第五十四話 精霊の評判
エスタは両手を振り上げ名を呼んだ。
「ナルロぉスっ!!」
『………―――――!』
遠く、といってもそこまで遠くはないが、置いてきた工房馬車の方から大きな気配が膨れ上がった。
プレッシャー、というものだろうか。何かが来る、というのが感覚でわかる。
そして暗闇の森の中を光が火矢のように一筋の軌跡を描いて飛んでくると、エスタの掲げた手の上に留まった。
『―――――!』
工房馬車の竃に住んでいた、火の精霊のナルロスだ。
ナルロスはじっとエスタの方を見つめている。
エスタはナルロスを見つめ返して、不思議な言葉を口ずさんだ。
「【踊れよ踊れ、赤金山の紅き花。燃えて燃やして爆ぜろよ華炎。我に仇なす者共を戒め給え】!」
スぺキアで話されている言葉ではない。
異世界特典のおかげか、何を言っているのかを理解することができたが、言葉は聞いたことのない響きだった。
口ずさむと同時に、ナルロスの姿が解けてエスタの手に絡みつき、同化していく。
体に刻まれていた刻印が服の上からでもわかるほど光り輝き、新緑色だった瞳が明るい赤色へと変わる。
そうしてナルロスの姿が完全に消えると、エスタから幾筋もの炎が放射状に放たれた。
「うわっ!?」
「あちぃっ! あつつつっ!」
ベンのすぐ脇を炎の線が通り、ベンが驚いて飛び退く。
エスタを中心に蜘蛛の巣のように放たれた炎は、僕らの隙間を縫うように飛ぶと、祝福狩りだけを巻き込んで燃え上がった。
炎が飛んだことで廃教会の中が明るく照らし出される。
するとまるで炎自身が目を持っているかのように、枝分かれして物陰に隠れていた祝福狩りへも飛んでいく。
「すご…」
「凄い…すごいけど…あれ、死んじゃわない?」
悲鳴を上げてのたうち回る姿に、命のやり取りをしていた相手とはいえ心配になる。
こ、殺さないよね?
「今の内に捕縛してくれ!」
エスタが振り絞るように叫んだ。その顔は汗が吹き出していて、どうも、力を放出しているというよりは抑え込むために力を込めているように見える。
…そうか、殺さないように威力を絞るのも大変なんだ!
慌てて地面に転がる祝福狩りを縛りあげに行くと、僕らが駆け寄ったところだけ炎が消えた。
炎に焼かれてぐったりとしているけど、命に別状はなさそうだ。
意外なことに火傷はそれほど負っていないらしい。
ぐったりしている原因は炎に巻かれたショックと、酸欠と脱水だろうか。
とにかく朦朧としている間に縛ってしまわなければ。
僕は手が痺れているので、ベンのところまで倒れた祝福狩りを転がしてく役だ。
結果、8人もの祝福狩りを捕縛した。こいつらに一斉にかかって来られてたら危なかった。
炎が全て消えると、エスタはへなへなと座り込んだ。
するりと体からナルロスが抜け出てくる。
「ちかれた……」
「凄かったですね!エスタさん!あれ、なんなんですか? 魔術?」
「いやー…これは魔術っていうより……いや、その前に、ちょっとアタシのポケットから晶石を取ってくれないか…」
動くのもだるい、という様子でエスタが言った。
ポケットから物を取り出す気力もないらしい。
女性のポケットに手を突っ込むってなんか緊張するんですけど…頼まれたんなら仕方がない…。
指示されたポケットに触れると、晶石はトゲトゲしているのですぐにそこにあるのがわかった。
手の平サイズの綺麗な鉱物。
エスタはそれを受け取るとトゲの一つを指でポキリと折ってしまった。
「あっ」
「勿体無さそうな顔するなよ。これはこうやって使うもんなんだ」
そう言って折ったトゲを口に放り込んだ。
た、食べれるの?それ。
口の中でころころとしばらく転がしているとエスタの顔色が少しづつ良くなってきた。
吹き出していた汗が止まり、険しい表情が緩んでいく。
「今のはまさか……精霊魔術ですか?」
「ん…おう。三神教の地でそれを知っている奴がいるとは思わなかったな」
「や、やややっぱり!」
いつの間にやら手帳を構えたベンがじっと様子を伺っていた。
そして物凄い勢いでメモを書き込み始める。
それする前にやること、あるでしょう?
