第六十話 迷宮教
突然のカタコト闖入者のおかげで、食堂はぴりりとした緊張に包まれていた。
「うめぇ! うめぇ!」
……なんか一人なんも気にせずご飯に夢中の少女がいますが。
「あぁ…ラクリマ殿。貴女には自室に食事をお届けしたはずだが…」
頭を抱えてフラヴスが力ない声を上げた。
この人物は僕らと別室にいたお客様のようだ。
時々聞こえていた声もこの人と使用人の人が話していた声なのだろう。
僕の目の前の人物…恐らく女性? のラクリマさんは僕の手をがっしりと掴んで離さない。
ってか、凄い力なんですけど! びくともしない!
「イエイエ、ファスキナー殿! 彼は拙僧ト同じ臭い、シマス! メイドのかたには止められマシタが、同志と食事を共にスルのは当然のコトではありませんカ?」
「ど、同志ってなんのこと?」
何かわからないけど初対面なのに仲間認定されているらしい。
特に彼女と共通点は見当たらないし、一体なんのことやらさっぱりだ。
それでも彼女の鮮やかな瞳は僕を捕らえて放さない。
「…ご主人」
ぐるぅ、と唸るムト。
これは「やっちゃっていいか?」の催促だ。
確かにこの人怖いけど、まだちょっと待ってもらってもいいかな!
「オヤ? 貴方、エディル教ではないのデスカ?」
「エディル教?」
「コレ。この模様、この感覚、迷宮を破壊せし者のアカシ。我らト志を同じくスル者のアカシでもありマス」
彼女、ラクリマが指差したのは、右手のテオの契約印…ではなく、反対の左手に最近現れたホクロだった。
え? こっち?
これは確か、エスタが魔獣狩りをしたときに気付いたものだ。
「迷宮…」
「迷宮を破壊せし者、って言ったら…」
ベンとフィデスが目を見合わせている。
……もしかして、あの巨大スライムの核のこと? 思い当たるのがそれしかない。
「迷宮を破壊せし者」が迷宮踏破のことだけを言っているなら、ベンとフィデスとムトもそれに該当するはずだからね。
でも迷宮核を壊したのは、僕だけである。
「ウーン。その反応、どうやら本当にエディル教ではナイようデスネ…」
「はい。そもそも、初めて聞きました」
「そんな…迷宮のホウフなスぺキアでエディル教の存在が知られていないナンテ…」
崩れ落ちるラクリマ。
「……ぷはー、うまかった! うわ、なんだこの惨状は」
一息ついたのかエスタがようやく事態に気が付いたようだ。
本当に食事に夢中で気付いてなかったのか。あえて無視してるのかと思っちゃった。
「兄上…この方は?」
「ああ、紹介せねばな。彼女は……」
「拙僧はラクリマ・プレケス。善良なるエディル教の見僧が一人! 地上に住まうスベテの命のために、迷宮を滅ぼすのはエディル教徒の宿命なのデス!」
フラヴスを遮って自己紹介するとラクリマは自慢げに胸を張った。
「うわ、迷破教の僧侶かよ」
「エスタさん知ってるの?」
「有益無益に関わらず迷宮とあらば壊さずにはいられない異常者の集団だぞ。なんでそんなのがこんなとこにいるんだ」
「オゥ、そんなのとはご挨拶デスネ、鉱人のお嬢サン。拙僧は呼ばれたカラここにイルのデス」
ちっちっち、と指を振ってウインクするラクリマ。
…あれ。エスタが鉱人ってバレてる!
「お耳を隠しタ程度デハ拙僧は騙せませんヨ?」
「そうか、そちらのお嬢さんは亜人だったか…道理で見た目の割に落ち着いているわけだ」
「ああ、すいません。後でお話ししようとは思っていたんです」
慌てて頭を下げるとフラヴスは「大丈夫だ」と手で制した。
フィデスの言っていた通り、偏見のない人のようでよかった。
「彼女は迷宮討伐のために近隣の町に滞在していたのをわざわざ来てもらったのだ。流通の邪魔になる位置に、迷宮ができてしまったのでね」
「ソノ通り! 今回はちゃんとお仕事デス」
「へぇ、迷宮を壊す仕事なんていうのもあるんですねぇ」
そういうのは冒険者の仕事になるんじゃなかろうか?
「冒険者がやることが多いが、そもそも迷宮を踏破出来る実力者はそう多くはないからな。場合によっては、冒険者以外の実力や経験のある人物に頼むこともある」
「なるほど」
特にこのファスキナー領の辺りは田舎なので高いランクの冒険者が少ないらしく、近くの村や町に依頼を出していたところようやくつかまったのがラクリマだったと言う訳だ。
と、そこでラクリマが不満げに鼻を鳴らし眉間に皺を寄せた。
「モチロン、拙僧はお仕事が優先。デスが…デス。今、拙僧はお仕事よりも大事な用事ガ出来てしまいマシタ…」
「用事?」
なんのことだろう? と疑問符を浮かべる僕らの横で、エスタだけが「まさか」と嫌そうな表情を浮かべる。
そしてラクリマは突然、険しく睨みつけるような視線を僕に向けた。
えっ、なにか怒るようなことしました!?
「ソコの貴方! 拙僧は、貴方に決闘を申し込みマス!」
「えぇっ!? 急に!?」
なんで唐突に決闘!? そこまで気に障った?
なにがなにやらわからないが、どうやらラクリマは僕を敵と認識したようだ。
っていうか、決闘なんて申し込まれても負けが明白なんですけど!
