第三十八話 目には目を、数には数を
「うわぁっ!」
「た、倒したのか?」
「違う!生きてるぞ!」
飛び散ったスライム巨人の欠片が空から降り注いでくる。
最初は攻撃に耐えきれず絶命したのかと思われたが、地面に落ちた欠片がもぞもぞと動き出したことで悲鳴が上がり始めた。
「『障壁』!」
神殿騎士たちが張った障壁に、偶々近くにいた僕らもお邪魔させてもらう。
ばしゃばしゃと特大の緑の雨が、傘に当たるように弾けた。
一粒で30㎝はありそう。雨というか、バケツをひっくり返された勢いだ。
看守たちも《堅牢》を張った盾の下に隠れている。
……あ、あれ盾じゃないや、崩れた屋根の一部だ。
「うわぁ、うわぁあっ!溶けるっ!」
欠片を防ぐ手段を持っておらず、体に思い切り付着してしまった冒険者が藻掻いていた。
冒険者の胴体の上でもぞもぞと動く欠片に、小さな顔が現れてニタリと笑みを浮かべている。
[タ、ベル…ウマイ…]
「ひいっ!」
「この野郎っ!」
咄嗟に灰の団子を投げつけると、効果は覿面でスライムの欠片は跡形もなく吹き飛んだ。
よし、こいつらにもしっかり効くようだ!
「あ、ありがとう…」
スライムから解放された冒険者は、腕や首に火傷があるのと、軽鎧は半分くらい溶けてしまったものの、命に別状はなさそうだ。
………他人にお礼言われたの、初めてかもしれない。
「どういたしまして!ムト!襲われてる人を助けよう!」
「はいよ、ご主人。嬉しそうだな?」
「えっ、うん、その…役に立てそうだから」
スライムに襲われている冒険者たちに、手分けして灰団子を投げつけていく。
用意しておいてよかった!
巨人サイズだった時には致命傷はとても狙えなかったけれど、このサイズを駆除するには灰団子は効果的だった。
全部を駆除は流石に無理だけど、襲われている人を助ける分には問題ないだろう。
「す、すごい」
「マレさん、負傷者の治療をお願いできますか?」
「あ、はい!もちろんです!」
「治療費は冒険者ギルドに後で請求させていただきますね」
「こらっ!こんなときに!」
神殿騎士の一人がちゃっかりと請求している。確か僕とムトを治療してくれた時に文句を言っていたのもこの人だった気がする。経理担当なのかな?
そして案の定マレから叱られていた。
でも毎回無料で治療していたら生活費が稼げないもんね。……経理には経理の苦労があるんだろう。
[タベ…食べ…?…ちが…]
[ちから…もっと…]
[ふく、しゅ…]
あちこちからスライムの声が聞こえる。
スライム巨人の巨体から考えて、小粒になったスライムたちは数百を下らない数がいるだろう。
「ちっ、本体はどこだ!?」
「わからん!」
小さくなったのはありがたいが、核がどこにあるのかわからなくなってしまった。
少なくとも、僕らが灰をぶつけたスライムに核があるものはなかった。
「つーか、核がないのに動いてるスライムってなんなんだよ!どうやって倒せって言うんだ!」
「知るかよ、叩き潰せば止まるんじゃないか!?」
冒険者たちも混乱している。
とりあえず斬りつけてみる者、瓶に詰めようとする者、土をかけてみる者などなど…。
倒すための模索ではあるのだろうけど、どれも成果としては微妙なようだった。
文字石を投げようとして止められている者もいる。
遠くの大きい的を狙っていたさっきまでと違い、今は至近距離の小さい的だ。しかも他の冒険者が近くにいる。
ここで文字石を使ったら周囲の冒険者を怪我させてしまうだろう。
「どうするんだ、さっきよりも倒しにくいぞ!」
「でかいのに踏みつぶされるよかマシだろ?」
「だからって核のないスライムなんてどう処理するんだ!ほとんど不死だぞ!」
キリのない戦いに、あちこちで怒号が聞こえ始めた。
スライムが小さくなってしまったので巨大焚火が意味をなさないと悟ったフィデスは、薪を拾い上げてスライムを燻して回っている。
万策尽きた冒険者はそれを真似して、松明を振り回して回っていた。
灰の量には限りがあり無差別に投げられては困るので、手伝いは遠慮してもらっている。
スライムに取りつかれて困っている人にだけ灰団子を投げることにしたのだ。
「これは、小さいスライムを増やしたんじゃなくて、あくまで体を分解したんだろうな。だから核が無いんだ」
「じゃあ、核を壊せば全部倒せる?」
ベンは頷いて答えた。
やはり迷宮核を探して破壊しないとならなさそうだ。
でも、どこにいるんだ?本体は。
[ふく、しゅう…]
[しす、たー…]
[じゃ、まだ…]
襲われている人を助けて回っていて、気付いたことがある。
「スライムは、意図的に人を襲っているわけじゃない…?」
これだけスライムがいるのに、襲われている人が少ないのだ。
最初にスライムを浴びてしまった人を助けて以降、救助が必要な人が減っている気がする。
スライムはずりずりと地面を這って、冒険者に引っ付いているものもいるが、積極的に冒険者に向かっていく個体、というのは全体の一割ほどなんじゃないだろうか。
じゃあ、残りのスライムは一体なにを?
