?」
その場にいた一人の女性が、驚いたようにそう尋ねた。
「誠実な人だと思ってたのに……がっかり。」
「小暮さんと同類か。距離、置こ。」
「他の女子にも共有しとこ。被害者出すの嫌だし。」
彼女たちはすぐにスマホを出し、連絡を飛ばし始める。
戸惑った倉橋は言った。
「え?どうして?みんな祝福してるんじゃないの?」
突然の彼女たちの態度に、とても驚いていたらしい。
「ええ、祝福してますよ。最低同士がくっついたおかげで、他に被害が出ないって意味でね。」
さっきまでの祝福ムードは消え、小暮と畠中に冷たい視線が集まる。
「え?最低な人間?」
倉橋は、その意味がよく分かっていなかったようだ。
「二股して若いほうを選んで、支えてきた彼女を捨てる男? 最低でしょ!」
「彼氏持ちに手を出す女も同レベルだよ。わからないって、程度が知れるわ!」
「顔と若さでしか選べない残念コンビだしな。」
倉橋がなお口を開く。
「でもさ。」
「自分より仕事できる女が彼女って、男としては――。」
「はぁ~。男尊女卑、いただきました!」
「僻むくらいなら努力しなよ。そんなんじゃ出世は絶望的だね?」
女性陣は、冷たい目つきで、倉橋を見る。
男性陣も、淡々と後に続いた。
「彼女を応援しつつ自分も上を目指すもんじゃね?“負けてられない”ってな!」
「女を下に見るやつは、この業界じゃ詰むんだよ。」
さらに、囁きが落ちる。
「顔と若さだけが取り柄で、仕事はからっきしの女は御免被りたい!」
「そういえば、学生時代から“横取り”常習だって。同大の子が言ってた。」
「うわ、サイテー!」
ふたりは顔を真っ赤にして俯いた。
畠中は涙目で男たちを見上げる――が、誰も手を差し伸べない。
見事なまでの無視。
そこで、鋭い音が場を断ち切った。
パン!パン!
「無駄話はそこまで。仕事に戻れ。残業を増やすな。」
一言で、場に静寂が満ちる。
視線の先には、長身に上質なスーツを纏った真田社長。
今日は支店視察だと皆が知っていたが、この部屋にいるとは誰も思っていなかった。
「真田社長、私……。」
助け船だとばかりに、畠中が震える声で近づく。
涙を浮かべ、彼の腕を取ろうと手を伸ばし。
「これは、誤解なんです!」
突然、予想外の言葉を口にした。
「え?」
となる、その場に居合わせた社員一同。
「何が誤解なのかな?」
社長は穏やかにかわし、彼女の手は空を切る。
「だって、私が本当に愛しているのは……社長、わかってますよね?」
祈るように手を組み、上目遣いで見上げる。
入社以来、半年間続いたというアプローチ。
だが返ってくるのは――。
「いつもいっているよね?君のいっていることは、僕には理解できないんだが。」
いつもと同じ、温度のない返事だけ。
「ですからいつも言っています!私が心から愛しているのは社長だって!」
なおも距離を詰めようとする彼女を、社長の微笑が止める。
「君が心から愛しているのは、そこの小暮君だろう? さっき、思い切り“幸せアピール”していたじゃないか。」
真田社長は、ゆっくりと口角を上げた。
「おめでとう。僕も、二人はとてもお似合いだと思うよ。」
完璧な笑顔。
場の空気が一拍遅れて揺れる。
女性陣はもちろんのこと男性社員でさえ、頬を染めるほどの破壊力。
……畠中はおまぬけにも口を大きく開けたまま、その場で固まった。
――次回は、1時間後に投稿予定です。




