第四十七話 ひと段落
「な、なんでこんなことにっ!?」
遠くから聞こえてきた地響きは、次第に大きくなりやがて土煙と地震へと姿を変えた。
どどどどど、という轟音と共に、何十もの魔獣が、こちらを目掛けて駆けて来ているのだ。
熊魔獣の他にも、一角の茶馬、鋭い牙の巨大な兎、角が異常発達した鹿といった一目で魔獣だとわかる恐ろし気な獣たちが、一心不乱にこちらを目指してくる。
当然僕らは逃げ出した。
「冬ごもり前に空腹なのか、気が立っているようだねっ!」
「なぁ!あんた、熊の魔獣くらいは余裕で倒せるみたいなこと言ってなかったか!?」
「一匹や二匹なら、なっ!」
「エスタさんが軽ーく倒して美味しいお昼ごはんの展開じゃなかったんですかぁ!」
「そのつもりだったけど!ええい、くそ!皆アタシの馬車まで走れ!」
「それでどうにかなると!?」
「いいから走れっ!」
走って(僕はムトに抱えられて)工房馬車のところへ転がり込む。
「ヒヒン!?」と金属馬が驚いた声を上げた。声出せるんだ。
驚かせてごめんね。
「バクシン号、戦闘準備!」
「ヒヒンっ!」
金属馬…バクシン号くん、言葉も通じるんだね。
「オレらは!?」
「手伝えるんなら手伝え!」
「て、テオ、お願いできそう?」
『ん゛~~』
テオはちょっと嫌そうだ。でも手伝ってはくれるらしい。
すい、と浮かび上がると向かってくる魔獣たちを見つめている。
「オレらは援護を」
「うむ」
ベンとフィデスは頷き合い、それぞれ投擲と魔術の準備を始める。
ムトは爪を研ぎ、歯を剥き出すと群れに向かってぐるる、と唸りを上げた。
エスタは馬車に上り、屋根から全体を見回している。
そして僕は………できることが無いので馬車の影から戦況を見守ることにした。
そこからはなんか、もう、凄かった。
ベンの投げた粘着玉で足を取られた一角茶馬が盛大に転び、フィデスの魔術で突き出した石の柱に鹿の魔獣が突っ込み、隙を見せた二頭にムトが的確にトドメを刺す。
テオが手を掲げると圧し潰されたように何匹もの魔獣が転倒して頭を垂れる。
何より派手だったのはエスタの馬車だ。
金属馬は変形して背中から大砲が出てくるし、馬車の砲台からは弾が出るかと思ったらビームが飛ぶし、エスタは上からライフルみたいな魔道具で口径と合わない魔力弾みたいなものを飛ばしていた。
「な、なんじゃありゃぁ……」
剣と魔法の世界にビームとロボが出てるんですけど??
驚きのあまり、口を開けて見ているしかない。
…と、「きしゃぁ!」と背後の茂みから小さな鳴き声が上がる。
驚いて振り返ると、群れから外れた小さい兎の魔獣が背後に回り込んでいたようだ。
慌てて剣を抜いて格闘していると、背後で爆発音が響く。
爆風に吹っ飛ばされた拍子で剣が兎を貫いていた。………こ、これはこれで僕の手柄?
これなら残りの群れも追い払えるか、と思っていると。
数を一気に減らした群れの中でも、熊の魔獣は粘着を振り払いテオの力場も避けると、馬車の近くまで突進してきた。
涎を垂らして凄まじい形相で地を蹴る姿を見ると、野生と食欲の詰まった暴走機関車が走っているようで、背筋に震えが走る。普通にこえー!
