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第八話 いろいろごめん

魔獣のいるこの世界において、夜間は人間の時間ではない。

それなりの規模のある村や街にはそれなりの高さがある外壁が築かれているのが当たり前だ。

コメータの街も例に漏れず、王都から最も近い都市ということもあって中々に立派な外壁が築かれている。

日は傾き、そろそろ門を閉じる準備を始めようとしていたコメータの街の衛兵は、遠くから聞こえた声に耳を澄ませた。


「おーい!助けてくれないかーっ!」


見れば旅装の青年と、あまりにもラフな格好の男が走ってくるではないか。

そして怪我でもしているのか、力なく背負われている変わった髪色の男。

これは何か問題が起こったぞ、と衛兵は慌てて他の見張り仲間にも声を掛けて回る。

その中の一人が見張り台から拡声の魔道具を使って声を掛けた。


「どうした!怪我人か!」

「魔獣に追われてる!オレらを入れたら門を閉めてくれ!」


魔獣!

それは大変だ。一体どんな魔獣に襲われたんだ?

そう思い周囲を見渡した衛兵はそれを見た瞬間固まった。


「おい、ありゃなんだ?」

「猪…?こ、ここいらにあんな魔獣出たことないぞ」


猪と言えば森や林など木々の多い場所に出る魔獣だ。

平原の広がるこの街の周辺では兎や狼といった魔獣が主で、猪の魔獣はあまり出るものではない。

ましてや、あんな巨大な猪の魔獣など、論外であった。


「き、緊急―!!魔獣の襲撃だ!戦闘態勢!休憩中のやつらも全員引っ張り出してこい!」


大慌てで招集の鐘を鳴らす。

この街で鐘が鳴らされることは珍しく、ただ事ではないと察した市民たちが不安げに屋内へと引っ込んで行った。

門前は俄かに騒がしくなり、突然の招集に右往左往する人でごった返した。

慌てて鎧を着こむ者や外壁に上って唖然とする者。サボっていた武具の手入れを今更始める者までいる。


そんな騒ぎであったから、門の中へ飛び込んできた余所者にも構っていられず。

先頭で走ってきた青年が冒険者証を掲げているのだけ確認して、怪我人がいるなら診療所へ行け、とだけ声を掛けて見送ることしかしなかった。

………それが何を街に引き入れてしまったのか、彼らが知るのはずっと後のことである。




「はぁー、なんとかなった……」

「…本当に二人とも、ありがとうございます……」

「ははは、なにそのポーズ」


うえっぷ、揺られ過ぎて吐きそう。

とりあえず今は、そこらにあった宿屋に駆け込んでようやく一息ついたところ。

僕は深々と床に額を擦り付けて土下座した。が、こっちには土下座の文化はないようだ。

とりあえず僕が深く感謝していることは伝わったとは思うんだけど。


「縄張りから遠く離れ、あれだけの人数に囲まれれば流石に”森の砲弾”といえど敵わないだろう。……ううん、汗臭いな。流石に風呂に入りたい」

「同感~」


すんすんと臭いを嗅いでフィデスが顔を顰めた。

僕も森で全力疾走したせいでかなり汗臭い。

風呂、と言っても宿は安宿なので体をお湯につけた布で拭くくらいしかできないけれど。


「あの、改めまして二人には飛んだ迷惑をお掛けしました…」

「いーよー、ユート君そんな重くなかったし」

「いや、そっちじゃなくて。そもそも魔獣に追っかけられたのは僕のせいですし…」

「え?そうなの?」


あ、そういえばベンにはまだ僕が呪いの勇者だと話してなかったんだった。

お互い名前くらいしか知らないことに気付いて、改めて自己紹介することにする。


「僕の名前はモチヅキ・ユート。王都から……いや、地球の日本というところから来た、元勇者です」

「……………はい?」

「えー、この度は僕の”呪い”があの魔獣を呼んでしまったようでして、それで追いかけられていました。ベンさんのことを完全に巻き込んでしまったこと、申し訳ございませんっ!」


再度土下座。他に深い謝罪のポーズ知らないんだ。

頭を下げることしばし。

あまりになんの反応も返ってこないのでちらりと顔を上げると、ベンは僕を凝視したまま固まっていた。


「………あのー?ベンさん?」

「………はっ!えっ、勇者!?勇者ってあの、勇者!?」


思考停止していたらしいベンは正気に戻ると今度は目に見えて慌てだした。

ぶんぶんと音がするほど凄い勢いで、僕とフィデスを交互に見ている。


「うむ、その勇者だと思うぞ」

「え、えぇぇぇぇ……!あっ、あのっ!失礼しましたっ!」


片手を広げ、もう片方を胸に当て膝立ちするベン。こっちの謝罪のポーズってそんな感じなんだ。

なんか極道とかが「お控えなすって!」とか言いそうな格好だ。…僕もベンからはそう見えてたのかな?

