第五十六話 フェリア
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投稿したばかりではありますが後半大幅に書き換えました
一晩中眠っていたフェリアが目を覚ました時、聞かされた話は嬉しいものと、そして悲しいものだった。
一つは捕らえられていた友達が皆無事に救出されたということ。
もう一つは命の恩人たちが別れの挨拶も無しに町を去ってしまったことだった。
「なんでっ? フェリア、ちゃんとお礼がしたかったっ!」
「俺たちだってそうしたかったよ。でも、ギルドに”祝福狩り”たちを連行している間に町を発ってしまったって」
目に涙を溜めるフェリアに、気まずそうに冒険者も頭を掻く。
詳しい話はわからないが、なにか事情があったようだ。
ギルドマスターは頑として口を割ることはなく、Eランクの駆け出し冒険者にそれをどうにかすることもできない。
殆ど部外者のフェリアも同じだった。
「仕方がないよ。何か理由があったんだろう」
「そんなの…一晩だって待てない理由だったのかな…? 夜の道を旅するのは危険なことだって、前にパパが言ってた。…そうしなきゃいけないくらい、急いでたのかな?」
「そうかもね」
救出された中年の男はフェリアを抱き寄せて落ち着かせた。
捕まっている間によくこうしてお互いを慰め合っていたものだ。
男はフェリアとそれなりに仲良くなっていたおかげで、フェリアも涙が少しづつ止まってきたようだった。
「元気になったら、手紙を書こう。たしか、星の集いというパーティ名だったはずだ。ギルドに預けておけば、本人たちに届けてくれるだろう」
「ほんとっ? じゃあ、そうするっ!」
自分たちもお礼がしたいし、と男は提案した。
手紙はちょっとばかしお金がかかるが、教会に掛け合えばそれくらいは融通してくれるだろう。
「ギルドマスターから、君たちの保護にしっかりと人数を割くように言われてる。休養を取って回復した者から、故郷か、保護施設に送ってやることになる」
「故郷か…私のは、焼かれてしまったからなぁ」
目を伏せる男に、冒険者も「そうか…」と黙祷を捧げる。
あれだけの人数の祝福者を集めるというのは難しいことだ。
そもそも一つの町や村に一人いるかどうかという割合なのである。
それだけ集めている間に周囲の町に”祝福狩り”に注意するよう喚起がされていないということは…つまり、警告を飛ばす者すら、生き残ってはいない、ということになる。
「”祝福狩り”どもめ…酷いことしやがる」
「それにしたって手際が良すぎるな。あれだけの人数をあんな森の中で養っていくのも、あいつらだけでは不可能なはずだ」
冒険者たちは首を傾げた。
捕まった”祝福狩り”たちは総勢16名。そんな人数が森の中で暮らすには、かなりの量の食料が必要になる。
あの廃教会の近くに畑のようなものは見当たらなかったし、魔獣を狩って肉を調達するにも限度がある。
しかも、これから雪で閉ざされようとしているというのに冬ごもりの備えすらしているようには見えなかった。
恐らくだが…フェリアたちは近々出荷される予定で、”祝福狩り”たちもそれに合わせてここを離れるつもりだったのではないだろうか。
「人身売買…しかも祝福者をだなんて…そうとうデカい黒幕がいるんじゃないのか…?」
冒険者たちはそうつぶやいた後、フェリアが不安そうな表情をしているのを見て慌てて手を振った。
「子供に聞かせる話じゃなかったな、すまん!」
「大丈夫だ、”祝福狩り”なんてお兄さんたちが皆追い払ってやるからな!」
「王都でも国王陛下が大々的に調査を行うと宣言しているそうだ。王族が動くなら、黒幕が貴族でもきっと捕まえられるだろう」
「そうだな。悪者は絶対に捕まるんだ!」
拳を握って励まそうとする姿に、フェリアも僅かに笑みを浮かべる。
そう簡単な話ではないだろうというのは、子供であるフェリアでも、なんとなくわかっていた。
あの廃教会の暗く寒い地下室の中で、本当の悪人はどういったものなのか、フェリアは子供ながらに知った。
そして、祈るだけでは助けなど来ないことも。
フェリアたちは運よく助け出されたが、恐らくフェリアたちが攫われる以前にも被害者たちはいたはずだ。
仲間たちに事情を聴いた限り、”祝福狩り”たちは皆、手慣れていたのだから。
以前に攫われた人たちがどうなったのかはわからない。
そして自分たちもそうなっていたかもしれないと思うと、恐怖と同時に怒りが湧いてきた。
これからもどこかで村が焼かれるのを黙って待っていろと言うのか?
誰かが傷つけられるのを知りながら、のうのうと眠ることなど誰ができようか?