しかし距離が近付いてくると、エスタが金属杭を取り出し、放り投げた。
空中でピシリ、と杭に光が走ると、突然杭の後部から爆発のように炎が噴き出した。
後ろで生まれた推進力に杭は急加速し、僕の目はその姿を見失う。
ずどん、という音が響いて、え、とその方向を見ると、腹に大きく穴を開けた熊魔獣が立ったまま止まっており、数秒後そのままゆっくりと倒れ込んだ。
背後には金属杭が地面に突き立っていて、それでようやく杭が熊を貫いたのだと認識する。
気が付けば、絶望的な相手に思えた魔獣の群れは、あっという間に制圧されていた。
「わ、わぁ…」
言葉が出ない。
そんな僕の手を、テオが腹減ったとでもいうようにがじがじと噛んでいた。痛いです。
「角馬に、緑角鹿、巨兎、月輪熊…ギルドに卸せば大層喜ばれるぞ、こりゃ」
それぞれを詳しく検分して、呆れるようにベンが言った。
どれも肉が美味く、毛皮の人気も高いらしい。
「こいつは、一体どんな武器だ?見たことも無い傷だ」
ムトは残りの魔獣にトドメを刺して回りながら、傷を見て不思議そうな声を上げた。
魔獣には焼け焦げた小さな丸い傷が、体の反対側まで貫通している。
エスタの馬車のビームを喰らった魔獣だ。
「仕組みについては企業秘密だ。いやしかし、あんたらも意外とやるねぇ」
手伝えるなら手伝え、というのは、手伝えるもんなら、という意味も含んでいたらしい。
二頭の大物を狩ってみせたベン、フィデス、ムトは一目置かれたようだ。
「あんたこそ何者だよ…さっきのありゃ、なんだ?」
「魔装具師のアタシの特技、ってやつさ。ああ、あれを買い取っても同じことはできないから諦めてくれ」
フィデスがしょぼん、と落ち込んだ。
魔力を込めれば動く魔道具なら自分も使えるかと思ったみたい。
素直にナイフを持って魔獣の解体に向かっていった。
「……やっぱり、すまん。謝らせてくれ。ユート君の力を甘く見ていたアタシが悪かった」
食べる予定の魔獣を血抜きするために吊るし終わった頃、エスタが頭を下げて謝った。
「国で”呪い”なんて言われるレベルなんだ、少し考えれば悪い結果になるのは予想できて然るべきだった」
「そ、そんな、謝らないでくださいよ。僕らもこんなことになるとは思わなかったし…」
「そうだぜ。それに以前名前持ちを呼んだ時よりはずっとマシだしな」
「私らでも戦える相手なだけまだ良かったというものだよ」
「それは……慰めてるのか?あんたらそれでよく生きてたな」
何とも複雑そうな表情でエスタが顔を上げた。
「美味い肉が手に入ったんだから良かったんじゃないのか?」
ムトは食欲が第一の人みたい。
結果が良ければ過程はどうだっていいようだ。
「ともかく、気にしないでくださいよ」
「…本人がそう言うなら、わかった。この埋め合わせは追々させてもらうよ」
まぁ、手放しに「許します」って言うのも予後が悪い。
清算できるものは清算しておきたいんだろう。
………僕は借りばかり作っているからなんも言えないけど。
その後は一先ず、解体作業に精を出すことになった。
本当は熊を一頭狩ったら馬車で移動しながら捌くつもりだったんだけど、獲物がこれだけいちゃぁね。
それでも全部を持っていくことはできなかった。
街道から離れた場所に埋めて立ち去る。下手に放っておくと血肉の臭いに誘われた獣に次に通る人が襲われちゃうから。
「いやぁ、食料問題が一気に解決してしまったねぇ」
「んひー…手が冷てぇ…」
ははは、とフィデスが笑う。
ちなみに今、全員血生臭い。多少は洗ったけれど、臭いまでは落ちなかった。
獣臭さと血生臭さが酷いので、今日一日は換気しながら進むことになるだろう。
冬空の下、窓を開けたままにするのはとっても寒いのだが、仕方ない。
「いやぁ、壮観だ。凄い数の素材が採れたな」
額を拭って一息ついた僕らの足元には、馬車の床を埋め尽くすほどの素材の数々が並んでいた。
馬と鹿の角、熊の爪、毛皮、そして魔石が少し。ちゃんと、僕の倒した兎の毛皮もある。
そして内臓の類もモノによっては乾燥させれば薬になるので、これも素材として取ってある。
「なぁ、エスタさん。あんた武器の加工ってできるのか?」
「うん?何か作って欲しいのか?…うーん、作れないこたないが、アタシは金属専門なんだよ。青金山の一族ならそういうの得意なんだけどね」
「青金山か…そっちまで行くのは流石に時間がかかりすぎるな」
青金山はファスキナー領の北東にある山だ。イシルリルとスぺキアを隔てている国境でもある。
そこにはエスタの親戚に当たる鉱人の一族が住んでいるらしい。
雪山なので、里に辿り着くまで半月はかかるそうだ。それはちょっと…。
「ま、品質の保証はできないけど、やってみるだけやってみようか?素材の幾らかはダメになるかもしれないけど」
「本当かっ? 是非頼むよ」
おお、どうやら請け負ってくれるらしい。
どんな武器が出来上がるのだろうか?
こっちの世界で見た武器、今のところ騎士団の剣や、フィデスとベンの使う剣くらいしか見たことが無い。どちらも地球で見れるものとそう違わない、金属剣だ。
しかし今回は魔獣の素材を使った武器…わくわくするね。
ベンはどんなのを作ってもらうつもりなんだろう?
「じゃあ、ユート。こっち来て測ってもらえ」
「え、僕?」
ベンの武器を新調するんじゃないの?
「良い機会だから作ってもらえって。その……悪いけど、お前…剣使うの、向いてないと思うから…」
後半、言いにくそうに、ベンが頭を掻いた。
………ショック!!
いや、うすうす気付いてはいたんだけどさ!
「王都の騎士は基本的に剣を使うだろ?だからユートも剣を習ってたんだと思うんだけどさ…」
「あぁ…それは私も気になっていたところだ。君の適正、多分剣じゃないと思うよ」
フィデスにも言われた!
「なぁ、ユート。王都の騎士は大抵、対魔族用に人型の敵を想定して剣を使うんだ。だが、冒険者は人じゃない、魔獣や魔物を相手にする。根本的な適正が違うんだよ」
「な、なるほど」
道理で教わった通りにやろうと思っても上手くいかないわけだ!
……そうなると?
