「ボトルトスでいいかしら」
持参の〝紹介状〟に基いて身元の確認が終わると、お次は、横断鉄道の運行状況やらスチームコーチの走る街道沿の物価動向、治安の状態といった〝お決まり〟の道中雑感の聴取。それも終われば、いよいよ、彼ら〝渡り〟が旅の途中で遭遇した事件とその顛末、といった武勇譚がいくつか披瀝される段となる。
聴衆の大半はそれを目当てに押し掛けてきている。だから場の熱量が一気に高まった。
そんなふうに辺境の町に辿り着けば午後の娯楽に逸話を提供するのも、〝渡り〟の仕事と言えば仕事なのだ。
オレリー・サンドリーヌ・ラングランは、こんな〝渡り〟に求められるピエロの役割を、まずまずの首尾で終えると、相棒のエミール・デュコともども聴衆に一礼した。
今日は聴衆の反応がイマイチだった。こころなしか女子供の姿を見ない。
だが、こういうことが好きじゃない彼女にとっては――本当は愛想笑いも苦手で、こんなことには疑問すら感じている――どうだっていいことだ。……酔っ払いから子供にまで愛想を振りまくような営業活動って、いったい何なの。
救いは〝相棒〟が聴衆にウケの好いよう話を脚色して語ってくれることで、地味にこれがありがたい。もっと感謝しなければいけないかしら。
けれどそれは表情に出さず、数々の武勇譚を持つ〝女流れ〟のミステリアスなイメージのまま一礼して、この〝舞台〟を切り上げた。三つ編みに編み込んだ赤毛が背中で揺れる。
「――…では以上で、オレリー・ラングランとエミール・デュコからの『聴取』を終えることにします」
ロータリのコミッショナーが、そう後を引取って声を上げたときだった。
入口近くにいた髭面の男が、にやけた嗤いで手を上げた。
「ちょい待てよグレン。その嬢ちゃんの〝お話〟はなかなかに面白かったが、そのぅ、どうにも眉唾なんだよなー」
グレンと呼ばれたコミッショナーは、あからさまに相手を小馬鹿にするような言い方の髭面に、眉根を寄せて目線を返した。直前に交わした保安官との〝目配せ〟も気になった。
「いや、アンタんとこに転がり込んだ〝渡り〟だ。それなりの腕なんだろうが、嬢ちゃんのその細腕で、6発の弾丸で6人、ってのは……」
明らかに〝一悶着〟を狙っている。初日からこれでは、若い〝渡り〟には難儀だろう。 グレンは溜息ともども髭面に向き直ったが、口を開く前に、当の〝嬢ちゃん〟の方が口を開いていた。
「つまり腕前を確認したいと、そういうことね?」
コミッショナーとしてグレンは嘆息した。つまらないことに反応して安い喧嘩を買うこともなかろうに。下手をすれば恥をかくことに――…
……が、髭面から少女へと視線を変じたグレンは、彼女のすみれ色の瞳が活き活きと輝きを増しているのに言葉を呑み込んだ。
「ボトルトスでいいかしら」
やる気満々の態で髭面の面前を横切って、スイングドアを内側から押して外に出る赤毛の少女に、聴衆が再び沸き立つ。
連れの男の方を見遣ったグレンはゆっくりと首を左右に振ってみせた。すると彼もまた同じように首を振り、肩をすくめて返してきたのだった。