フェリアは幼少期から祝福を活用してきた分、同世代と比べても人一倍にリーダー気質と正義感が強かった。
だからこそ仲間を救うために”祝福狩り”から逃げ出す勇気があったのだ。
その正義感は今や、”祝福狩り”の被害に遭うかもしれない祝福者全員にまで意識が広がっている。
王族の調査を待つだけではダメなのだ。
自分たちで、”祝福狩り”を倒す。そう思っていないと何も変わらない。
(………そう。自分たちで討つんだ。村の仇を)
仄暗く燃える炎が胸に灯る。
フェリアは誰にも見えない布団の下で、ぎゅっ、と強く拳を握りしめた。
―――――――――――――――
廊下を足早に歩く足音が響く。
宰相、スプラウジは表情こそ取り繕っていれど、内心とても焦っていた。
(どうする…どうしたらいい…)
スプラウジ宰相は暗殺者の手配に手間取っていた。
国王の遣わした騎士は既に王都を発った。
王命で馬を飛ばしたのだ。今頃途中の各地にも馬が準備され、最短距離を休むことなく進んでいるはずだ。
その距離を、騎士たちよりも先に突破して暗殺を行うことのできる暗殺者が、手元に居ないのだ。
それを考えると、看守が暗殺に失敗したのが本当に悔やまれる。
彼が暗殺に成功していれば今これほど腹を痛めずに済んだのだ。
勇者の暗殺には失敗、国王からは是が非でも連れ戻せとのお達しだ。
連れ帰ればスプラウジ宰相のこれまでの裏方での仕事が白日の下に晒されてしまう。
それだけは避けたかった。
なにせ、現在のスぺキアの治安を守っているのはスプラウジ宰相たち裏の仕事を担う高位貴族たちだと言っても過言ではない。
死刑制度の廃止から10年。犯罪者たちの再犯率の高さは尋常ではなかった。
日本には終身刑があるが、こちらではまだ犯罪者を相手に無駄飯を一生食わせるような余裕はない。
牢獄の数だってそれほど用意されているわけではない。
なので終身刑を喰らう囚人というのは、外界に接触させるということそのものが危険な者、特別な封印措置が必要な極悪犯などに限られていた。
それ以外の囚人は辺境での強制労働が課せられ、任期が過ぎると解放されるのである。
…とはいっても、脱走する者が後を絶たなかったのだが。
そうして脱走した囚人が逃げ込んだ先の森や山で集まって徒党を組み、盗賊と化して村々を襲撃するのだ。
そして捕まえたところで死刑にすることはできず、また辺境へと送られる…。
だからスプラウジ宰相は、その負のサイクルを起こす囚人に限って、密かに処分を行っていたのだ。
ついでで、他の貴族から依頼された囚人の処分も行っていたが。
処分場の確保や口止めなど、隠蔽工作の費用の捻出のためでもあった。
そうした活動の元締めであるスプラウジ宰相が更迭されれば、もう続けていくことはできまい。
誰も大金を掛けてまで己の手を汚そうとは考えないものだ。
だから絶対に自分が捕まるわけにはいかない…スプラウジ宰相はそう考えていた。
「もし、宰相閣下」
足早に去ろうとするスプラウジ宰相を呼び止める声があった。
自室に戻って考えを纏めなければならぬと思っていたのに何事か、と振り返ると魔術省大臣のマギウスが笑みを浮かべて立っている。
「少々お時間を、よろしいですかな?」
「すまないが、急ぎ済ませねばならぬ仕事が…」
「その仕事にも、関係のある話でございます」
(こいつ、何を知っている…!?)
