第五十一話 祝福狩りの被害者
「戻ったぞー」
ベンたちが戻ってきたのは、半刻ほど経った頃だった。
馬車の中では、寝床に寝かされた女の子をムトが見守っており、エスタは気にせず仕事の続き、僕は水桶に手を突っ込んで消毒中である。
「野盗はどうしたの?」
「縛って連れてきた」
見れば担がれた野盗たちが力なく項垂れている。
二人で三人を抱えられるって、身体強化ってすげー。
馬車に乗り込んだ二人は、抱えていた野盗をゴロンと床に転がした。
「連れてきてどうすんだよ。ファスキナーまでまだ二日はかかるぞ?」
「馬車の後ろに括っといちゃだめですか?」
「凍えるか飢え死ぬかすると思うけど」
エスタが不満そうに尋ねた。
当たり前に人権のない話をしてらっしゃる。
まぁ、盗賊の類の扱いはどこでも大体こうらしいけど。
死刑が禁止されているだけで、直接的な暴力以外で死んだ場合はカウントされないとこも多いらしい。
「こいつら、”祝福狩り”っぽいんですよ。ギルドに引き渡して拠点の場所を吐かせたい」
「仕方ないな…椅子でも作るからちょっと待っとけ」
「頼みます」
ベンはエスタに対してはちょっと礼儀正しい。
精霊研究者の先達みたいな扱いなのかな。
エスタが物置スペースから木材を取り出してトンカンと金槌を振るっていく。
あっという間にL字型のパーツを作ると、馬車の後ろの壁に固定。
簡易客席の出来上がりだ。後はここに野盗を凍死しない程度に毛皮などで包んで縛り付けていく。
………襲われた側だけど、なんか、良心が痛むなぁ。
「う……うぅん……」
「あっ」
馬車の中で小さく呻き声が上がった。
慌てて戻ると、女の子が寝苦しそうにもぞもぞして、目を開けたところだった。
「んん……え? きゃぁああっ!?」
女の子は辺りを見回し、そして傍らで見守っていたムトに気が付くと驚いて悲鳴を上げた。
ムトは迷惑そうに眉を顰める。
「だから、こうなるぞって言ったろう…」
「ご、ごめんごめん。……だ、大丈夫だよー、彼は良い獣人だから、怖いことはしないよー」
手が空いてたからお守りを頼んだけど、悪手だったみたいだ。
女の子は僕の腕に飛び込んだことは覚えていたみたいで、僕とベンを交互に見ると少し落ち着いたようだった。
「あ、あいつらは?」
「追っかけてきた悪い人たちは懲らしめて縛り上げてあるから心配しないでいいよ」
「ほんとう?」
女の子に縛り付けた野盗たちをチラ見させると、怖がるどころか眉を怒らせると野盗の腹にがつんと一発拳を喰らわせた。
「ごふぅっ」
「このやろうっ!フェリアをはやくおうちにかえせっ!」
「死んじゃう、死んじゃうから」
フェリア、と言うのは彼女自身の名前らしい。
細腕から繰り出されているにしては鈍く重い音を響かせる拳だ。
流石に心配なので止めに入る。
「こいつら、フェリアをむらからさらったのよっ!」
「うんうん、そうだろうね。けどアジトについて話してもらわなきゃだから、待とうね?」
「それとも君は、アジトの場所、覚えてる?」
「………おぼえてない」
ベンと僕の言葉に、しゅん、とフェリアはようやく拳を下ろした。
とりあえずホッと息を吐く。縛られている野盗たちも緊張で見開いていた目が緩んだ。
「……君は、祝福者だね?」
「そうよ。《奮起》っていう力なんだって。だからこいつらはフェリアをさらったの」
聞いたことのない祝福だけど、一時的に身体能力を強化するとかそういうものだろうか。
それを使って野盗から逃げてきたんだな。
「捕まえられてたところには、他の人は居た?」
「うん。フェリアがいちばんはやいから、にがしてもらったの。みんなもたすけてくれる?」
「もちろん。でもオレらだけでは無理だから、他の人も呼ぼう」
即答はできかねるな、と思っているとベンはにこやかに答えた。
良いのかなぁ安請け合いしちゃって。
フェリアは納得したのか「わかった!」と大きく頷いた。
「…いいの? そんな簡単に言っちゃって」
「ここでオレら大人がごにょごにょしたって仕方ないだろ。近くのギルドで人を募る。オレらがアジトまで行こうと行くまいと結果は変わらないし、ギルドにアジトを潰してもらって被害者を助けるんだから、嘘は言ってない」
まぁ、それは確かに。
下手に断ったりして、フェリアを不安にさせる方が面倒なことになるだろう。
「お嬢ちゃん、怪我してるところはない?」
「うん、フェリア、つよいからだいじょうぶ!おねえちゃんは、このひとたちとたびしてるの?」
フェリアは、エスタのことをちょっと年上のお姉さんだと思ったようだ。
エスタは苦笑しつつも頷いて応える。
「そうだよ。皆良い人たちだから安心しな。さ、汚れた服を着替えようか」
「わかった!」と元気よく返事するフェリアを連れて、寝床に通じている梯子を登って行った。
「ユートは、手は大丈夫か?」
「うん。ちょっと赤くなってヒリヒリするけど、大分治まってきたよ」
下手に手をこすると腫れが悪化したり、こすった方の手に移ったりすると言うので水に浸けて胞子を落としていた。
