第四十話 消滅
「んぐっ!?」
音よりも光の方が先に視界を埋め尽くし、豪風が駆け抜けた。
閃光で白飛びした世界の中で、看守の後ろ姿だけが小さな影として認識できる。
爆風に飛ばされた看守の身体が激突し、その勢いで僕の身体からスライムの触手が引き千切れた。
そうしてようやく爆音が響き渡り、爆発が起こったのだということを理解する。
《堅牢》でも防ぎきれなかったようで、看守の身体からもちりちりと煙が上がっていた。
その影に入りきれなかった僕の手足に、焼けつくような痛みが走る。
二人で錐揉みしながら何メートルも吹き飛ばされて、地面を転がった。
瓦礫の隙間に入り込んで、爆風が過ぎ去るのをただただ待つことしかできない。
体に感じる風が治まって、やっとのことで顔を上げた。
まだ視界は白いままだ。ただ、光ではなく土煙で。
目を刺し貫くような眩しさは無くなったものの、きぃん…と耳鳴りがしていて、不思議なほど音が聞こえない。
何が起きたのかわからなかった。
いや、文字石が強く光って、爆発したのだというのはわかる。
でも、それでこんなことになる?あの文字石はそんなに強力なものだったんだろうか。
看守は隣で気絶している。
血が出てる。僕には担いで歩くこともできない。ベンとフィデスを探さないと。
立ち上がって、歩こうとして、転んだ。足には大きな傷ができていて、痛々しいものが顔を覗かせている。
頭がぼんやりとして、思考を働かせようとしてるのに気が付けば霧散してしまう。
這いずろうとして、手に何かが当たった。
拳大で、ヒビの入った赤い宝石のようなもの。……これ、迷宮核だ。
[イヤダ…あきらめない…ふく、しゅぅ…]
迷宮核にまだ、スライムの欠片がへばりついていた。
諦め悪く怨嗟の声を上げるスライム。夢現のまま、「可哀そうだな」と、なんとなく思った。
迷宮核を握りしめると、迷宮核は粉々に砕けた。
[あ……ァ……終わった……]
スライムは、空を見上げて溜息を吐くように、崩れて消えた。
拳の中で砂に変わっていく迷宮核を見ながら、僕の意識は薄れていった。
―――面白い―――
消えゆく意識の中、なにかの声を聴いた気がした。
目が覚めると、知らない天井が見えた。
窓からは明るい日差しが差し込んでいる。
はて?ここはどこだろう。
「目が覚めたんですね!」
ぼんやりしていると、扉を開けてマレが入って来た。
ああ、そうか。マレたちに助けてもらったのか。
「ここは冒険者ギルドの簡易宿舎です。大変だったんですよ、すごい怪我で。ムノーさんも足が…」
「あー、いや、言わなくていいです、いいです」
そういうの想像しちゃうの嫌なタイプなんで!
「それにしても凄かったですね!あの光…一体何だったんですか?」
「それが、僕にもよくわからなくて…文字石が急に光り出して、あんな爆発を」
「まぁ、ムノーさんにもわからないんですか? …それって、まさしく、”神の奇跡”のようですねっ!」
マレが胸で手を組んで、ほぅ…と蕩けたような笑みを浮かべて言った。
なんかテンション高いな…と、思ったらマレの目元には隈ができていた。僕の治療で相当疲れているようだ。
信仰心でハイになってるみたいでそのままルンルンと僕の包帯を取り換えてくれた。
「まだ治療が終わったばかりなので安静にしていてくださいね。私はまだ他の方を治さなくてはいけないので」
「僕の仲間も、怪我を?」
「いえ、お三方とも軽傷でしたよ。爆発のすぐ傍にいたあなたたちお二人が大きな怪我をされて、その治療にかかり切りだったんです」
首を動かすと、確かに隣のベッドに寝ている人物がいた。
あれは…看守…?
え、ほとんど包帯でぐるぐる巻きじゃないですか。誰かわかんないレベルなんですけど。
《堅牢》でガードしてた看守がこれって…守ってもらえてなかったら僕、どうなってたの?