魔獣に対して戦いやすい武器を作ろうっていうこと?
「ま、そーなる。そういや、こないだ灰袋を投げてるのを見て思ったけど、ユートは投げ物の方が上手いと思うんだよな」
「確かに。とはいえ近距離用の武器も必要だろう?」
「そこは剣のままでもいいんじゃないか?戦闘スタイルを変える感じでさ」
「せっかくなら近接も個人に合わせた方がいいんじゃないかね?」
本人を蚊帳の外に討論が始まってしまった。
っていうか、ほんとに僕の武器でいいの?作ってもらっても戦えないかもしれないよ?
それならベンかフィデスの武器を作ってもらった方が良いんじゃない?
「おいおい、ストップ!外野がとやかく言うんじゃないよ。本人と相談して作るからね」
エスタが手を挙げて二人を止めた。
「すまない」
「…そうだ、これも使ってみて欲しいんだ」
そう言ってベンが取り出したのは、人の腕ほどの長さもあるような立派な牙だった。
こんなの持ち歩いてたの!?
「え、これまさか”森の砲弾”の牙?」
よく見れば、見覚えもある。
あれの口の中で、かなり間近に見えた…。
思い出したら怖くなってきた。
「換金するのが勿体なくてさ。だって、初めての名前持ち狩りだったじゃん?」
「記念品だね。それをホントに僕の武器にして良いの?」
「いいぞ。オレたちは自分の得物があるからな。…っていうか、流石に荷物を圧迫してるなーって思ってさ…。それに、ユートだけは、はぐれて一人になった時どうしようもないだろ」
う……それは確かに。
僕が今も生きて居られているのは、テオと二人のおかげだ。
もし何か問題が起きて僕一人になってしまったら、高確率で死ぬ自信がある。
その時のために、自衛の手段はきちんと確保しておけということらしい。
自分に合った得物を用意して、それに日常的に触れて慣れておくだけでも、いざというときに生き残りやすいそうだ。
「それならお言葉に甘えようかな」
「よし、決まりだ。なに、さっきの詫びだ。これくらいはタダでやらせてくれ」
「やった!」
鉱人製の武具と言うのは、この世界でも品質が高くて有名らしい。
それをタダで作ってもらえるとなってベンが嬉しそうに飛び跳ねていた。
さて、素材の利用先は決まり、残りは肉である。
可食部だけで相当な量の肉が採れた。これ、食べきれるかな?
捌いたお肉の一部は、鍋で煮られているところだ。
鍋の下では精霊のナルロスが木炭を齧っていて、ナルロスのご機嫌なときの体温でお湯が沸くのだそうだ。便利。
その様子をベンはしっかりとスケッチしていた。
「食糧庫が一気にいっぱいになっちまったからな。痛む前に頑張って食ってくれよ」
「ひゅー、そんなの言われたの初めてだ!」
ベンが口笛を吹いた。ベンの実家は大人数で食事はいつも奪い合いみたいだったらしい。
ムトも口の端から涎が垂れている。
その日は盛大な鍋パーティが行われた。
ジビエ肉というやつか、臭みが少々あるものの、旨味が強く、クセになる味がする。
たらふく絶品の肉を味わって全員が大満足だった。
その晩。
僕は久しぶりに本を読んで過ごしていた。
工房馬車は大きいとはいえ、成人五人が寝転がれるほど広くはないので寝るのは順番なのだ。
屋根裏に設けられたスペースに寝床があり、そこに二人が詰め寄せて寝ている。
本来鉱人のエスタ用に作られている寝床なので、人間の男性二人が寝転がればかなりぎゅうぎゅうで、上を見上げると足首が飛び出している状態だ。
今はベンとフィデスが寝ている。ムトは梯子のすぐ下で休憩中…というかベンから懇願されてフィデスを監視している。
「寒いんだから温めてくれたまえ」と言いながらフィデスが抱きしめていたので、朝まで無事かはわからないな…。
エスタは御者台にいる。
金属馬のバクシン号くんは夜目も利くしコンパスも搭載されているので自動で街道を進んでくれるのだが、エスタは時々御者席に座ってバクシン号の様子を見ているそうだ。
寒くはないのだろうか。ブランケットくらい持って行った方がいいかな?
「あ、雪!」
外の様子を見ようと窓から顔を出すと、冷たい感触が鼻にひやりと当たった。
雨ではない。
手を出してみると白い結晶が指先に一瞬残るのが見えた。
…初雪である。
つまり。スペキアで最も北部に位置する魔族との戦線では、既に雪が降っていておかしくないということだ。
遠き戦場の存在を思い出すと同時、途端に胸に不安が満ちてきた。
「アツシたち、無事かな…」
みんなは祝福を持っているから、強いのは知っている。
それでも、戦地にいると思うと心配だった。
怪我してないだろうか。疲れていないだろうか。
いや。無傷では済まないだろう。疲れているに決まっているだろう。
怪我はミオが治せるとはいっても、心の傷や疲労までは取ることはできない。
………せめて全員、生きていますように。皆が無事に帰ってきますように。
遠い空を見つめながら、ただ祈ることしかできなかった。




