第五十三話 突入
「ぎゃーーっ!?」
「なんだ!?何が起こった!?」
唐突に真昼の太陽が出現したような眩さに包まれた拠点の中は、蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。
外にいた僕らでさえ目が眩んで動けないのだ、中にいる人たちは相当なダメージを喰らったに違いない。
しかし、爆発は起こらなかった。拠点の建物は無事なままである。
どういうことかと言うと、文字石の種類が違うのだ。
僕が今しがた投げた文字石は、スライムを倒した時のような爆炎の文字石ではなく、灯火の文字石。エスタからもらったものだ。
「他の種類の文字石に血を掛けたら爆発は起こらないのではないか?」との仮説があったので、それを検証してみたら全くその通りだった、と言う訳。
どうやら僕の血は魔力を濃く含んでいるせいで文字石の本来のポテンシャルを越えた働きをさせられるらしい。
つまり、文字石の効果を数段引き上げるようなのだ。
雑に言うと灯火の文字石を使えばめっちゃ明るくなる、ということだね!
「か、かかれっ!」
少し後方から様子を確認していたギルドマスターが号令をかけた。
ギルドマスターと冒険者には何をするか伝えてあったけど、きちんと動けるギルドマスターはやはり経験を積んだ現場の人だな、と感心する。
一方冒険者の方はここまで眩しいと思わなかったのか困惑している人が多い。
でも、包囲網は?
いや、もう包囲がどうとか言ってる場合でもないか?
「混乱している間にふん縛ってしまえ!」
「お、おおー!」
ギルドマスターの叱咤に、ようやく冒険者たちが動き出した。
その頃にはベンとフィデスとムトはとっくに拠点へと飛び込んでいた。
僕も慌てて後を追いかける。
戦えるかはわからないけれど、攫われた人たちの救出ならできるだろうと思ったのだ。
「な、なんだぁ…いったい…?」
中にはまだ呻き声を上げている”祝福狩り”が何人かいた。
動きが取れないのを見て取ると、すかさず冒険者たちが組み伏せ、縄で縛りあげていった。
暴れる男を抑え込んでいく場面は、まるで獣を捕縛しているかのようだ。
捕縛は彼らに任せて、僕は攫われた人たちを探す。
廃教会を利用した拠点は入ってすぐのところは広い講堂だった。
しかし”祝福狩り”以外の人の姿はない。
奥は懺悔室があったり、執務室だったのだろうか、小部屋がいくつか。
食堂らしき広めの部屋に出た。朽ちかけた机と椅子が乱雑に並んでいる。
「……――――」
と、かすかに何かの音が耳を掠めた。
思わず足を止めて耳を澄ませる。
「…―か―――けて」
「人の声だ!」
僅かに聞こえてきた声を頼りに食堂を探し回ると、誰もいないはずの厨房から声が聞こえているようだ。
「誰か…助けて…」
「僕は冒険者です!どこですか?助けに来ました!」
「……ぼ、冒険者? おーい!こ、ここだ!」
声を掛けると、ドンドンと硬いものを叩く鈍い音が聞こえてきた。
『てお』
「え? あ、ここか!」
テオが床を指さした。目を凝らして見てみると、床の石畳の一部に木の扉がついている。
木の扉は分厚くて重たく、顔が赤くなるくらい思い切り引っ張ってようやく動きを見せた。
「ん、ぐぐぐぐ、ぐぅ……ぶはっ!はー、はー、重い……」
全力を振り絞ってようやく扉を開くと、中からは湿気とわずかにカビ臭い臭いが上がって来た。
明かり石をかざして中を覗くと、狭い地下室に何人かの姿が見えた。
納戸を無理やり掘り広げた地下室のようで、雑に石で固められた壁や床は泥まみれで、とても寒い。
こんなところに入れられていたら病気になっちゃうよ!
「奴らは…奴らはどうしたんだ? みんなやっつけたのか?」
「今、一網打尽にしているところです。早く出ましょう、フェリアちゃんも心配してましたよ!」
「フェリア! ああ、無事だったか!」
フェリアと聞いて真っ先に出てきたのは、痩せた中年の男だった。
骨ばった腕を引き上げる。体格の割には異様に軽い。……どれだけ閉じ込められていたのだろうか。
「今は、夜か。眩しくなくて、いいな」
感慨深そうに男が言った。
男が出て平気そうなのを見て取ると、続いて残りの人たちが外に出てくる。
「外だ!外だ!」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
抱き上げた少年がぎゅっ、と僕の頭を抱き締めてきた。
おおう、なんか、むず痒いな。純粋な子供からのお礼の言葉って。
子供たちは体が冷えてはいるものの、さほど健康状態は悪くなさそうだ。
全員を引き上げ終える。捕まっていたのは老若男女、計五人。
これで全員らしい。
「さあ、早くここを出ましょう。……ベン!フィ…アイム!見つけたよ!」
「……。……こっちか。よくやった、ムノー!」
うっかり本名を呼ぶところだった。
今は一応冒険者として活動しているんだった、と思い出して偽名を呼ぶ。
…町に着いてから今までに、本名呼んじゃってたりしたっけ?