最悪の状況を考えてぞっとする。
「おー、起きたか。おはよう」
「《治癒》の神官殿が居たのは幸運だったな、ムノー君。彼女がいなければ冒険者業は引退だったよ」
「…おはよう、二人とも」
あちこちに包帯を巻いたベンとフィデスが入ってきて、にこやかな笑顔を見せた。
二人に話を聞くと、僕は朝まで半日ほど眠っていたらしい。
瓦礫の隙間で倒れていた僕らを三人で担いで、ここまで運んでくれたそうだ。
マレの《治癒》が無ければ後遺症が残ってしまっていただろうとのこと。
看守にも、マレにも、大きな借りを作ってしまったなぁ。
「…? これは?」
いつの間にか、手には小さな三神教のシンボルが握られていた。
確か迷宮核を握りしめていたと思っていたけど…。
もしかして、核からのドロップ品?
「それは…祝福者の証?」
「え、マレさんのでした?」
「いえ、違います。でも、もしかして」
「どうかしました?」
「心当たりがあったので…よろしければ、そちらをお譲りしていただいても?」
「いいですよ、僕は三神教の祝福者じゃないですし」
マレにタリスマンを渡すと、検分するようにじっと見つめていた。
タリスマンはよく見ると端が溶けているようで、スライムに食べられて溶け残ったものかもしれない。
「よしっ、ムノーも目覚めたし、さっさと行くか」
「えぇっ!?何を言っているんですか!ムノーさんは治療がまだ途中ですし、こちらの方はお知り合いでしょう?」
「治療と言っても、残りは軽傷でしょ?それにそっちは知り合いだけど会いたくはない相手なんで」
目が覚める前にすたこらさっさだ。僕もそれには賛成。
ムトに背負ってもらい、体を固定する。
ムトの怪我も大したものではなかったようだ。よかったよかった。
「ちょ、ちょっと!町長もお礼がしたいと…」
「それはそっちで適当に受けておいてください」
謝礼は看守が受けてもらったっていい。現に、二回ほど彼に救われているのだし。
『てお?』
「あっ、今更起きたのか。もう出発するよ」
呑気にポケットからテオが顔を出した。たっぷり眠ったおかげか元気になったらしい。
テオは僕の怪我に巻かれた包帯をすんすんと嗅いで、次いで怒ったようにぽかぽかと叩いてきた。
「いてっ!なにするんだよ」
『てっおん!て!おん~!!』
なんだなんだ?何を怒ってるんだ。
…ああ、もしかして、僕が血を流したことに怒ってるのか?
テオにとってはご飯だもんな…。
「好きで怪我したわけじゃないんだけど!」
『んお~…』
テオは不機嫌そうに抗議すると、不貞腐れてしまった。怪我するなとか、無茶言うない。
「ほら、行くぞ」
ベンに急かされてムトが走りだした。
町の景色は来た時とすっかり変わって見晴らしが良くなってしまったが、町の人々は明るい、安堵したような顔をしていた。
あちこちに緑色の染みが残り、本体が死んでただの粘液に変わってしまったスライムの死骸を掻き出す人たちの姿が見える。
通りを駆け抜けていると、手伝いをしている冒険者の何人かが手を挙げて挨拶をしてくれた。
中には歓声を上げる人もいる。まるで英雄になった気分だ。
「はは、これなら名実ともに、勇者だな」
「えへへ、そう?」
「後は、自分の意思で奇跡を起こせるようになるだけだな」
「むむぅ」
フィデスはそう言って笑った。
確かに。いつだって僕はなんかよくわかんない現象に翻弄されているだけだ。
きっとそれらは、僕の呪いに起因しているのだろうと思うけど、それを理解し使いこなせるようにならないと実力とは呼べないだろうな。
いつかは解明できる日が来るんだろうか…。
「あれ?」
「ん?どうした?」
「いや、何でもない」
街道の雑草がやけに茂っているのがなぜか気になった。
ここの道ってこんなに古ぼけてたっけ?と思ったけど、大した話じゃないので後にした。
門を抜けてソルスの町を飛び出す。
目指すファスキナー領まで、あと一週間の道のりだ。
――――――――――――――――
ユートが出発してから二日後の王都にて。
「……二日前、ソルスの町に怪物が現れ、現地の冒険者が協力して撃退したとのことでございます」
「ふむ。ソルスの町には復興支援金を出しなさい」
「はっ」
宰相からの報告を聞いて、スぺキア王は頷いた。
迷宮の支配者…その存在は眉唾だが、町が一部壊滅的な被害を負ったのは確かだった。
幸い人的被害は軽微で、死者は祝福狩りと呼ばれる犯罪者のみだという。
それはよかったが…宰相は歯噛みした。
(奴め……二度も遭遇しておきながら、取り逃がしただと……!)
