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第四話 不穏な空気

少し前、王都でのこと。

城に馬車を停めていた商人の一人が、申し訳なさそうに衛兵の一人に声を掛けていた。


「あのー、少々聞きたいことがあるのですが、いいですか?」

「なんだ?」

「ここで人を乗せるように言われて待っているのですが、待てども待てどもそのお人がやって来ないのです。確認していただけませんでしょうか?」

「そうか、わかった。少し待て」


衛兵が城内に確認に行った後、しばらくしてなにやら詰め所の中が騒がしくなってくる。

それに若干不安を覚える商人。


「一体何が…?」


「この依頼は…宰相殿が呼んだ馬車か?」

「まさか!あの”呪われ”は既に出発しているはず…」

「おい、案内役はお前だったはずだが」

「いえ、わたしは言われた通りに裏口に案内しただけで…」

「その時間に出発している馬車はどれだ?」

「この商会と、こっちの商会と…囚人の馬車だな」

「商会が依頼もないのに王城で人を乗せるわけないな」

「囚人たちは人数くらいしか確認してない…足りない分には確認するが、増えてる分には…」

「とはいえ囚人の乗る馬車に素直に乗る奴がいるか?」

「いや、あのオトボケ勇者なら…」


その後、城内が徹底的に捜索され、商会にも確認が取られた結果、ユートがやはり囚人移送馬車に乗った可能性が高いと判明。

行方は(よう)として知れず、現在捜索のため数名の騎馬が馬車を追っているとの報せを受けた宰相は報告書を握りしめ、顔を赤らめて叫んだ。


「……あのっ……!あのっ!疫病神めがっ!!!よりによって囚人移送馬車だとっ!!!!」


宰相、ちゃんと商会の馬車、手配してました。


――――――――――



”呪いの勇者”が王都から消えた。

城内を捜索する衛兵たち、漏れ聞こえた話し声から使用人たちが事情を察するのは容易であった。

しかも彼らにとってはどちらかと言えば嬉しいニュースである。

口は閉ざされることなく噂はあっという間に人から人へ。城中に広まり、更には城下の平民たちへと話題が広がるのに、半日もかからなかった。

そんな噂を最初に聞いて躍り上がったのは王都の貴族たちである。


「あの疫病神が消えた!」


貴族にとってユートは疫病神以外の何物でもなかった。

祝福を持たないため勇者としての利用価値もなく、他の勇者への伝手としては頼りなく、魔獣を招くし自領に招くなどもってのほか。

日本人は妙に賢しいところもあって、おだてた程度では上手くなびかないというおまけつきである。

金に頓着せず変に正義感が強いというのも貴族にとっては面倒なことこの上なかった。


彼、カウサ伯爵もユートが消えて喜んだ人間の一人だった。

王都に構えた邸宅の地下室に入ると、カウサ伯爵は堪えきれなくなったように笑みを漏らした。


「ようやくだ…。ようやく、計画を進めることができる…!あの勇者もどきがいる間、延期せざるを得なかったあの計画が!」


カウサ伯爵は歓喜にくつくつと笑う。

彼は長年勤める魔術省で、秘密裏に()()()()()を行っていた。

成功すれば王国に多大な富をもたらすであろう実験であったが、勇者が召喚されてからというもの、魔法陣の動作がどうにも安定しない。

特に呪いの勇者。あれが近付くと目に見えて魔法陣を流れる魔力が乱れるのだ。

あいつが原因に間違いない。


失敗すれば大きな危険を伴う実験の為、不安要素である呪いの勇者の追放を訴え続けていた。

それが遂に実を結んだのだ。

……少なくとも、彼はそう思った。


「くくく、追放どころではなく、()()()()()()()()()()()するとは。宰相閣下も思い切ったことをする。あの世であの疫病神も歯噛みしていることだろう……。」


ユートは呪いの勇者と呼ばれていても、曲がりなりにも王族の名のもとに召喚された勇者。

そんな勇者を安易に追放なり処刑なりすれば王家の名に傷がつく。

だがこれだけの事態を引き起こしているとなれば、追放は国王も認めざるを得ないだろう。

しかし”魔獣寄せ”の呪いなど、国内に置いておくだけでも危険だ。

ならば、追放と見せかけて()()したのではないか。

貴族の間ではそんな話が囁かれ、カウサ伯爵もそう解釈した。


机に置かれた資料、その中の複雑な魔法陣が描かれたものを、すり、と愛おしそうに撫でる。

それは召喚陣と呼ばれるもの。

それも、神霊や神の一柱を召喚する、人間の手には余ると言われる代物。

勇者という、異世界から強力な力を持った人間を召喚する、というものよりは構造は簡単な術式だが、召喚したものを制御する、という点では大きな危険を孕んだ術であった。


勇者…そんなコストの馬鹿高い、それでいて魔王に負けることすらある不確定な存在より、魔王より確実に格上の存在を使役してしまえば、勝利は我らのもの。

勇者などという異邦人に頼らなくとも、我らは我らの手で勝利を掴むのだ。

カウサ伯爵は拳を握り、そう意気込む。


没落していく己の家に対する焦燥と不安。最初の原動力はそれだった。

この魔法陣は先代が思いつき、禁忌として封印されていたものだ。

それを見つけたとき、カウサ伯爵は小躍りした。前人未到の大偉業を成すための足掛かりだったのだから。


二年前、この魔法陣はついに完成した。改造するのに十年もの歳月がかかった。

丁度そのとき、貴族界は大物貴族のスキャンダルに荒れ、あちこちで有力貴族同士が足を引っ張りあうという混迷した様相を呈しており、国王陛下も誰を重用しようか頭を悩ませていた。

これは好機である。神が自分に与えた、一世一代の好機!


そう思ったのも束の間、現れたのがあの呪いの勇者だ。

魔獣を引き寄せることはよく知られているが、魔法陣の発動も乱すというのは、魔術省に勤める何人かの魔術師だけが知っていることだろう。

魔法陣を使う魔術はあまり一般的ではないため気付く人間が少なかっただけという話ではあるが。


呪いの勇者がいなければこの魔法陣を使うことができるのに。カウサ伯爵にとってユートは目の上のたんこぶだった。

神に裏切られた絶望に塞ぎこんでいたところ、ようやく届いた呪いの勇者追放の報せに、カウサ伯爵は舞い上がっていた。

きっと神は気が熟すのを待っていたに違いない。

待っていてください、私は必ず成功させて、勝利を貴方に捧げましょう!


「これが成功すれば魔王など恐るるに足らん。森人(エルフ)も、鉱人(ドワーフ)も!我ら人間に大きな顔などできなくなるだろう!我ら人間は……私は!遂に()()()を手に入れるのだ!」


誰もいない地下室の中に、恐ろしい哄笑が響き渡るのだった。


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