そのおかげで胞子は大分落ちたのかもう痛みの余韻が残っているだけの状態だ。
この胞子を団子に詰めて魔獣に投げつけるのが本来の使い道だそうなのだけど、図らずも近い使い方をしたんだね。
しばらくして、エスタだけが寝床から降りてきた。
フェリアは体を拭って着替えた後、疲れていたのか眠ってしまったそうだ。
無理もないだろう。たった一人で森の中を駆けて助けを求めていたのだから。
「早く、日常に帰してあげたいね」
「そうだな…」
ムトとエスタも寝床を見上げて目を細めていた。
予定の道から一本逸れて、最寄りの町に向かうこと数時間。
雪がちらつき始め白くぼやける景色の中で、町の外壁が見えてくる。
工房馬車を見て驚いた門番が慌てて壁の外へ出てきた。
「な、なんだこれは。馬車なのか?」
「ああ、そうだ。それより、旅の途中で女の子を保護した。診療をお願いしたい。それと、冒険者ギルドに連絡を」
「女の子を保護? わ、わかった!」
ただ事ではないことを悟ったのか門番はすぐに引っ込んで行く。
ばたばたとしばらく慌ただしくなった後、門番が再び顔を覗かせた。
「ギルドには人をやった。入場処理をするから、身分証を」
「冒険者パーティの星の集いだ」
そういえばそんなパーティ名でした。名乗らないからすっかり忘れてた。
門番はベンがBランクの冒険者だと知ると、感心したような声を上げて門を開けてくれた。
「その馬車だと、ここの停留所に停めてもらわなきゃならん。町中は流石にそれで通られちゃ困るんでな。この道を真っ直ぐ行くと広場に出るから、そこから薬屋の婆さんの店の通りを行けば医者がいる」
「ありがとう」
僕らは馬車を停留所という名の空きスペースに停めて、フェリアを抱え上げて外に出る。
フェリアはぐっすりなので毛布に包んで芋虫状態だ。
テオはいつも通り、フードの中に納まってもらっている。
エスタは警備の衛兵に「馬車に近付きすぎると敵認定して攻撃するから気をつけろ」と説明して、青褪めさせていた。
守護像馬のバクシン号が警備してくれるらしい。頼もしいけどおっかない。
「では私はギルドに報告に入って来よう」
「オレは薬屋で買い物していくから先に行っててくれ」
フィデスがギルドへの報告を請け負ってくれた。
ベンは冒険の道具の買い足しに行くそうだ。
暇を縫って行っておかないと、いざ必要な時に買えないことも多いからね。
コメータでもソルスでも急いで出発することになったし。
僕一人でも、きちんと腰を入れればフェリアくらいは抱えられる。
森では咄嗟のことで姿勢が悪かっただけだ。……それでもやっぱり、重いけど。
教えてもらった医者の家というのは質素なもので、医者も医師と言うよりは知識を齧った医学生みたいな人だった。
……まあ、日本の医学レベルを求めるのは酷ってものだよね。
それでも医学知識を持つ人物というのは希少で、患者も方々の村からここの医者を求めて何時間もかけてやってきた人たちが大半だった。
「この子は、疲れて眠っているだけだね。傷も足に擦り傷ができているくらいだ。それより君の方が酷いもんだね。フランマタケを握ったって?」
なんでそんな馬鹿なことを、という顔をされてしまった。
軟膏を処方してもらって塗ると、驚くほど痛みが引いた。
どうも、この辺りでフランマタケの特効薬として伝統的に使っている薬草があるらしい。
侮るなかれ、民間療法。
「お邪魔するよ。調子はどうだね?」
「心配なさそうだよ」
「そうか。……こちらは面倒なことになりそうだよ」
「何かあったのか?」
エスタが眉を顰めて尋ねた。厄介ごとの予感だぁ。
「奴らの拠点に行く人員が絶望的に足りないらしい。この辺りの冒険者は冬の間の稼ぎのためにソルスや他の迷宮に向かうそうで、この町には冒険者がEランクが数組しかいないそうだ」
「そりゃ…随分不用心なもんだな」
「冬場は魔獣の襲撃も少なくなるからね。町の衛兵も最低限の数しか置いていないし、犯罪拠点を暴くなんて大仕事に割ける人員がいないんだ」
「それは困った」
フェリアとの約束を破ることになる。
いや、それ以前に”祝福狩り”の被害者たちを見捨てることになる。
なにせ、フェリアを助けて”祝福狩り”の三人を確保しているということは、アジトにいる”祝福狩り”にも察されているはずなのだ。
なるべく早くアジトを襲撃しなければ、逃げられてしまう。
捕まっている人たちも殺されるか移送させられてしまうだろう。
他から冒険者を呼んでいたのでは間に合わない。
「どうするんだ?」
「……見捨てる……なんて、言えると思うかい?」
びっくりした。見捨てるって言うのかと思った。よかった。
……よかった?
いや、見捨てない、ってことは、僕らが突っ込まなきゃいけないわけで。
「え、僕らで犯罪組織を潰すの?」
「それができない面子ではないと思うがね?」
にやり、とフィデスが笑って僕とエスタを見た。
…正確には、フードの中にいるテオを見たんだけど。
まじすか。僕ら、ヒーローではないんですけど!