看守が呪いの勇者を取り逃がしたと聞いた時は、腸が煮えくり返るようだった。
今まで目を掛けてやったのに、肝心の仕事ができないとは何事か。
戦場に出ている勇者が帰還するまで、もう余裕は無いというのに。
目を覚ましたばかりだという看守から通信機で報告を受けた宰相は、内容を吟味して今日こうして王に報告した。
「………スプラウジよ、肝心の報告が抜けているようだが?」
「はっ!?…い、いえっ、そんなはずはございません」
スぺキア王の言葉に宰相は心臓がひっくり返ったように驚いた。
慌てて頭の中で会話を振り返る。抜け落ちた情報などないはずだ。
「そうか?”冒険者の他に協力者がいた”、”協力者の中には黒髪の男もいた”……私の耳には入っている話なんだが、知らないのか?」
「………っ!!」
(なぜ、いったいどこから情報が!)
宰相は汗がどっと噴き出してくるのを感じた。
最速の情報は看守が事件が起きた翌日に通信の魔道具で連絡してきたもののはずだ。
噂が届くにも早すぎる。
まさか、王は宰相も知らない情報網を持っているというのだろうか?
……宰相は、この心優しい国王を少なからず侮っている部分があった。
税は下げ過ぎるし、開発した魔術技術を安く売る。
スラムで孤児を拾ってくることも珍しくなく、おかげさまで城で雇っているメイドの三割近くが王の支援で育った孤児だった。
まったく彼は、治世というものをわかっていない。
税が下がって収入が上がれば、怠ける者が出る。それに、金を持て余す民は碌なことを考えない。
民が要望を奏上しようと身銭を切って王都まで来ても、肝心の王はスラムの視察と出張ばかり。
王の不在に増長した貴族が幅を利かせるようになり、宰相はそれらに目を光らせなければならなかった。
城で雇うメイドにスラム出身の孤児が増えたことで治安の悪化も問題視されている。
施しを受けたからと改心する者ばかりではない。
そんな王が、優秀な手駒を持っていると思わなかったのだ。
「そんなに驚かないでくれ。私はこれでも一国の王をやっているのだぞ、手駒くらい持っている」
「さ、左様ですか」
宰相は額の汗を拭いた。侮っていたことを糾弾されるかもしれない。
一方、スぺキア王は宰相を蔑むでもなく、いつも通りの調子で言った。
「それで宰相。私にはその”黒髪の男”が、モチヅキ殿と思えて仕方がないのだがね。なぜ報告しなかったのだ?」
「そ、それは、その人物が北方人である可能性を消しきれなかったからで」
「ふむ、なるほど」
王は顎を撫でて椅子に深く座りなおした。
「まぁ、その可能性も無くはない、か」
ふぅー、と宰相は心の中で息を吐いた。
よかった。この程度で誤魔化しきれる分、やはり彼は詰めが甘い。
しかし宰相は次の言葉に思考を飛ばすことになる。
「そういえば今朝入ってきた話だが、”ソルスの町に突然森ができた”というのは知っているかね?」
「………は?」
―――――――――――――――
これは一体、どういうことだろう。祝福の神官、マレは首を捻った。
ムノーのあと看守の治療に入ったが、看守はその日の夜に目覚め、事の次第を聞くとさっさと立ち去ってしまった。
それを見送って翌々日の朝、王都への旅を再開するため宿を出たマレは、信じがたい光景に目を疑っていた。
森だ。
町の中に、森がある。
巨大スライムと戦った辺り、損壊した家屋を飲み込むように森が広がっていた。
「魔力溜まり?」
「でも町の周辺に地脈は通っていないはずじゃないか?」
魔力溜まりは一度できると同じ場所にできやすいという。
魔力の通る道ができるのだとか。川の跡と似たようなものだ。
なので、魔力溜まりの傍に町を作ることは多いが、大抵は魔力溜まりそのものは避けて作られる。
この森のように、町の中に突然自然物が形成されて暮らしにくくなるのを避けるために。
「設計ミスですかね?」
「そもそもこの辺りの魔力は迷宮に流れ込んでしまうだろう?そんな場所で魔力溜まりができるとは聞いたことが無いが…」