っていうかなんでベンが謝ってるの?


「僕は謝られる筋合いはないですけど…」

「ははははっ!勇者と言えば国賓だからね。しかも英雄だ。下手な貴族よりもよっぽど影響力があるのさ」


フィデスがそう言って笑う。

僕、王都で敬わられてたの呪いが発覚するまでの数か月だけだよ。


「頭を上げてくださいよ、ベンさんには助けられこそすれ、失礼なことは何もされてないんですから!」

「ほ、本当ですか…?」


ほっと胸を撫で下ろすベンに、なんだか申し訳ない気分になってくる。

なんであれだけ世話になった相手に頭下げさせなきゃいけないんだよぉ。


「それに僕は”呪いの勇者”なんて呼ばれてましたから、そんな畏まられるようなもんでもないんです」

「………”呪いの勇者”?」


たらり、とベンの頬を汗が伝う。

あ、やっぱり最初のところは聞こえてなかったみたい。

勇者、って単語のインパクトが強すぎて吹っ飛んでたみたいだね。


「ま、まさか、あの”魔獣寄せ”の勇者?もしかして”森の砲弾”に追われていたのは…」

「あー、うん、確証はないけど、僕のせいだと思います…」


ざざざざっ、と音を立ててベンが後退った。

ころころと顔色を変えるベンに、フィデスがからからと笑う。


「はっはっはっは!今更だなぁベン君!」

「わ、笑いごとじゃないよ!なんでそんなのがこんなとこうろついてんのさ!」

「実は、追放されちゃいまして」

「はぁ!?」


王都の人には良いニュースだけど、王都の外の人には悪いニュースだよね。

檻に入ってた猛獣が逃げ出して、今目の前にいますと言われているようなもんだろう。

ごめんねぇ、僕だって害意はないんだ。


「移送中あの猪に襲われて。逃げていたところベンさんに出会った、というわけで」

「はぁ、なるほど。……じゃぁフィデスさんは護衛かなにか?あんまそれっぽくも見えないけど」

「ん?私は囚人だ。冤罪だがね。彼が呼んだどさくさに紛れて一緒に逃げた」

「………………………ちょっと待ってよぉ」


今度はしおしおと座り込む。

共に窮地を脱した仲間だと思ってた相手が”呪われ”と”囚人”だったのだ。情報量がパンクしたらしい。


たっぷり考え込むこと数分。

ベンはゆっくりと顔を上げた。


「………………………通報しよ」

「待って待って待って!通報されたら最後、王都に送還されるならまだしも、僕ら多分殺されちゃうんだから!」

「……情報量増やさないでよぉ。なにさ殺されるって…この国に死刑は無いんだよ?」

「表向きはそうだが、しかし実際はそうではない」


フィデスと僕は、これまでのいきさつと看守から聞いた話をベンに話した。

聞いていくうちにベンの顔色はみるみる悪くなっていく。


「嘘だろ…?秘密裏に処分してたって…今までどれだけの人が?」

「さぁな。私が投獄されている間に、何組もの囚人が移送と称して連れ出されていた。彼ら全員が処分されたとは思いたくないが……看守殿は”いつも通り”と言っていた。それなりの人数があそこに埋まってるだろうさ」

「…………」


あまりの事実に、ベンは絶句している。

僕も、看守の姿を思い出して身震いした。危機に面していた当時よりも、そこから脱した今の方が色濃く、死の恐怖の残り香を感じる気がする。

あの血糊のついた無骨な剣は、何人を屠ってきたのだろう。看守は、騎士だと言っていた彼は、ずっとあの汚れ仕事をしていたのだろうか。


「………それで、これからどうするつもり?なんにしろ君らは国にとって都合の悪い人物だろ?間違いなく追手が掛かると思うけど」


特に君、とベンは僕を指さした。そうだよね…。

でも、どうするのか、なんて聞かれても僕にもさっぱりだ。

持っているのは城で使っていた文房具や仲間がくれたお土産といった、今は無用の物ばかり。

お金は数日の衣食住で無くなる程度しか持ってない。

仮に衣食住がどうにかなったとて、身の安全を守る術もない。


僕にあるのはFPSで鍛えたエイム力と、なけなしのポンコツ剣術くらいのものだ。


「うむ、私としては囚人殺害の告発をするつもりだ。ついでに恩赦が出るとありがたいかな」


なるほど、告発か。

安心して暮らすためには元を断つのも必要だね。


「単に囚人が脱走したと思われるだけなんじゃ?下手に告発しても、高位貴族の大半が敵に回るなら揉み潰されるだけだよ?」

「そこで役に立つのがそこの勇者殿だ」

「え、僕?」


唐突に指を指されて驚いた。

僕に何ができるって言うの?あ、それがフィデスの言ってた”やってもらいたいこと”?


