表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

4. チューニング

慣れない授業もようやくチャイムが終わりの時間を告げ、俺は大泉と足早に音楽室へ向かっている。

そう。今日から1年生も合奏に参加することになっているのだ。俺は妙にソワソワしてろくに授業に集中できなかったが、それは大泉も同じようだった。二人とも目標にしていた憧れの吹奏楽部。その一員として一つの音楽を奏でられることに大きな期待感を抱いていた。


「お、みんな揃った!ん〜ほな和也くんは1stで私とりこちゃんの間で、ツインちゃんは2ndでひかるちゃんとこやぎの間ね!」

りえりー先輩の声かけに従い、俺たちは指定の場所へ座り、楽器の準備を始める。


そんな俺には一つ楽しみにしていることがあった。トランペットパートのメンバーがどこのメーカーのどのモデルを使っているか、である。そう、俺は生粋の楽器オタクなのだ!中学でトランペットにどハマりし、楽器屋でカタログを片っ端から集めては読み込み、今では主要メーカーのほとんどのモデルの仕様や特性、値段までも把握している。

とはいえ、普通のJKがそんなマニアックな楽器を持っているワケないか、とあまり大きく期待しないようにしながら右へと目を向ける。

YAM○HA シカゴ、YAM○HA X○no、YAM○HA Xe○o、YAM○HA Xen○、お、あにゃち先輩だけBa○hか。

どこの吹奏楽部とも大して変わらない結果に、まぁそんなもんだよなと内心少しテンションが下がっていたが、左を見ると一際輝く金色のトランペットが.......!


「りえりー先輩、めちゃくちゃ良い楽器使ってますね、、、、!」

思わず声をかけてしまった。


「え?そうなん??私あんま楽器詳しくないんやけど、なんか見た目かっこよかったからこれにしてん!」

彼女は明るく答える。


その瞬間、俺は確信した。ひかる先輩の言っていたことは全く嘘じゃない。この人はマジの金持ちだ。しかも本人は全くそれに気づいてない。くそぅ、一番タチ悪いやつじゃないか!


ーー基本的に高校生が親に買い与えてもらうトランペットの相場は40~50万円程度である。YAM○HA X○noが40万弱、YAM○HA シカゴとBa○hの37が50万程度で、基本的にはこの価格帯の楽器を使っている学生が多い。

だが、りえりー先輩が手にしているそれは、Ba○hのArt○san、これだけでも80万程度するのだが、それの金メッキである。コロナの影響で金の値段が爆上がりし、今金メッキのBa○hのArt○sanを買おうとしたら150万くらいする代物だ。だがやはりその音は本物である。


そんなオタク早口を心の中で唱える和也のことは一切気にも留めず、彼女は音出しを始める。


その瞬間、俺は息を飲んだ。

いわゆる「普通」の音を「コンクリートの表面のようなざらざらな音」と例えるのであれば、彼女の音は「摩擦ゼロの氷上を滑っているかのような音」と表現するのが適切であろう。音の輪郭は雑味が一切無く、摩擦のない氷上のようである。かといって音質も氷のように冷たいわけではなく、日向ぼっこをしている猫のような温かさや優しさを感じる。


何だこれは。今まで耳にしたことがない体験をした和也は正しく言葉を失いながら先輩を見つめる。


「なになに恥ずかしいしそんな見んといてや〜」

りえりー先輩のその言葉で俺はふと我に帰る。


しかし、その音に驚いたのは和也だけではない。他の新入生もみんなが先輩の方に視線を奪われていた。


「やっぱそうなるよな〜。私らも一年前全く同じ反応してたわ〜。」

りこ先輩が隣で呟く。


「はーいみんな音出し終わりましたかー?じゃあいつも通りチューニングしまーす。」


怖そうな生徒指揮の先輩の声掛けにより、クラリネットから一人ずつチューニングをしていく。この一人ずつチューニングしていく方法は、割と全国的にも見られるのだが、俺はその方法に疑問を抱いている。非効率すぎやしないかと。

管楽器のチューニングなんて、その時々で簡単に変わってしまう。全員のチューニングが終わるまで15分くらいかかるが、すぐに楽器は冷えてしまい、チューニングの意味がなくなってしまう。でも入りたての俺にそれを言える勇気はない。そうこう考えているうちに俺の番が回ってきた。


「あーせやせや、これ一年生に言わなあかんのにすっかり忘れてたわ。」

怖そうな指揮の先輩がそう呟いて俺のチューニングを中断する。


「姿勢のことなんですけど、椅子には深く腰掛けずに手前3分の1に座ること。背筋は真っ直ぐに伸ばして膝は直角に曲げて、隙間は拳一個分だけ作ること。一年生は今後この姿勢で演奏してもらいます。」


はい!!と、一年生が吹奏楽部特有の謎のクソデカ返事をする。


、、、まてまてまてまて。おかしくね?え、みんなこの異常性理解できてないんか????身体のつくりなんて男女でかなり違うし、同姓でも身長や体重、骨格もかなり違ってくる。というかそもそもプロオケ観てて姿勢が揃ってるのなんて見たことないぞ?あの人は何を考えて...........


「あのっ!姿勢を強制するのっておかしくないですか??」


考えを巡らせてると、右の方からツインの声が上がる。生徒指揮の先輩も突然の一年生の発言に目を丸くしている。


「身体の構造なんて一人一人違いますし、実際そんな座り方してるプロ奏者なんてほっとんどいないですよ!?個人でその姿勢をされるのでしたらまだ良いと思いますけど、それを強制する必要なんてないですよね??」


思ってたこと全部言ってくれるやん。

よほど緊張したのだろう。声も震えているし息も少し上がっている。ともあれ、俺にそれを言う勇気はなかった。素直に尊敬する。


「あー、これはずっと前からこの吹部に受け継がれてきたものの一つで、姿勢が揃っているとお客さんからの見栄えも良いんです。何より、姿勢を伸ばすことで合奏に対する姿勢も改めよう、そういった意味合いも含まれているので、皆さんには協力をお願いしています。」


生徒指揮の先輩が言うことには一理ある。確かに音楽が揃っていることに加えて姿勢も揃っていたら、一般のお客さんからするとなかなかの迫力となるだろう。ただ、それを求めて「吹きやすさ」を犠牲にしてしまうのは如何なものか。


そうこう考えているうちに全員のチューニングが終わり、怖そうな生徒指揮の先輩はすぐ隣の音楽教員室へコーチを呼びに行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