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第五話 囚人移送馬車

額に手を当てて天を仰ぐ変な人、もといフィデスを、僕は何とも言えない表情で見上げていた。


「えーっと…?悲恋?」

「ああ、そうだ。……ちょっとそこを退きたまえ、話がしにくいじゃないか」

「無茶言うなよぉ、鎖があるんだから」


…引っ張られてる他の囚人がかわいそうだ。

フィデスは囚人たちを無理やりずずいと詰めさせて、僕の隣へどっかと腰を下ろした。

ありがとう、と笑う顔は端正で、なんというか、これはタラシというか、太陽のような求心力のある笑みだと思った。


「私は多くの恋をした。思い通じ合うことが罪だと言うのなら、確かに私は罪深いのだろう……」

「確かに多くの恋をしたな。し過ぎたからこんなことになってんの。わかったら辞め辞め、お前の話長いんだから」


勝手に語り始めようとするフィデスに、制止が入った。

面倒くさそうに手をひらひらさせる看守さんに、フィデスは頬を膨らませる。

「恋をし過ぎた」って、つまりこの人の罪状は、ロマンス詐欺的な?


「むぅ……君が言うならまたの機会にするとしよう。………私と君の仲だからな」


ん?なんか意味深に言葉が付け足されたような?


「へっ、変なことを言うんじゃない!何もないだろーが!」


慌てたように看守さんが怒鳴る。

うん?もしかして本当に何かあるんですか?

普段のんびりな人に、そんなに必死に否定されると返って怪しく見えるんですけど…。

一緒に歩いていた若い看守が何とも言えない目で看守さんを見ている。


「先輩…」

「違うから!なんもないから!」

「悲しいかな!あの日、肌を触れ合わせ囁きあった夜を忘れたと言うのか、君は!」

「牢の外に飛んだ手紙を渡そうとしたら手が触れたって話じゃねーか!」


後輩看守たちがほっとした顔で「なーんだ」と胸を撫で下ろしている。


「こいつは前科があるんだよ、前科が。何人も前任が篭絡されてっから本来遠征軍の騎士である俺が看守なんてしてるんだっ」


わお、それはそれで怖い。

後輩看守たちも、先輩が篭絡されたのではと心配だったんだね。

なるほど、看守さんは遠征軍にいたのか。本来なら、僕以外の勇者たちとともに魔王軍と戦いに行っているはずの人である。

物々しい両手剣を背負っていたから何かと思ったが、遠征軍で使っていた得物なのかもしれない。

それが何で看守に抜擢されたのかはわからないが、もしかしたら精神耐性系の祝福を持っている人なのかもしれない。


と、馬車がそれまで通っていた街道から外れ、林の方へ向かう少し細い道に入った。

道がさらに荒れて、小石に乗り上げて跳ねる回数が増える。


「いってぇ!」

「文句を言うな、目的地はもっと森の奥の村だ。ここはまだマシな方だぞ」


からかわれたせいか、看守さんの目が怖い。

流石に凄まれてビビったのか、囚人たちも大人しく座ることにしたようだ。


「私の前科、篭絡とは何だね。私の無実の訴えを信じて行動を起こしてくれた彼らに、失礼なことを言わないでくれないか」

「どうだかなぁ。あんたが以前から色恋で問題があったっていうのは有名な話だからな、元男爵令息殿」


不満そうに鼻を鳴らすフィデスに看守は胡散臭そうな目を向けた。

ていうかこの人貴族だったのか。ただの変な人だと思ってた。


「意外そうな顔をするね、細い君」

「あ、ユートって言います。…正直、貴族の方がいるとは思わなかったので」

「よろしく、ユート君。貴族と言っても、底辺男爵家の次男坊で平民落ちすることが決まっていたのだがね。しかしこの気品から、わからないものかね?」


城にいた貴族の人たちは僕が勇者としての利用価値が薄いと分かった途端、真っ先に離れていったし、そのくせ何かと唆して利用しようとするからあんまり好きじゃないんだよね…。

そういえばフィデスは他の囚人たちよりずいぶんと身なりが整っていた。

衣服が綺麗なのはもちろん、髪も梳かしてあり、水浴びをちゃんとしているのか臭いもほとんどしない。

仕草が大仰なのは貴族というより役者や吟遊詩人のようだけど。


「ところで君も身なりはしっかりしているようだが、これはどこから取り寄せたのだね?見たことのない生地だ」

「あー、これは実家から持ってきたやつです。地球の日本ってとこなんですけど…」

「二ホンって、勇者が来るっていう幻の地のことだろぉ?あんちゃん、まだ勇者の設定のままなのかよ」


ほんとの出自を教えろよー、と囚人から揶揄の声が飛ぶ。

(ちなみに、囚人からの言葉はさっきからかなり品の悪いスラングが多い。とてもじゃないけど他人にお見せできる言葉ではないので割愛してるよ!)


