第五十八話 贈り物
「兄ちゃんたち、これから旅立つんだって?やめときなよ、凍えちまうぞ」
「心配ありがとう、ご老人。大丈夫だ、性能の良い馬車があって、雪道もものともしないんだよ」
「そ、そうかい?そんな馬車があるなんて聞いたこと無いが…騙されてないだろうね?」
そんなやり取りをもう何度もしている。
雪が降り始めてから北に向かう人はそういないだろうから、心配するのもわかる。
「この町の人々は、親切な人達だね」
「そうだな。…後は街道を通してくれれば善良として認めたいところだがな」
フィデスの言葉には棘がある。
あぁ~、街道整備の邪魔をしているのって、ここの領主なんだね…。
「街道整備に割ける労働力がない、予算が組めないとなんのかんのと理由をつけて、事業の承諾を先延ばしにしているのだ。ここの住人もそれを受け入れている。うちの農産物を安く買って、他に高く売りつけているのだぞ。信じられるか?」
先程ファスキナー産の大豆が高品質のブランド大豆として売りに出されているのを見てしまったフィデスはずっとこんな調子だ。
こんなに怒っているとこ見るの初めてかもしれない。
「おおい、準備できたかー?」
「雪道も多少行けるったって、早く行くに越したことないんだ。出発しようぜ」
『ておー!』
工房馬車へ戻るとベンたちはもう出発の準備をしていた。
僕のフードから飛び出したテオが、馬車の中へと飛び込んでいく。
寒いのが苦手なわけではないらしいが、温かいところの方が好きらしい。
既に馬車の中で丸くなっていたムトの毛にダイブしていた。あったかそう。
「聞いてくれベン君。先程市場でな……」
荷物を積みながら、フィデスはベンにも何があったのか報告している。
余程腹に据えかねたんだろうなぁ。
フィデスから見れば町ぐるみで転売しているようなもんか。それは許せん。
「わかってくれるかね!」
ハグは止めてください。
準備を済ませてエスタが馬車を進ませると、雪に覆われた街道に、大きな蹄鉄の跡と、車輪の轍が残っていく。
僕とベンはそれを横目に見つつ散策だ。
うう、温かい馬車に入りたい…。
…小一時間後、僕は雪のなかで体育座りしていた。
「…ってな感じで、これが雪山で遭難したときの体力の温存方法だ。わかったか?」
「ばい゛……!」
歯の根が合わずガチガチと鳴る。
寒い!寒すぎる!!
ほ、本当にこれが一番助かる方法なんですか!?
「ばか、形だけで覚えようとすんな。大事なのは『体温を奪われる部分を少なくすること』だ。寝っ転がるより、遥かに熱が逃げにくいだろ?」
「そ、そればだじがに…」
つまり、表面積を減らせ、ってことね。
風や雪、そして地面に触れる面積を減らせば、自然と体温が下がるのを防げる、という話だ。
「あとは木の幹を背にして、体の前面にはマントを掛けて。余裕があれば周りを木の葉や雪で防風したいとこだな」
「なんが…冒険に役立づどいうが…ザバイバルな感じ…」
当初思ってた生き延びる方法と違う気がするんですけど。
「いや、冒険でも役に立つぞ。…懐かしいな。新人だった頃、氷結迷宮に挑んで遭難したときのこと…。先輩方に助けてもらわなきゃ、ここにオレはいなかった…」
「ぞの話、馬車でぎいでもいい゛…!?」
「お、そうだな。じゃあ今日は終了~」
ぱん、と手を叩く音が響き、僕はすぐさま立ち上がろうとして……できなかった。
きょとん、としているベン。
「足が…がだまっぢゃっだ……」
「ぶはははっ!」
ずっと体育座りしていたせいで足の筋肉が固まっちゃった…。
大爆笑しているベンに肩を貸してもらってなんとか歩いて馬車に戻った。
「そんなに笑わなくてもいいでしょ!」
「ひー、だって、そんな、貧弱って!」
なんか知らないけどツボに入ったらしい。
僕は頬を膨らませて不満を表明しつつ、竈の前で縮こまっていた。
ナルロスが竃に入って木炭をかじっているので、竈の前はとても温かい。
じんわりと体から冷えが抜けていくのを感じて、ほわぁ、と息を吐く。
後ろでくつくつと笑い続けている人は放っておこう。
ふぅ。ぬくぬくしてくると動きたくなくなってくるな。
本でも借りようか、と思ってエスタに声を掛けようとすると、なにやら綺麗な装飾品を布で磨いているのが目に入った。