「君は曲がりなりにも勇者。そして他の勇者たちにとっては唯一の同郷だ。伝達さえなんとかすれば、彼らは話くらいは聞いてくれるだろう?」

「それは、たぶん聞いてくれると思う」

「結構!大変結構だ。我々が直接国王陛下に直訴するのは宰相殿や貴族に邪魔されるだろうし不可能だが、勇者からなら、国王陛下の御耳に告発することができると思う」

「なるほど…それは確かに、いけるかもしれない」


特に常識も良識もある大人組、アツシかミオさんに連絡が取れれば、国王陛下に知らせられる可能性は高い。

市井に出ることの多い勇者なら、国王陛下よりも接触の機会は多いだろうし。

高位貴族や宰相といえど、国王に真っ向から歯向かうわけにはいかないだろう。

この国は血統を重んじる国家のため、国王の権威は強い。

都合が悪いからとすぐに首を切れるような相手ではないのだ。


なんだか希望が見えてきたぞ。


「伝達をどうするかだが、とりあえず頼ることになるのはベン君。君だ」

「オレも?」

「私たちには今、安全に使える身分が無い。そこで冒険者ギルドに登録しようと思う。ある程度のランクまで上がれば、貴人宛の手紙を送ることもできるし、上手くすれば通信の魔道具を使うこともできると聞いたことがあるのでね。それで、君にはその手ほどきをお願いしたい」

「えぇ、保証人になれ、ってこと?相手が囚人だってわかっていながら?オレも犯罪者になっちゃうじゃん、嫌だよ」


うげ、と舌を出すベンに対し、しかしフィデスはにやりと笑った。


「ところでだねベン君。君には逃亡幇助の疑いが掛かっているのは知っているかね?」

「「はっ!?」」


僕とベンの声がハモる。

命の恩人に、急に何を言い出すんだこいつは。


「ユート君は兎も角、私はれっきとした犯罪者だ。冤罪だが。しかし君は私を助け、あまつさえ街の中に連れ込んでいる」


………そういえば街に入るときに身分証を提示したのはベンだけだ。

ベンの方は苦虫を嚙み潰したような表情になった。


「脅すつもりなのか?」

「んー、どうだろうな。私が君に求めるのは冒険者として登録するところまでだ。君は保証人と言ったが、上位パーティに入ろうとするなら兎も角、単に登録するだけなら保証人までは要らないだろう?」

「そりゃ低位の冒険者証は、冒険者本人と冒険者証を紐づけるためだけのものだから、身分証にはならないからな」


そういえば、冒険者のランクは信用度を表すと聞いたことがある。

強い魔獣の討伐、難易度の高い迷宮の踏破、納品に対する姿勢、そういった信頼度を現したのがランク。

低ランクの冒険者証は登録さえすればいくらでも作れるから、身分証としての効果は薄い。

でも冒険者証の偽造だけはできないようになっているので、依頼を達成することで徐々にランクが上がれば、その冒険者証は”信頼できる冒険者を保証するもの”に変わってくる。

そうなると、戸籍の登録などが一般的ではないこの世界では、かなり強力な身分証が出来上がるわけだ。


「うむ。私たちは君のランクを利用して高ランク依頼を受けようとしているわけでもない。だから君は、私たちが登録を終えたら立ち去ってくれて構わない。私たちのことは秘密にしてもらいたいが。その後私たちがもし捕まるようなことがあっても、市民を装って街に入ったと証言しよう」

「どうだか」


それなら一応、お互い知らぬ存ぜぬを貫き通せば、とりあえずベンは何も知らなかったことにはなるかな。


冒険者…冒険者かぁ…!

異世界ものの定番、冒険者!

世界中を旅して、未知を探検し、命をかけたヒリヒリした冒険をする人たち……それになれると思うと、ワクワクしてくるね…!


ベンは色々考えているようだったが、頭を掻くとため息を吐いた。


「はぁ、わかったよ、そこまでなら協力する。それで?冒険者になって、どうするんだ?」

「とりあえずこの街は明日には発つことにしよう。道中冒険者ランクを上げながら、北西にある私の実家、ファスキナー領へ向かうつもりだ。」

「…………ちょっと待て。”ファスキナー”?あんたの実家って、ファスキナー男爵領か?」


何とか話がまとまりそうだ、とホッとしていたところ、ベンが思い切り眉をひそめた。

ファスキナーは確かフィデスの家名だと思ったけど、何か思い当たることがあるのだろうか?


「あんた、もしかして、()()掛けて捕まったっていう、フィデス・ファスキナー?」


おっと流れ変わったぞ

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