幻の地って…日本ってこっちの世界だと桃源郷みたいな扱いなのかな。

神に祝福された人たちが住む、誰もたどり着けない場所。なるほど、伝説の地にふさわしい設定だ。

まぁ、祝福が施されるのはこっちの世界に渡るときだから、祝福された人たちが住んでるわけじゃないけど。

本当に僕はその二ホンから来た勇者なのだけど……だめだ、信じてそうな人がいない。


「ふむ。二ホンとは斯くも技術の進んだ場所なのだね」


感心したようにしげしげと見つめてくるフィデス。

信じてくれる人いたわ。

そうか、流通に敏い貴族ならこの服がこっちの世界では手に入らない物だということもわかるのか。

それはいいんだけど、その優しい手つきで袖をすりすりするのやめてくれません?

なんか背中がムズムズしてくるんですけど。


「二ホンは紡績の技術に力を入れているのかね?」

「いや、そういうわけでも…なんて説明したらいいんだろうな」


結構まんべんなく技術が発達してると言えるし、伝統的な技術も大事にしてるし、それをこっちの世界の人に伝えるのって難しいな。


そんなこんなでしばらく雑談をしていると、馬車の速度が段々と落ちていることに気付いた。


「おーし、そろそろここらで休憩にするぞー」


看守さんが号令をかけ、荷台から囚人がぞろぞろと下ろされる。

よかったー、休憩あるんだ。

雑談で暇は潰せたけど、お尻がすっかり固くなってしまった。揺れない地面に立てるだけでもありがたい。

それに時刻はすでに昼下がり。この時期だと夕方に差し掛かるまでそれほど時間はないだろう。

昼食もまだなのでお腹がぺこぺこだ。


「この奥に開けたところがあるからそこに全員固まって座れ~」


看守さんの指示に従って歩いていくと、ちょっとしたキャンプくらいはできそうな空間が広がっていた。

サラサラと水の流れる音が聞こえるので、近くに川もあるのかもしれない。

森の中、木々に囲まれて川のせせらぎを聞く。

ああ、この鎖さえなければな…できれば休暇でここへ来たかった。


「森の奥にしては整備されてますね。毎回ここで休憩してるんですか?」

「………ん?あー、まぁ、そうだね~」


気のない返事とともに、足下から、がつん、と硬いものが打たれる音がした。

見れば手錠から伸びた鎖に看守さんたちが楔のようなものを打ち込んで地面に縫い留めている。


「え?なんですかこれは?」

「お前さんら囚人が逃げないようにするためだよ。休憩中、よく逃げ出そうとするやつが出るんでね」


……そういえば周りの人みんな凶悪犯でした。

そりゃあそれくらいの警戒はして当然だよね。

看守さんたちもこうして自分たちの安全を確保できなければおちおち休むこともままならないだろう。


鎖があるのであまり自由には動けないが、囚人たちは各々でぴょんぴょん跳ねたり、ストレッチしたりして凝りを解していた。

適当に並んでいるせいか、またもフィデスが隣になりこちらにウインクを飛ばしてくる。色男だなぁ。


一通り楔を打ち終え、ふう、と看守さんたちが額の汗を拭う。

魔道具なのか、楔はしっかりと打ち込まれて地面を噛んでおり、引っ張った程度ではびくともしない。

これでは逃げようとしても無理だろう。

…………あれ?それにしては後輩看守さんたちの顔色がさっきよりずいぶん悪くなってない?