護衛の神殿騎士も首を傾げている。
と、隣でマレがふふん、と得意げに言った。
「いいえ、これはきっと神の御慈悲でしょう」
「マレ様…先日のスライムを倒した閃光も、神の御技と仰っていませんでしたか?」
マレはあれからずっと興奮したように、あの日の鮮烈な光景を神の技だと滔々と語り続けていた。
あれもこれも神の慈悲だ御技だと言うマレに、流石の神殿騎士も少々心配である。
「何を言うのです。神の御技はあらゆるところに満ちているのですよ。我々がそれを奇跡だと考えていないだけのこと」
マレは手を広げ、太陽を浴びるように目を閉じて語った。
「空も、人も、この大地すらも、神の作りたもうた造物…。聖典の言葉です。つまり、こうして魔力溜まりと木々を下さったのも、神なのですよ」
「なんと…確かに、この木々を売れば良い復興資金になりそうです」
季節は初冬。この辺りも雪が降る地域だ。薪を欲しがる町は多いだろう。
それに魔力溜まり産の薪は火が長く持つ高品質の薪として好まれる。王都でだって売れる。
この町がこれだけの打撃を受けたタイミングでの魔力溜まりの出現。なにか、大きな意志が働いているようだ。とマレは思った。
「冬の間に家屋の復旧は間に合わないでしょうが、これで助かる人々は多いはず。神はやはり、私たちに救いの手を差し伸べてくださるのです」
「素晴らしい…」
「このことも、教会へ報告しておきましょう。この地の方々が神に感謝できるように」
「「「はっ!」」」
マレ達は信仰を益々深めつつ、ソルスの教会へ向かった。
祝福の神官であるマレは丁重に迎え入れられ、すぐに神官長に面会となった。
マレは突然できた森についての見解を伝えると、神官長は喜色を浮かべる。
「それは素晴らしい。近年、祝福狩りのせいで信仰心が薄れているのです。それを取り戻す一助となるでしょう」
「祝福狩り…」
先日の懺悔を思い出して、目を伏せる。
あの迷宮の支配者の正体を、事の元凶を知るのはマレ達だけだ。
「ああ、申し訳ありません。マレ様は先日祝福狩りの被害に遭われたばかりでしたね…嫌なことを思い出させました」
「いえ、そういうことではないのですが…」
勘違いしている神官長に、苦笑いを浮かべる。
その時、渡す物があったことを思い出し、
「そうです、これも届けなければならないのでした」
「これは、祝福者の証ではないですか。これをなぜ?」
「私のものではないのです。これは、あのスライムの核から出てきた物で、ムノーさんが譲ってくれたのです」
「それは…まさか」
迷宮の支配者、その核から出てきた代物に、神官長が顔を曇らせた。
その正体が三神教の祝福者であることを示す証拠だからである。
マレは別れの挨拶を済ませ、教会を出て行った。
残された神官長は、詳しく見ようとタリスマンを検分して、そこに刻まれた名前に更に顔を歪めた。
「そんな!彼は、あの事件の際に亡くなっていたはず…!」
数か月前、祝福狩りに襲われてとある祝福者の家が全焼、一家全員が亡くなり、近隣住民も怪我人が出た痛ましい事件があった。
交流のあった祝福者の一家だ。一家に生存者はいないと報告があったはずだが……。
「これは、詳しく調べる必要がありそうだ」
……しばらくして、事の真相はソルスの町の人々の知るところになった。
非難の声は多く上がったが、直接的な殺人ではないことと、確たる証拠が出ないため近隣住民たちが罰せられることはなかった。
なかったのだが。
彼らは巨大スライムの襲撃で最も被害を受けた地域に住んでいた。
そも、その地域が被害を受けたのは、彼らが住んでいた場所だったからこそかもしれない。
つまり、殆どが冬を越すための自宅を失っていたのである。
その多くが他の家や避難所に身を寄せるしかなく、そこでの扱いが酷いものになったのは言うまでもない。
雪の降る中、地面を這うことになった者も、少なくなかった。
彼らは口を揃えて、誰かに赦しを乞うていたという。