「エスタさんは、何を作ってるんです?」
なんとなく気になって尋ねてみる。
そういえば、ここ数日世話になっている割にはどんな仕事をしているか知らないな。
「あぁ、これか? これは普段の仕事とは違うんだけどな。まあ、丁度いいや。ちょっと待ってくれ……これで…よし。ほら、やるよ」
僕に渡されたのは、銀色に煌めく装飾のなかに、闇色の卵みたいなものが嵌まったペンダントだった。
宝石か金属かもよくわからない、不思議な光沢を放っている。
すごい、童心の疼くかっこいいデザインだ。
「やるよ、って。こんな綺麗なもの、貰っちゃっていいんですか?」
「いいさ。これはな、テオ君の石を加工したものだ」
「あ!あの隕石!」
どことなく見覚えがあると思ったら、テオが寝床にしている隕石だ。
ごつごつの石の塊から、こんなにステキな感じになるなんて。
……というか、削って大丈夫だった?
「大丈夫もなにも、本人のご要望なんだよ。魔獣を呼び寄せたとき、手袋してもらう代わりにそれを作るって約束してな」
「そういえばなんかこそこそ相談してましたねぇ」
「カバンの中だと真っ暗で何も見えないから、外が見えるようにして欲しいってんで、そんな形になった」
そうか、隕石の中に居ても外の様子は見えるのか。
隕石は最低限のサイズが保ててればいいらしいので、これくらいの大きさはさほど気にならないらしい。
テオにとってはこれで、隕石の中で寛ぎながら探検ができるようになった、ってことか。
「…それって、ベッドでゴロゴロしながらテレビ見れるようになった、くらいの感覚じゃないです?」
「ま、そんな感じだな」
『ておん♪』
テオはご機嫌そうにペンダントを検分して、出たり入ったりして遊んでいる。
テオが入っても重さは変わらないようだ。
着け心地が良くて、見た目の割には重くない。不思議。
「エスタさんはいつもこういうものをつくってるんですか?」
「似てるが違うな。専門は魔装具だよ。アタシは魔装具師だからね」
「看板にも書いてあったな。魔術具とは違うんですか?」
ベンも不思議そうに尋ねた。魔装具というのは、一般的な呼び方ではないらしい。
「魔術具の中の、装飾品のように身に着けるもののことさ。珍しいから知らないのも仕方がないね」
「ふむ。スぺキアではわざわざそういった分類をせず総じて魔術具と呼んでいるな」
「だろうね。人族の魔装具師は見たことがないし」
そうなのか。スぺキアでは相当珍しい存在なわけだ。
「ふぅん。じゃあこれも魔装具なのかな」
エスタは、ベンが取り出したメダルのようなペンダントを一瞬、目を細めて眺めると一つ頷いて言った。
「『体力強化』の魔装具か。悪くないね」
「え、今の一瞬で!?」
「当たり前だよ、何年魔装具師やってると思ってんだ」
僕にはうねうねした模様にしか見えなかった。
見破られたベンもびっくりしている。
職人ってすげーんだなぁ。
「あ、ついでにこれも渡しておこう。また魔装具ではないんだが…」
エスタは作業机の横に立て掛けてあった布に包まれた棒を取り出した。
「こっちはもう一つのご依頼の品だ。もうちょい調整は必要だが、ギリギリ間に合ったな」
布を取ると、中身は僕の身長ほどの長さの金属棒だった。
しかし先端には見覚えのあるものがついている。
「え、それ、もしかして”森の砲弾”の牙ですか?」
「その通り! 」
なんと先端にはでか太い牙がくっついていた。
そのせいで全体のフォルムが、杖というより柄の長いピッケルのようにも感じる。
牙は、中の髄の部分が取り除かれていて、蓋をするように分厚い金属板がついていた。
その金属板には模様が刻まれている。
牙を素材に使うとは聞いていたけど、ここまでそのままの形が残った武器になるとは思わなかった。
「この金属板には『波紋』と呼ばれる魔術刻印を施してある。使用者の打撃の力を効率よく相手の身体に浸透させる魔術だ」
「刻印?」
「物に魔術文字を刻み込む魔術のことだよ。魔法陣もその一種だな。私が使う魔術も刻印魔術だ。しかし『波紋』とは初めて聞く魔術だ」
フィデスが説明してくれた。
「これはアタシが日本の知識を利用して編み出した魔術だ」
あー、古武術とかだと時々聞くよね、浸透勁だっけ?
