第三話 流れに流され
結局追放されちゃいました。
いや、待ってほしい。
追放は少し待ってくれるという話だったのに、一体どういうことかと城に入ると、待っていたかのように出てきた使用人たちに呼び止められた。
何かと思って見ると、台車に積まれた見覚えのある荷物が。
僕に与えられた部屋にあるはずの私物類だ。
使用人が台車から一つづつ取り出し「こちらは必要ですか?」と聞くので、勢いに押され要ると言うと用意された背嚢へと詰め込んでいく。
あれ、これもしかして荷造りさせられてる?
「はい、これで全てになります。では裏口へどうぞ」
「あ、ちょ、ちょっと」
まとめ終わったと思うと同時、さっさと歩きだしてしまう使用人。
慌ててついて行きながら、道中で事情を尋ねてみた。
「モチヅキ様は宰相閣下より追放命令が出ております」
「それがなんでなのか知りたいんですけど…」
詳しい話を聞こうとすると、使用人はうんざりという風にため息を吐いたものの答えてくれた。
それによると、僕が王都を歩き回っている間に三度目の襲撃が起こったらしい。
今度は小型の魔獣の群れだったそうだが、街中に入り込んだせいで衛兵が王都中を駆け回る事態になっているそうだ。
「困るのですよ。私の夫も後始末に駆り出されて、魔物の解体と、損壊した街の修繕と清掃にまで呼ばれて来週まで帰って来れないのです!」
怒りを滲ませる使用人の声。……ほんとマジでごめんなさい。
騎士団は魔王軍への対応で常に忙しいというのに、連日の魔獣襲撃騒動で深刻な人手不足になっているそうだ。
「まるで王国中の魔獣が王都へ向かってきているかのようだ」と騎士団長は頭を抱えているという。
そんな中で起きた三度目の襲撃に堪忍袋の緒が切れた宰相は、その場で僕の追放を決定。
勇者の称号を剥奪し、辺境の町へと移送すると命令を下した。
「もう二度と顔を見せるな」とのことだ。
顔を見せるなと言われてしまっては文句を言いに行くこともできないではないか。
それでも最低限、馬車の手配、滞在する上での住処の確保などはしてくれているらしい。
追放ともなれば着の身着のまま都の外へ放り出されるかと思ったが、ある程度の恩情があるようでほっとした。
裏口に着くなり「それではこれで」と使用人は踵を返してどこかへ行ってしまった。
表情にはあまり出さなかったものの、よほど一緒にいたくなかったらしい。
仕方なく背嚢一つを抱え、馬車を探す。
裏口には御用商人やお忍びの貴族、特別な用のある平民など多くの人が馬車をつけるのに使うため、広いスペースが確保されている。
いつもならそこに数台は馬車が停まっているのだが、城に三度も魔獣の襲撃があったせいか今日は閑散としていた。
僕が乗る予定の馬車と思われる一台しかなかったのだが…
「……ほんとにこれ?」
それは馬車というより、荷車だった。
年季の入ったボロボロさ、木を車輪の形にして嵌めただけの安い作り。
荷台はただの箱と言ってもいいほどで、せめて座りやすくするためか椅子と思われる出っ張りがついている。
先頭に繋がれているのは二匹のロバだった。
とてもではないが王都の城に出入りするような馬車には見えない。
「でもこれに乗れって言われちゃったしな」
気は進まないが、命令には従うしかあるまい。
そう思って荷台に乗り込んで、背嚢を抱き枕よろしく抱えた。
と、そのときである。
「ほれ、お前ら。さっさと乗れ~」
後ろから聞こえてきた声に何事かと振り返ると、なにやら城の騎士らしき人がぞろぞろと人を引き連れてやってきていた。
なんだなんだと思っていると、騎士は連れてきた人々をどんどんと馬車に乗せ始めた。
僕の乗っている馬車に、である。
「あれ~?きみ、なに?」
「え?えと、僕は辺境に送られることになって、宰相様にこれに乗れって言われたので乗ってるんですが…」
「……あ、そ~。りょうかいりょうかい。んじゃ、これね」
妙な間があって、のんびりと頭を掻いた騎士は納得したように頷くと、がちゃん、とユートの腕に手錠をかけた。
「…………んん????」
「ほ~らぁ、お前らも早く乗れ~。出発しちまうぞ~」
手に掛けられた重い鎖。
状況がわからなくて、頭の上にハテナが乱立する。
混乱している間にもぞろぞろと人が乗り込んでくる。よく見れば、彼らの手にも似たような手錠と鎖がついているではないか。
騎士は困惑するこちらのことはお構いなしに、それきり興味を失くしたように後続の列の積み込みに戻ってしまった。
馬車とはいえオンボロの小さな馬車だ。
五,六人も乗れば座る場所もなくなってしまうのにさらに詰め込んで、十人も乗せられた馬車ははみ出んばかりにぎゅうぎゅうで、僕は隅っこで押しつぶされそうになりながら小さくなっていた。
降りようと思っても、目の前におっさんのケツがあって立ち上がることもできない!
