ラーキンズ保安官
夜になって酒場のホールで夕食を取っているミス・ラングランことオレリーとエミールの卓には、今日のボトルトスで披露した神懸かった彼女の技前を讃えて〝1杯振舞おう〟という人が、ひっきりなしに訪れている。
そのたびにオレリーは馴れない愛想笑いを浮かべて、慇懃に断るのである。
どういう手合いか判らぬ人から〝振舞い〟を受ける、ということすら、現在のオレリーは『リスク』と考えるようになっていたから。……人生のある時点から、彼女は用心深くなっている。
そんなわけで、今宵何人目かの歓待者が卓の側らに立ったとき、オレリーは(表向きの礼儀正しさとは裏腹に)内心うんざりしつつ目線を上げた。
卓の側らに立っていたのは町の保安官ラーキンズだった。太鼓腹を仰け反らせるように立っている。
ラーキンズはオレリーの目線を受け止めると、友好的とは言い難い眼の表情の下で作り笑いを浮かべ、こう言った。
「あまりこの町を気に入りはしなかったようだね?」
一瞬、言葉を詰まらせたオレリーに、ラーキンズはニヤけた笑顔のまま続けた。
「こんな町の人間に奢られる筋合いはないと、そういうことなんだろ」
「いや、それは――…」
さすがに穏やかでない話の流れに、エミールが慌てて手を左右に振って応じようとしたとき、
「ええ。お酒を振舞っていただく筋合いは、たしかにないわ」
はっきりとした口調で、もうオレリーが応じていた。
「でもそれはこの町の人が気に入らないからじゃない。ただわたしが飲めないの」
エミールは〝しまった〟という表情になって視線を下ろしす。ラーキンズの顔からは、作り笑いが消えていた。
と、スイングドアを外側から押して、男……若い男で少年と言ってもいい――がホールに入ってきた。
彼はホールにオレリーとエミールを見つけ一歩を踏み出したのだったが、(――明らかに〝男女二人連れの渡り〟の姿を見てそれをしたふうだった…――)、その卓の側らに保安官の姿が在ることに気付くと、表情を強張らせてその足を止めた。それに気付いたラーキンズが凄むような一瞥をくれる。
男は、いったんは歯を食い縛るような表情をし、腹を括ったかのようにラーキンズに目線を返した。……が、ラーキンズが腰元のリボルバーが目に入るように立ち位置を変えると、ぐっと押し黙ることになり、それから情けない表情になった顔を左右に振ると、踵を返して入ってきたスイングドアから出て行った。……諦め、逃げるように。
「…………」
問い質すような視線になって改めてラーキンズを見上げるオレリーに、彼は、ふん、と鼻を鳴らして何も説明せず、
「ここには凄腕の〝渡り〟向けの仕事なんてなんにもないんだ。さっさと町を出ることをお勧めするよ。それじゃあ」
と懐から銀貨を1枚取り出すと卓の上に放り、その場を離れていった。
「…………」「…………」
その背中を見送ったオレリーは、エミールと言葉なく視線を交わすだけだった。