すぐにベンたちが合流して、護衛に加わった。
明かりの無い中でギルドマスターのいる方向、よくわかんなくって…。
「向こうで保護します。とりあえずここを出ましょう」
「助かった…この季節じゃ人手がなくて、助けは期待できないと思っていたんだ。こんな何人も祝福狩りがいるところに来てくれるなんて、肝の座った冒険者さんたちなんだな」
「オレたちは星の集いってパーティです。余所者ですけどね、是非お見知りおきを」
「そうかそうか、優秀な冒険者を遣わせてくれた神々に感謝、だな」
ちゃっかり売り込みもしている。
こうして名前を売っておくとランクの査定にプラスになるらしい。
せこいけど、少しでもランクを上げておきたいからね。
救出した人たちを先導し、裏口へと向かう。
救出した人たちは工房馬車まで連れていって保護する計画だ。
廃教会の外をぐるっと回らなければならないけど、中を通っていくより幾分マシだよね。
…そう思っていたのだけど。
「…! ユート、危ねぇ!」
「え…うわっ!」
ベンの声と同時、すぐ近くに、何かの気配が膨れ上がった。
同時に恐怖を覚えて思わず身を引くと、さっきまでいた所を角材が通り抜けて地面に刺さった。
「ちっ!」
「うわぁ、生き残りが!」
生き残りっていうか、残党が!
生き残りって言ったら他の人が死んだみたいだもんねごめん!
じゃなくて!
眉間に深く皺を刻んだ怒りの形相の男が、暗闇の向こうからこちらを睨んでいた。
建築材の柱を抱え上げている。身体強化を使っているのだろうか。
「ひぃ!」
「もうおしまいだ!」
閉じ込められていた間の恐怖が蘇ったのか、人々が悲鳴を上げる。
「落ち着いて!フィデス、先導を頼む!」
「任された!」
不意打ちをかましてきた男にベンが立ち塞がる。
その後ろをフィデスが5人を連れて通る。
僕は一応殿を務めることにした。
「てめぇら、俺たちに手を出してタダで済むと思うなよ…!」
「月並みな台詞をどーも!」
ベンが投げナイフを投げ、しかし男は柱でそれを受け止めた。
と、ベンが急にその場から右に跳ねた。
「!」
「くそ、お前はプロの冒険者かっ」
かつっ、と高い音を立ててベンのいた場所にナイフが突き立った。
すごい、僕を襲った男と違って、ベンを襲った男は完全に気配を消していたのに、気付いて避けたのか。
二人の男に挟まれる形になったベン。
『てっ!』
「あぶねっ」
ベンに気を取られていた僕はテオの警告で我に返って身を捻る。
鈍く空気を切って振り上げられる柱が顔面のすれすれを掠めていった。
隊列から切り離され、ベンと背中合わせになる。
勝てる気が全然しないが、僕も慌てて剣を抜く。
「はっ、そんなちゃちな剣でどうするつもりだ、へっぴり腰が!」
「な、なんとかなるっ!」
「ならねぇよっ!」
振り下ろされた柱を剣で受け止めようとして……まるで鉄柱がのしかかって来たようなあまりの重さに剣が持っていかれた。
幸い、訓練用の刃の潰れた剣をまだ使っていたおかげで、体が切り裂かれることはなかった。
しかし刃が二の腕に食い込んできた激痛に、思わず剣を手放してしまう。
「ぐぅっ!」
衝撃で痺れる腕では、剣を拾うこともできない。
くそ…そうだ、文字石はどこにしまったっけ!
武器が使えないなら石を使えばいいじゃない。
そう思ったのだが、僕は毛の生えた程度の素人。ベンのように機敏に動けるわけもなく、ほんのわずかだが、動き出しが遅れた。
「まず一匹ぃ!」
柱が振り上げられた。
手はまだポーチの蓋に手を掛けたところだ。
間に合わない!
「【炎よ】!」
聞いたことのない発音の言葉が、暗闇を貫いた。
文字通り、光線のように眩い熱線が、夜の闇を一瞬明るく照らして去っていったのだ。
しかし一瞬でも凄い熱を放って行ったせいで、思わず男が体を引いた。
おかげで振りかぶっていた柱が振り下ろされることはなかった。
「うわっ!? 魔術師か!」
「そこまで立派なものじゃないがな、お褒めの言葉ありがとう!」
男の顔面に、エスタの飛び蹴りが決まる。
「へぐっ」と変な声を上げて、男がぐにゃりと崩れ落ちる。
「しばらく寝てろ。…無事か?」
「なんとか…。……あ!」
後ろ!と言う前に、エスタが飛び退いた。
残骸の影から、一人、二人と新たな”祝福狩り”が現れる。
「おいおい、何人いるんだ!」
「随分な規模の拠点だな!」
ベンはまだナイフの男と交戦中だ。
三対三の構図。これは困った。僕の手は片手は火傷と切り傷で包帯ぐるぐる、もう片手は痺れてしまっているので実質三対二である。
今朝がたベンが三対一で勝ってみせたが、あんなことはそうそうできることではないのだ。
フィデスはまだ戻ってくるのに時間がかかるだろう。
…いざとなったら、テオに頼むしかないか…?
そう思っていたとき、隣でエスタがため息を吐いた。
「仕方がねぇ。癪だがやるしかねぇか!」