うわ、ていうか、くさい。お風呂に何日も入ってないバッドスメルがする!
「あ、あのぉ!これ、どういう…どうなってるんですかぁっ?」
「あ~。まだわかってない?これ、囚人移送馬車だよ。…君ねぇ、お偉いさんを怒らせるかなんかしたでしょ」
囚人移送馬車……囚人!?
辺境に引っ越しだと思っていたけど、囚人としてなの!?流石に犯罪者呼ばわりされるのは心外なんだけど!
だけど、お偉いさんを怒らせるというのは……心当たりは、ある。ありすぎる。
「よし、全員乗ったな。出せ!」
首を回すこともできず周りの様子もよくわからないが、ペシン、と鞭の音がすると馬車がゴトゴトと揺れながら進み始めるのがわかった。
「こ、これ、このまま行くの…?」
たしか王都から隣町まで行くのにも数時間かかったはずである。
むさくるしい臭いに囲まれ、動けないまま数時間…その現実に絶望するも、無情にも馬車は止まることなく進むのだった。
時は少し経ち。
僕は知らぬ道を運ばれていた。
オンボロ馬車のゆったり旅だが、王都はすでに見えない距離になり周囲は木々に囲まれている。
道は石畳で舗装されていた王都周辺と違い、とりあえず草を抜いて踏み固めた程度のものだ。
数多く残る小石を踏むたび馬車が勢いよく跳ねお尻に大きなダメージが入る。
乗っている間にそれぞれが落ち着きやすい場所を探したのか、馬車の窮屈さは少しだけマシになっていた。
椅子を陣取っている者同士で話をしているところもある。
「はーっはっはっは!勇者!勇者を騙ったかぁ、兄ちゃんえらい詐欺師だなぁ!そら捕まるわぁ!」
「あー、詐欺ではないんですけど」
僕もその一人だ。最初に座っていた隅っこを死守したら、隣に座ったひげ面の男に話しかけられたのだ。
「僕は元勇者です」と名乗ったら、げらげらと笑って背中をばんばん叩かれた。男の腕の鎖がじゃらじゃら鳴る。
明らかに信じてもらえていない。痛みに耐えつつ肩をすくめた。
同乗者たちも皆同じらしく、僕のことを詐欺師と呼んで笑っていた。
勇者らしいことは確かに何もしていないが、詐欺をしたわけでもないんだけど。
(いや、勇者として魔王と戦うどころか味方に被害を出してばかりの役立たず…それは詐欺みたいなものかな?)
むぅん、と頭を悩ませる。
見方によっては、勇者を名乗って二年間衣食住を世話させていた居候になるわけだ。それは詐欺なのかも…?
