表と裏
オレリーとエミールの二人組が『ルズベリー』に着いた日の翌日――
当面の宿として入った酒場の、その二階の二間続きの奥の方の部屋で、オレリーはエミールが昨夜から今日の午前中にかけて町の方々から仕入れてきた〝現下の町の情勢〟に耳を傾けていた。……部屋の片隅に置かれた二人の旅装は、まだ解かれてはいない。
「それじゃ町が平穏に見えるのは、あくまで表側だけなのね」
「そ。牛を奪われたバッカルーが町外れの伝道所跡に居座ってる。南への道はそのすぐ傍を通ってるから、塞がれてしまえば、これ以上、南には行けなくなるね」
エミールの仕入れてきた情報によれば、現在、ルズベリーの町は、野生化した牛を駆り集めてバザーまで連れていく途中のカウボーイの一団と、町の賭博場の自警団との間でいざこざが発生していて、一触即発の状況らしい。
(――何が〝渡り〟向けの仕事なんてなんにもない、よ。しっかり不穏じゃない……)
発端は単純といえば単純で、カウボーイ達が賭博場で大負けをして借金の形に連れていた牛を全て巻き上げられた、とのことで、それに納得のいかない彼らが、丘の上の伝道所跡に居座り、牛を返すよう迫っている、という話なのであった。……〝控え目〟に言っても物騒な話である。
ふつうに考えれば、こういうことの調停(あるいは実力排除)こそ〝渡り〟の仕事といっていい。それなのにラーキンズ保安官は、この件に〝渡り〟を関係させたくないようだ。
「町の人たちは、どう考えているのかしら?」
オレリーはこの事実に対する住人の反応を確認した。エミールは首を左右に振った。
「差し当たり、まだ大きな迷惑事になってないからね。でも、スチームコーチの運行が止まれば、そのときには大きな問題になるんじゃないかな」
そう、と呟いたオレリーの表情に変化が表れないのを見て、エミールは敢えて訊いた。
「……で?」
「〝で〟って?」
「どうするんだい?」
オレリーは、エミールの目線を受け止めると、〝気を取りなおしたふう〟を装った笑顔になって、小首を傾げてみせた。
「どうもしないわ。正式に何かの依頼を請けたわけでもないのだし」
「…………」 エミールの表情は、少しばかり不服そうだったかも知れない。
オレリーはティーテーブルに肘をつき、顔の前で両の手の十本の指を合わせると、目線をテーブルの上に落として言った。
「双方の言い分を訊かずに判断をすることは、したくないわ」 少し言いわけじみて聞こえたかも知れない声で。
「懸命だと思う」
結局、エミールは頷いて返した。
「――…俺は〝ミス・ラングラン〟の考えに従うよ」 言って笑顔に戻し、椅子を引いて立ち上がる。「昼にしよう。……お腹がペコペコだよ」
約束のない客の来訪を告げるノックの音を聴いたのは、そのときだった――。