「ソノ手の印は迷宮を破壊したアカシ…。しかし、エディル教徒でない者がソレを持っていても、宝のモチグサレ、デス! 貴方と拙僧はアカシの所有権を賭けて、決闘をシマス!」
ラクリマが腕を上げる。
目の前にかざされた手の甲には、鹿の角のような流線模様が3本、描かれていた。
僕の手に現れたホクロと同じような色をしているので、あれがラクリマが持つ迷宮を破壊した証なのかもしれない。
いいなーかっこいいなー。
「そんな理由ですか? 別に決闘なんてしないでも渡しますよ。どうやって渡すのかわかんないけど」
ラクリマの持つ模様はカッコいい。でも、僕としては別に証を集めてるわけじゃないので上げてしまっても構わない。
決闘なんて物騒なことしたくないしね!
「駄目デス。迷宮は己を倒した相手しか認めまセン。譲渡スル際には必ず、決闘を行っテより強き者を示す必要があるのデス。それ故、手加減も許されまセン」
なにそれ迷惑ぅ~~。
そもそもスライムを倒した時だって、僕一人の功績じゃないんですけど。
四対一で挑んでいいってこと?
「構いまセン。拙僧もその方が戦いがいがありマス」
「凄い自信だな…」
四対一だよ? それなのにこの余裕。
もしかしてこの人物凄く強いんじゃないだろうか。
「アタシはパス。そもそもその迷宮を壊した時いなかったし」
「そうですね…」
「決闘を受けるんなら、気をつけな。あいつら迷破教は迷宮のこととなるとブレーキが効かないからな」
「迷破教?」
「エディル教の別名。近くに迷宮があると聞けば不法入国も暴行も辞さず突っ込んできて、四肢が一本でも残っているなら這ってでも迷宮に突撃していくような連中の暴走っぷりからついた名さ。骨が折れた程度じゃ止めてくれないかもな」
はい! 棄権したいですっ!!
思った以上に危ない宗教じゃないですか! なんでそこまで迷宮を敵視してるんですか!
「全ての迷宮を破壊したトキ、世界は永遠の安寧を得るのデス…」
恍惚とした表情を浮かべるラクリマ。
あ、これ本格的にやべー奴だ。
「そもそも僕らがその決闘を受ける理由がないんですけど!」
「フーム、それは確かにそうデス…。……ソウだ! 決闘を受けてくれたラ、望みを一つ、なんでも聞きまショウ。お金でも、護衛でも、討伐でも、財宝でも……望むナラ、その、夜の相手でも? なんでも引き受けようじゃありまセンか!」
「そうは言ってもなぁ…」
ベンも困ったように頭を掻いた。
僕ら四人を相手取ろうと息巻く人が護衛についてくれるのは心強いけど、そのために決闘するのか…。
「モチロン勝てばアカシも差し上げマス」
「それは別に」
集めて何かあるもんでもないし。
「私はそこまでする必要性を感じないな。護衛はありがたいが、危険を冒してまで欲しいものではない」
「同感」
「俺はどうでもいい」
フィデス、ベンは反対。ムトは中立。
……受ける必要、ないよねぇ。
その空気を察したのか、ラクリマがおろおろと狼狽え始めた。
「え…ぇ…こ、こんなに魅力的ナ条件を出しているノニ、何故決闘してくれないのデス?」
「怪我するのが嫌だからです」
「怪我が……イヤ……!?」
なんでそんな天地がひっくり返ったような顔するんですか! 当たり前でしょ!
もしかしてもしかしなくてもエディル教って脳筋?
「だ、駄目デス…アカシが…目の前にあるノニみすみす見逃すナンテ…うぅ」
じわ、とラクリマの瞳が湿り気を帯びてきた。
「全ての迷宮はエディル教に破壊されるべきなのデス……例外は許さないのデスぅ~……うぅぅ、うわぁ~~」
あ~あ~泣いちゃった。でも怖いこと言ってるんだけど。
「うぅ~受けてくだサイぃ~決闘~…!」
陽の色の瞳からぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちていく。
うぐ、これじゃまるで4人で女の子一人をいじめているみたいじゃないか。
しかもラクリマの泣き声は次第に盛大なものになっていく。
「……あぁ、わかった! わかったから!」
ベンが堪らず手を挙げた。
ラクリマがぐすんと鼻をすすり、ベンは困った顔でこちらを見て来る。
「仕方がないな…。ただし、寸止めだ。怪我は無しにしてくれ」
「二人がいいなら、僕も頑張るよ」
「ホントっ!?」
ぱぁっ、とラクリマが顔を輝かせた。
うーん、泣き落としされてしまった。
「安心しろ、審判はアタシがやってやる。あんたも、アタシが止めたら止まれよ。じゃないと勝利と認めないからな」
「大丈夫デス! 拙僧は兄弟子様方たちヨリずっっと良心的デスからネ」
嬉しそうにぴょんぴょん跳ねるラクリマに「もしかして噓泣きだったんじゃないの」という思いが過る。
「えー、どうやら話はまとまったようだな? 食事の続きをしても?」
「動き回るなら食事から30分は休憩を挟んで、外でやってくださいましね」
なにやっているんだ、と呆れた様子のファスキナー夫妻に言われて、そういえば食事中だったことを思い出した。
ご飯を食べていたはずなのに、なんだか騒がしい一幕があったし、決闘の約束までしてしまった。
ファスキナーに着いたら一段落のはずじゃなかったっけ?
ここまでお読みくださりありがとうございます。
勝手ながら、先日より進めていた既存の話の工事の方に集中したいので、しばらくお休みを頂きたいと思います。
二週に一度は新しい話を上げられれば、と思っていましたが、旧い話を読みながら新しい話を考えるのはどうにも難しいもので…。
そういった理由から一旦編集に集中しようという次第です。
皆様にはご迷惑お掛けしますがご理解と、しばしのご協力をお願いします。