「俺らは山賊でよ。結構デカくなったんでつい調子に乗ったら捕まっちまったぁ」
「これでも中々名の知れた組織だったんだぜ?俺らと一緒ってこたぁ、相当な騙し方したんだなあんちゃん」
ひえぇ、山賊!?ガチ犯罪者じゃないですか!
心臓の辺りから、ひゅん、と血液が急降下したように冷えた汗が噴き出した。
山賊…つまりは大抵の場合、少なからず人を殺している凶悪犯だということだ。
目の前に人殺しがいる。それどころか、「俺たち」ということは同乗者はひげ面の男と同じ山賊ということか。
ひげ面の男は笑顔なのに、その頭の中では僕を殺すことを考えているんじゃないかと気が気じゃない。
ていうか、名の知れた山賊って、打ち首とかになっててもおかしくないんじゃ…?
「この国じゃ、お優しい国王陛下のおかげで死罪や拷問が禁止されてるんだよ」
「俺らが極悪人でも、殺せないんじゃかわいそうだよなぁ看守殿も~」
おおっぴらに煽って見せるひげ面の仲間。
横を歩いていた騎士、もとい看守さんはうんざりしたような目を向けた。
「おい、お前ら、あんまうるさいとおじさんちょっと考えちゃうよ~」
「おー、怖い怖い」
な、舐められてる…。
囚人が一番恐れるものが国王に禁止されてるんじゃ、看守さんが威厳を保つことも難しいのだろう。
全く世間話をやめる気のないひげ面の男によると、これは辺境の町で囚人を強制労働させるための移送馬車らしい。
……宰相閣下、追放にしても、山賊と同じこの扱いはひどいのではないだろうか?
「ま、そんなところで働くくらいならイチかバチか逃げちまった方が得だと思うがな」
こっそりと、ひげ面の男が囁いた。
キツイ労働をこなしたところで恩赦や満期で出られるわけでもない。それならいっそ逃げる方が可能性がある…そう言いたいのだろう。
「あんちゃんなんて、労働なんてした日にゃ一日でぶっ倒れちまいそうだぜ?大丈夫かよ」
ひげ面の男が僕の腕をさすりながら言った。たしかに、ひげ面の男の丸太のような腕と比べると僕の腕は小枝のようだ。
と、肌触りが気になったのか、「囚人がなんでこんな上物の服着てんだ?」と呟いている。
それは召喚されて以来大事に大事に着ている地球産のシャツです。お願いだから盗らないでください。
「兄ちゃんもそうだが、詐欺師と言えばそっちのお前さんもそのクチだろぉ?」
同乗者の一人が顔を向けたのは、近くの椅子に優雅に腰を掛けた男だった。
ひげ面の男たちと違い、彼には囚人らしい質素な服を着ていながらもどこか気品のようなものがある。
閉じていた切れ長の目を開けると、ゆっくりとこちらを見た。
金髪に青い瞳。優美な仕草だが、どこか気障な印象がある若い男だ。
「ふっ、君たちと同じにしないでほしい。私は冤罪なのだからね。聞いてくれるか、私の悲恋の物語を」
「いや、それは聞いてねぇけど」
きらり、と輝く笑顔で芝居がかった仕草をする男に、あ、面倒くさい系の人だ。と思った。ああいうのには関わらない方がいい。
「そこの細い君」
「あ、はい…」
ヤバい、話しかけられてしまった。自分は横で話を聞いているだけでよかったのに。
「君も何か誤解が生じてこれに乗せられているのだろう。私にはわかる。何が勇者を騙った、だ。そうだろう?」
「えー、あー、まぁ、これに乗せられる筋合いはないかなーとは思ってますね」
「そうかそうか!君は話が分かりそうだ。この脳内海綿体の筋肉だるまたちは誰も私の話を聞いてくれなくてね。私は人呼んで”愛多き”フィデス・ファスキナー。聞いてくれたまえ、私の悲恋の物語を!」
なんか変な人出てきたなぁ