と、周囲のざわめきに隠れるようにこっそりと、フィデスはこちらに顔を寄せて囁いた。


「…何かおかしいな。目的の村までまだ三分の一の距離だ。日もまだ高い。食事を用意しているわけでもなし、ここで休憩を取るのは不自然に思う」


え、そうなの?疲れたから休憩を取るのかと思っていたけど。

でも確かに、歩いてきたとはいえ体力のある看守さんたちにはあまり疲労の色は見えない。

馬車に乗っていた囚人たちは乗り物酔いはともかく、疲れるはずもない。それに、囚人の体調を慮って休憩を入れるとも考えにくい。


………つまり、どゆこと?


「魔術具の設置は?」

「…できてます」

「確認」

「取りました。正常に作動してます」


看守さんたちが集まって何か確認している。先輩看守さんはともかく、後輩看守さんたちはまるで決死の覚悟を決めたかのような蒼白な顔になっている。

なんだか嫌な予感がしてきた…。


「それじゃ、始めますか。一人目連れてこい」


かちゃん、と手錠が外され、囚人の一人が広間の真ん中に連れ出された。

座らせられ、困惑する囚人。


そして看守さんは、背負っていた無骨な両手剣を引き抜いた。

騎士が持つにしては異様に実用的なその剣は、装飾も何もない分厚い刀身に、錆のような赤黒い点が幾つも残っている。

幾人もの血を吸ってきた。そう主張するかのような恐ろし気な雰囲気に押され、囚人が「ひぃ」と小さく悲鳴を上げた。


「何しようってんだ、てめぇ!?」

「うるさいよ~」

「こ、こんなことしていいのか!?この国では死刑が禁止されてるんだぞ!?」


ひげ面の男も慌てたように叫ぶ。

それを冷たい目で見遣る看守は、なんてことのないように告げた。


「禁止されてるよ?死刑は、ね。でも見つからなけりゃいいんだ。お前らも見つからなけりゃいいから、悪いこと重ねてきたんだろ?」

「そ、そんっ…」

「第一さぁ、凶悪犯を辺境で労働させるために、何人の監視がつかなけりゃならない?そいつらの住まう住居や、監視者の衣食住にかかる費用は?使い潰すったって、魔獣が出りゃ俺らが対処しなきゃならんし、常に背後にも警戒しなきゃならない。そんな過酷な任務に、まっとうな騎士が就かなきゃいけないんなんて、騎士の方を使い潰してるようなもんじゃないか。まったく、馬鹿げた制度だと思わないか?」


堰を切ったように不満を口にする看守。


「死刑を無くした。それ以降犯罪率がどれほど上昇したか知ってるか?死刑に処されず逃げおおせた犯罪者に殺された、無辜の民が何人いたか知ってるか?」


看守は額に手を当て、はぁ、と深い深いため息を吐いた。

そして、よっこいせ、と剣を振り上げる。


「大丈夫、この辺は旅人も冒険者もほとんど通らないし、音消しの魔術具も置いてあるから声は外に漏れないよ。川も近いから洗うのも楽だし、君らの亡骸はちゃーんと始末してやる。いつも通りにね」

「ひぃ、頼む、命だけは助けてくれ!辺境でもちゃんと働く!」

「そうだ、逃がしてくれたら隠しておいた宝もくれてやる!」


命の危機を感じた囚人たちが次々に命乞いを始める。

その声がまるで聞こえていないかのように、看守は耳をほじって面倒くさげな表情を浮かべていた。


「ぼっ、僕は、殺されるようなことは!なにもしてないです!」


迷惑はかけたかもしてないが、殺されるほど悪いことをした覚えはない。

僕は必死で自分の無実を訴えた。

異世界に勝手に呼び出されて、こんなゴミみたいに殺されるなんてありえないだろ。

そうだ、もしかしたら馬車を間違えた可能性だってある。

間違いで殺されるなんて冗談じゃない!


「ん、そー。最初に聞いたと思うけど、偉い人怒らせたでしょ?これさー、上位貴族の間じゃ暗黙の了解なんだよね。囚人移送馬車のホントの目的は、ゴミの()()ってこと」

「そんな……!」

「しかも宰相閣下の命令ときた。あの方はお得意様なんでね、囚人馬車に乗ったらどうなるかなんて、知らないはずがないんだよ」


じゃあ、宰相は本当に、()()するつもりで僕をこの馬車に乗せたって言うのか。

何かの間違いだ、という、抱いていた最後の希望が打ち砕かれた。

僕は絶望とともに、この不運を呪った。

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