スプラウジ宰相は警戒した。
スプラウジ宰相に仕事の依頼ができるのは、伯爵位以上の高位貴族に限られている。
マギウスは大臣とはいえ、魔術の腕前を買われて抜擢された成り上がりの子爵(魔術省は血筋ではなく純粋に魔力量と知識量で役職が決まるため、子爵でも大臣になることができる)でしかなかった。
「そう構えずにお聞きください。どうです、そちらの部屋でお話でも。なに、大してお時間は取らせません」
「……聞こう」
仕方なしにマギウスについて行くことにした。
部屋に入ると、床石にはめ込まれた遮音の魔術具が発動する。
応接用に使用される部屋だ。基本的に王宮で迎える来賓というのは重要度が高いため、応接室には盗み聞き防止用の魔術具が設置されているのが常である。
二人は柔らかいソファに向かい合って腰かけた。
柔和なマギウスの笑みと、厳しいスプラウジ宰相の目線が交わる。
「それで、其方の目的はなんだ?」
単刀直入に尋ねた。面倒な腹芸はしないで済むならそれに越したことはない。
「ですから、そう構えずに。私の目的は閣下と同じです。……あの災厄の勇者を排除したい。それだけです」
一瞬、スプラウジ宰相の胸に一縷の光が差した。
まるで、孤軍奮闘している中、突然友軍が現れたかのようだった。
しかし簡単に信用してはならない。
「それを、何故私に?」
「誤魔化そうとも無駄ですよ、閣下。貴方がそちらの仕事に精通していらっしゃることは、少なくとも囚人の残数を気にしたことがある人間なら辿り着ける答えでしょう」
……民衆にはあまり知られていないことだが、囚人の強制労働には、治験も含まれている。
魔術省には薬学に関する部門もあり、少数ではあるが治験のために囚人を使うこともあった。
とはいえ、看守は買収し、囚人数なども急激に減ったようには見えないように細工しているので、気付ける者はまずいないはずだったのだが。
「私は頻繁に牢獄へ治験対象者の選別のために顔を出していましたからね。まあ、それでも囚人一人一人なんて気に掛ける者はいませんから、気付けるのは鮮度を測っていた私くらいでしょう」
「……そうか。気を付けよう」
今度から囚人の牢は棟とブロックごとに分けて定期的に入れ替えるようにしよう。訪れる人間が囚人の特徴について多少覚えていても、撹乱できるはずだ。
「それに私は閣下の考えには賛成ですのでね。信用してもしなくても結構ですが。……それで、こちらから宰相閣下にお出しできる提案ですが、次元門の使用で如何です?」
「できるのか?」
次元門とは大陸各地に存在する門のことで、人や物資を遠く離れた所へ送ることができる大変便利な魔道具だ。
ただし、未だ使用方法に未確定の部分があったり、転送事故もある上、消費する魔力も莫大ということで利用するのが難しい代物でもあった。
「国内であれば転送はほぼ確立されているのですよ。とはいえ、国内輸送でも費用が高くつくので、緊急時にしか使用しませんがね。星見の職員から聞いたところ、災厄の勇者は北西の地にいるのでしょう?」
「そうだ。随伴者にファスキナー家の次男がいると聞いている。恐らくファスキナー領へ向かっているのだろう。最後に報告があったのがソルス。もうじきファスキナーに着くに違いない」
「それは重畳。半日の距離に転送先の魔法陣があります。それなら陛下の騎士より先回りできるでしょう」
「そうか」
平静を装いつつ、スプラウジ宰相は内心ガッツポーズを浮かべた。
時間さえ気にしなくて済むなら、優秀な暗殺者にはいくつか心当たりがあった。
これは乗るしかない……と頷きかけて思いとどまる。
「…それはわかったが、其方が勇者を始末したい理由はなんだ?」
「ああ、まだお話していませんでしたね。彼は、我ら魔術師の敵なのですよ」
「敵?」
意外な答えが返って来た。あの呪いさえなければ人畜無害の勇者を敵と断じるとは、何かあったのだろうか。
「彼がいると魔法陣が上手く作動しないのはご存じですか? 実はその他にも、精密な魔術具が誤作動したり、貯蓄していた魔石が空になっていたりしているのですよ。挙句の果てには自然魔力の枯渇ときた!」
マギウスは、ぎり、と拳を握って膝を叩いた。
「原因究明しようにも、回路に異常はない。魔視の筒は壊れていますし、証拠もなしに来賓である勇者を下手に糾弾することもできない。で・す・が! 災厄の勇者が王都を離れてからそれらの不具合がぴたりと止んだのですよ!」
「そ、そうか」
あまりの勢いに押され気味になるスプラウジ宰相。
確かに、魔法陣や魔術具の不具合については以前から報告が上がっていた。
魔術に秀でた国王が調べていたが原因は不明とのことだった。
が、魔視の筒が使えるようになって明らかになった事実…ユートが自然魔力を底なしに吸収し、溜め込んでしまうということが分かったことで、それらの原因も明らかになったわけだ。
魔法陣や魔術具の起動に必要な魔力、そして魔石に充填されていた魔力まで、少しづつ吸収していたのだろう。
「それを呼び戻すなど、正気の沙汰ではない! 陛下が勇者の活用法を研究なさるとのことでしたが、成果が出るまでは、あれは変わらず周囲の魔力を吸収し続けるのですぞ!」
「本当に、はた迷惑な奴だ」
「本当に!」
がし、と二人は手を握り合った。
胃痛を抱える者同士、通じるものがあったようだ。
「なにより、今は長いこと準備した実験の最中でしてね。邪魔をされたくないのです」
「わかった。詳しい話はまた、後ほど」
スプラウジ宰相はマギウスの話に乗ることにした。
数日後、転送ゲートの準備が整い、秘密裏に暗殺者がファスキナー領へ向かった。




