1. 「今年は吹奏楽コンクールには出んことにしたんやわ」
つい先週は暑くて半袖で外出していたはずなのに、せっかくの入学式の今日はやけに寒い。
「令和ちゃん気温調節下手くそすぎやろ...あんたもう7年目やろ〜〜??」
藤井和也はそうぼやきながら、音楽室へと向かう。
「失礼しまーす」
そう言いながら音楽室に入ると、もう部屋には30人程度の新入生が集まっていた。さすが府内でもトップ3の成績を誇る吹奏楽部。やはりそれを目指してこの高校を選んだ生徒もかなり多いようだ。
見渡す限り、みなそれぞれ違った制服を着ている。紺、焦茶、うちの高校のものではない校章が胸ポケットについてたりもする。そう。この高校には制服が無いのだ。ただ女子高生は制服を着ることで「The・華のJK」が完成するので、結局のところ自分で制服を用意するのだ。男にとって制服は割とどうでも良かったりする。
「お〜今年も結構人数揃っとんな〜」
少し声が高めで低身長のおじさんが陽気な声と共に音楽室へと入ってきた。
「すごっ、、、本物だ、、、!!」
「実物ちっさ!」
「かわいい〜〜〜〜」
皆口々に喋っている。
いや60のじいさんが可愛いって意味わからんねんけど。
まるで校長先生の「皆さんが静かになるまで何秒かかりました」のテンションの如き無言の圧力で生徒が静かになるのを待ったところで、彼は口を開いた。
「え〜皆さん、この度は入学誠におめでとうございます。顧問の津 昭弘です。今日めちゃくちゃ寒いけど、桜も満開やし、入学式として申し分無い感じやねえ〜」
確かに可愛いって言う気持ちも分かるか、、、なんかホワホワしてるしマスコットみたいや。さっきの子、悪く言ってごめん。
「、、、と挨拶はこのくらいにして。実はこれさっき決定してまだ2、3年生にも伝えてへんのやけど、、、」
いきなり重大発表があるかのような話し方だ。
「今年は吹奏楽コンクールには出んことにしたんやわ」
ここは南極大陸だったか?
そう錯覚する程、場が凍えた。
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座生館高校吹奏楽部。吹奏楽の甲子園と例えられることも多い吹奏楽コンクール、その県大会では毎年金賞を受賞しており、関西大会でも2,3年に一度は金賞を獲得している。
また定期演奏会にもかなり力を入れており、2部で行われるミュージカルや4部で披露される激しい踊りと共に音楽が奏でられるポップスステージは、毎年日本全国からお客さんが訪れるほど人気だ。
かく言う俺も中学2年生の頃に初めて観た定期演奏会に過去人生最大の衝撃を受け、ここへの入学を決めたのである。偏差値で言うと70オーバーだったので、1年間死に物狂いで勉強した結果、入学できたのである。
部活説明会では、新入生の7~8割はコンクール、2~3割は定演を目指して入部しているらしい。
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「、、、、、、、、へ?」
情けない声が和也の口から漏れ出た。
コンクールに出ない!?!?!?!?
あり得ない
ここにいるほとんどがコンクールを目指してきたんだぞ???????
何考えてんだあのじーさん???????
困惑しているのは他の新入部員だけでなく、既存の部員も同じようだ。
「あのっ、私この部活なら関西金賞目指せるって思って入部したんですけどっ!」
おー度胸あるな、あのツインテールの子。見た感じ同じ新入生のようだが、やっぱりあの手の自分の芯を持って発言しちゃう空気読めない系の女子ってどこの吹部にもいるんだな。嫌いじゃないぞ。
「まー気持ちもわからんでも無いけど、吹奏楽の楽しみ方って何もコンクールだけじゃ無いんやで〜」
何か含みのある言い方のようだ。
「あ、そうそうもう一個言わなあかんことあったんや!」
これ以上何があるって言うんだ、、、
「わし今年指揮振らんし」
とどめを刺された生徒も多いことだろう。
何人かは吐血していた。
津先生はマスコット的な要素も含んでいることから、それに惹かれた生徒も多いようだ。特に女子。
「てことで今後はうちの息子の津 健斗に任せるんで!ほなわし畑見にいかなあかんし!あとは頑張れ!」
音楽室は南極大陸のお通夜状態に陥っていた。