5. スタジオミュージシャン
生徒指揮の先輩が程なくして、コーチと思しき男性を連れて音楽室に戻ってきた。40歳くらいだろうか。身長は平均くらいでガタイはかなり良く、こう言っちゃなんだが、893みたいな見た目だ。
「では合奏始める前に軽く自己紹介しときましょうか。」
まるで周囲の空気が震えるかのような、見た目通り威厳のある声が音楽室に響いた。
「今年度、この吹奏楽部のコーチを担当することになりました、氏木振夫です。普段はスタジオミュージシャンを生業としておりまして、トランペットでサポートをしております。本業の方もありますので、こちらの方に頻繁に顔を出せるわけではありませんが、可能な限り皆さんと音楽を紡いでいけたらなと思っております。どうぞよろしくお願いします。」
、、、、、、、スタジオミュージシャンってなに????と、おそらくその場にいた全員が思ったであろう。
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説明しよう!
スタジオミュージシャンとはその名の通り主に音楽スタジオでのレコーディングを専門としており、アーティストの原盤に必要なバッキング演奏からライブのサポート、更にはアニメや映画で流れる劇伴音楽やゲーム音楽の演奏を行うアーティストのことである!
吹奏楽やオーケストラで演奏しているプロ奏者は基本的にホールでの本番やレッスン等、対面・対人なのに対し、スタジオミュージシャンはマイクに向かって演奏する。自分の演奏が機材を通して数値や波形に変換される事によって響きの成分や倍音がカットされるため、特にピッチや音程・リズム・音のマイク乗りがかなりシビアに認識されやすい。求められるレベルが非常に高いぶん報酬は高額となるが、それだけでご飯を食べていくのはひっじょ〜〜〜〜〜〜〜に困難なのである!
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「とまあ挨拶はこの辺にして。さっきの姿勢の話聞いてたんですけど、あれそこのツインテールの子が言ってたこと何も間違ってなかったけど、なぜその意見を伝統という言葉だけで一蹴してしまうんですか?」
生徒指揮に鋭い指摘が飛び、彼女の表情がたじろぐ。だが氏木さんの指摘は止まらない。
「確かに姿勢が一つの決まった形で揃ってるのは見栄えが良い。実際に吹奏楽コンクール学生の部では姿勢をピッタリ揃えて全国大会金賞を取ってる団体もいる。ただそれは姿勢を揃えていることが直接的に、もしくは間接的に結果に繋がっているのでしょうか。気持ちが揃うって意見もあるでしょうが、別にそんなことで大して演奏の質は変わらない。なんなら自分に合っていない姿勢を続ける事で体に与える影響はあるし、どちらかと言うと負の側面の方が大きい。先輩からの伝統が重要と言う気持ちも理解できますが、それに盲目的になって自分で考えることを放棄してはダメですよ。」
氏木さんの指摘は最もすぎる。生徒指揮の先輩は小さくなってしまい、目を合わせようともしなくなった。
「そしてしっかり自分の意見を表現してくれたあなた。一年生という立場ながら全体の前で意見を表現することができるというのは、非常に勇気の要る行動だったと思います。ぜひ今後も強い意志を持っていただけたらと思います。」
ツインは少し頬を赤らめながら視線を下に落とした。
「では合奏を始めましょうか。」
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「はい、ではみなさん。今の合奏で指摘したことを次回までに改善してくるようにお願いします。」
部員の大きな返事と共に合奏が終わった。何か特別変わった合奏をするわけではなく、むしろ普通すぎるくらいだった。
ただ、生徒指揮の先輩はかなり怒り心頭な様子だった。
「なんであたしだけあんな言われなあかんの??今まで通りやってきただけやのに急に私だけ怒られてさ!!しかも今までのあたしらのことなんて微塵も知らん奴が!!!!もうほんまわけわからんて!」
しまいの果てには泣き出してしまい、周りの先輩が慰めに入っている。あの先輩にはあまり関わらない方がいいかもな。
吹奏楽部でよく見る光景だ。和也はそんな先輩を横目に見ながら楽器にスワブを通して水分を拭き取り、ため息をつきながらケースに楽器を片付けた。