「おおーい! 無事かね?」
「フィデス! 皆捕まえたよ!」
「おお、それは素晴らしい!」
森の中からフィデスが、他の冒険者を伴って戻って来た。
どうやら他も片付いたらしい。応援に来てくれたようだ。
とにかく、地面に転がっている彼らを任せることにしよう。
僕らじゃ運びきれないからね。
「お、おい、そいつぁ……」
ギルドマスターも来たようだが、エスタを見て口をあんぐりと開けた。
エスタを、と言うよりは、彼女の隣でふよふよと浮かんでいるナルロスを見て、だ。
「見たことのない使い魔だな?」
「さっきの凄い魔術はあんたが?」
冒険者たちの方は特に驚いている様子ではない。
森の方からでもさっきの炎が見えていたようで、そちらに興味津々のようだ。
「……お前たち、捕縛者を運びに行け。俺は彼らに話がある」
そんな冒険者たちを追い払うようにギルドマスターが指示を出した。
冒険者たちはただならぬ空気を感じたのか、こちらを気にしつつも離れていく。
「……今回の功労者であるあんたたちにこんなことを言うのは心苦しいんだが……さっきのは、精霊、か? あんたは人族じゃないのか?」
「おう、よくわかったな。アタシは鉱人だ。それで? 精霊使いは出て行ってくれって話か?」
「………端的に言えば、そうなる」
「そんな!?」
ギルドマスターが頷いたので驚いた。なんでそんな話になるの!?
「ま、仕方ないな。そうなるだろうとは思った」
「すまない。若いのを巻き込みたくはないんだ。必要なものも報酬も可能な限り渡そう。だから…」
「それだけもらえれば十分だね。あ、星の集いの功績だけはきちんと計上してくれるかい? 彼女はパーティメンバーじゃないんだ」
「わかった」
ベンもフィデスも仕方がない、という顔で納得している。なんで!
いや、元々ここの町に寄る予定はなかったから出て行くことに不都合はないのだけど、ギルドからの要請で作戦に参加したのに終わったら出て行けと言うのは酷いと思わないか?
ギルドマスターの方は僕がスぺキア人らしい外見ではないと見て取ると、納得したような表情をする。
「後で説明するから。とりあえず森を出よう」
「う…わ、わかった」
ベンに制されてしまった。ここで憤っても解決するものではなさそうだ。
森へ戻ると、捕縛された祝福狩りたちが数珠つなぎにされていた。
ギルドマスターと冒険者たちはこのまま町に戻るらしいが、僕らは町の外で待機することになった。
「むぅ」
「むくれるなって。精霊の扱いが良いもんじゃないってことは、前にも説明しただろ?」
そういえばそんなことを言っていた気もする。”森の砲弾”を討伐した時だったっけ?
精霊は普通、存在を疑われているようなものだし、信じてると言うと奇異なものを見る目をされてしまうって。
「そんなもんじゃない。精霊はな、三神教では神の意志に逆らう反逆者という扱いだ。理を正そうとする神々の仕事を乱す、邪魔者だな」
「えぇ? テオたちはそんなことしてないよ?」
「存在自体が理を乱すんだよ。精霊は自然の力の化身だからな。神々が統率すべきものが意志を持って勝手に動き回っちゃ困るんだ」
「同時に、そんな精霊を友とし不可思議な術を持って使役する精霊使いも悪とされるわけだね」
納得できるようなできないような……。
日本人の僕からすると、八百万信仰に近いんですね、くらいの感想しかないんですけどそんなに許せないもんなんですかね?
うーん、他所の国の宗教観を理解するのって難しいなぁ。
「使役するってのは間違ってるけどなー」
「そうなの? でもさっき…」
「あれはナルロスの力をアタシに降ろして、アタシが行使したんだ。魔力を込めたのも魔術を制御してたのもアタシ」
「へぇー! そういう仕組みなのかぁ!」
ベンがゴリゴリと筆を走らせている。エスタが来てからずっと絶好調ですね。
でも、聞く限りだとエスタのやったことは、僕がテオに頼んで攻撃してもらうのとは形が違うことになる。
つまりエスタと同じように精霊を連れていても、僕はその精霊使いではない、と言うことだ。
「それって、僕にも使えるようになったりするんですか?」
「できるはずだぞ。テオ君とどれだけ信頼関係を築けるかによるけどな。ユート君は祝福の力で魔力も大量に貯蓄しているし、契約印もある。なんなら今も出来ておかしくないはずだが」
「えっ、ほんとに?」
思わずテオを見る。そんなことできるなんて聞いてませんけど?
『おん』
『―――。』
「えっ、できないのか? なんで?」
テオの返事をナルロスが通訳してエスタに伝える。
仕方ないんだけど、もどかしいよなぁ。これ。
『――――!』
「あー、だからかぁ。厄介なもんだなこりゃ」
エスタがうんうんと頷いている。そろそろこっちにも通訳してくれません?
「道理でテオ君の言葉も聞こえてないわけだ。ユート君、ちょっと失礼するよ」
「うわっ」
エスタは懐から奇妙な片目がねを取り出して掛けると、僕に万歳のポーズをさせた。
そうして全身をじっと観察している。何してるんですか?
「んー………あー………こりゃ、駄目だな! アタシじゃどうしようもないわ!」
「せ、先生、僕の身体に、何か?」
診断の結果を待つ患者の気分だ。
どうにも、悪い結果のような気がするけれど!
エスタはモノクルを外して呆れたように言った。
「君の身体、魔力の経路がぜーんぶ、断線してるわ!」