鎧を着た相手でも肉体に響かせる力の使い方とか、そんな感じの。
どうやらその概念を利用した魔術のようだ。
「これならユート君のひょろい打撃でも、頭を狙えば脳震盪を起こさせるくらいはできるだろ。他にも色々組み込んでてな、仕組みが…」
「ちょっと待ってくれ、魔術を作ったって?」
「ああ、そうだぞ」
エスタの説明を遮ってフィデスが尋ねた。
「それは…大発見じゃないのかね? それとも鉱人には当たり前の技術なのかい?」
「うん? まあ、故郷でこの魔術を知ってる奴は何人かいるが…。この魔術は概念をなんとなくでも理解できる術者でないと上手く使えないというのがあってな。あまり人気はないな。術式も我流だから、人族が真似するのは難しいし」
「いや、そういうことではなく…新しい魔術を作るなど、そもそも不可能なのではないか?」
え、そうなの?
「そんなことは…あー! そうか、人族の魔術形式って古代魔術文字の組み換えだから新規開拓が難しいんだな?」
「亜人の魔術は違うのかね?」
あ、僕にはよくわからない領域の話だ。
エスタとフィデスで盛り上がり始めてしまった。
後で素人にもわかるように説明いただきたい。
「あー、先にこっちの使い方を聞いても?」
「そうだな。まぁ、こいつの使い方は基本的にはシンプルだ。とにかくぶっ叩きゃいい」
実にわかりやすくていい。とりあえずこの武器は、槌のように使えばいいようだ。
振り回して、ぶっ叩く。柄も長いから重心さえ気を付ければ杖としても使える。
牙は尖っている方を叩きつければ刺突に、平たい方を叩きつければ打撃に、と使い分けられるそうだ。
重さも重すぎず、軽すぎず。
即戦力が欲しいなら、強いが扱いの難しい武器や新しい動作を技術として覚えるより、こういった誰にでも理解しやすく感覚的に使える武器の方が良い。
そう思ってこれを作ってくれたそうだ。
この短期間で、凄く僕に合わせた武器を作ってくれたな、と思う。感謝だ。
「それにしても、こんな大層なものをもらってしまって大丈夫だったのかね?」
「やっぱりこれって高い?」
「当然だ。魔術具だぞ? しかもきちんとした武器。金貨5枚は下るまい」
金貨5枚…つまり50万円くらい!そんなに!
「いいんだよ、武器に関しては素人仕事だから不具合が起きる可能性もあるし。素材も貰った牙以外は余りもんばっか使ってるからな」
「それでも…魔術具でしょ?」
「いいから!同郷のよしみってことで今回は黙って受け取っときゃいーの!」
親戚のおじちゃんおばちゃんに無理やりお土産持たされるときみたい。
納得いかない所はあるものの、ありがたくお安く頂くことにした。
そうして色々お世話になりつつ、雪降る中ようやく街道に目的の一文の書かれた看板を見つけた。
「『これより先、ファスキナー領』!」
「ようやく着いたなぁ」
王都を出て二週間と少し。
僕にとってはとても長かった旅が、ようやく節目を迎えようとしていた。