「きゃあ!」
「こいつら!しつこいな!」
振り返ると、マレがスライムたちに襲われていた。
冒険者の被害が減っている一方、神殿騎士やマレの方にスライムの一部が集まっているようだ。
[なぜ、なぜ]
[やつらを、まもる、なんて…]
[やめろ…]
神殿騎士が障壁を張っているが、全方位を完全に防げているわけではない。
一匹のスライムが障壁の隙間を滲むようにすり抜けた。
障壁を足場にして飛び出すと、ぺちょり、とマレの体に張り付く。
「ひゃぁ!?」
「マレ様!」
「だ、大丈夫です!これくらい、私でも対処できます!」
神殿騎士たちは障壁を張ることに手一杯で、マレの救助まで手が回らない。
マレは気丈に大丈夫と言っているが、スライムは液体で、手では引き剥がせないのだ。
助けに行かないと、と進みかけたとき、思いも寄らぬ助けが入った。
「祝福の神官に近付くんじゃない!」
《堅牢》で強化した瓦礫を振り回して、看守が一気にスライムを薙ぎ払った。すげぇ。
モップ掛けをするみたいに一掃されたスライムたち。
余裕のできた神殿騎士がマレに取りついたスライムを火の粉の魔術を使って引き剥がした。
「………ありがとう」
「お前らも騎士なら、ちゃんと守るんだな!」
「あ、ああ、すまない」
王国騎士と神殿騎士はライバル関係にあるって話を聞いたことがある。
神殿騎士も助けてもらえるとは思っていなかったようだ。
「あいつら、中央に向かっているぞ!」
「誰か止められないのか!?」
一件片付いたと思ったら、冒険者たちから声が上がった。
はっ、と気付いた。
あれだけの量のスライムに襲われたにしては、どこの被害も小規模過ぎる。
スライムたちの大部分は冒険者を襲っていたわけでも、マレのところに集まっていたわけでもない。
移動していたんだ!
「どういうことだ、なんでオレたちを襲うんじゃなくて、素通りしていく奴が多いんだ?」
「純粋に人を襲う魔物と違って、迷宮の支配者だから、何か目的がある……のかも?」
「……そういや復讐がどうとか言ってたな。人間全部を恨んでいるのかと思ってた」
ベンも悩むような顔をしている。
襲ってこないのはいいが、だからといって放っておくわけにはいかない。
とはいっても、数百のスライムをどうやって止めればいいんだ?
「わ、私が囮になります!」
悩んでいると、マレが声を上げた。
服の一部が溶けてしまったようで、神殿騎士のマントを体に結んでいる。
周囲からざわざわと困惑の声が上がった。
「あの怪物は、私に関心を持っているようでした。町の中央に向かわせるより、私を囮に外壁付近に縫い留めていた方が安全です!」
「だめです、危険すぎます!」
「ムノーさん、ムトさんをお借りできますか?あのスライムたちの前を駆け抜けて、気を引いたらここへ戻ってきます」
「しかし貴女を追ってくる確信はないぞ?」
看守が渋い顔で聞いた。
確かに、マレの周りに集まっていたスライムは多いが、全部ではない。
マレが前線を駆け回ったとして、全部の気を引けるかは微妙なところだ。
………いや、待って。囮?
ちら、とベンの顔を見た。
「…いや、それはオレも思ったけど。でもいつもお前を狙ってたわけじゃないだろ?」
「うん。でも、狙われたことに心当たりはあるんだ」
「ホントか?」
僕は閃いたことをベンに話した。
それを聞いてベンは眉根を寄せたけど、試してみることには賛成してくれた。
僕とムトで行く。
ベンとフィデス、というか全員には核を探すことに集中してもらいたい。
「ムノーさん、ムトさんを貸して…」
「いや、僕が乗ります」
「え?」
引き下がろうとしないマレに、きっぱりと告げる。
ムトに背負ってもらい、ロープで体を固定してもらう。
どうするつもりなのか、と首を傾げる人々に、僕は伝えた。
「僕が囮をします。皆さんは、核を探してもらえませんか」
「にいちゃんが囮ぃ?おいおい、にいちゃんが走り回ったところで奴らは寄ってこないだろ」
冒険者の一人が鼻で笑った。献身は立派なもんだがやったところで意味がないだろ、という顔だ。
一方、看守は苦々しい顔をしている。
ベンとフィデスを覗けば彼だけは唯一、僕の正体を知っているからだな。
「大丈夫、たぶん、いけます」
そう言って僕は、解体用のナイフを取り出すと、自分の腕を斬りつけた。
マレが目を見開いている。多くの視線から「何をしてるんだこいつは」というドン引きを感じた。
………だが、効果は抜群だった。
僕の腕から血が滴った瞬間、周囲のスライムがぶるりと震えると、一斉にこちらに進路を変えたのだ。
予想的中。
迷宮内で僕の手を焼いて以降、スライムは僕のことを執拗に狙ってきた。
迷宮の最奥で足から血が出たとき、恍惚の表情を浮かべた。そして巨大化して地上に出てきた。
そのあと、マレに傷を治してもらってからは追いかけてくる感じはない。
あのスライムは、なぜだかわからないが僕の血を見ると執拗に欲しがるようなのだ。
この考えに確信を持たせたのは、テオだったけれど。
たぶん、魔物や魔獣、そして精霊にとって、僕の血は大層美味そうに見えるんじゃないだろうか。
そしてこれが、僕の呪いの正体なんじゃないだろうか。そう思った。
「ちっ、まじかよ」
看守が舌打ちした。
それはスライムが反応したことへの舌打ちだろうか。それとも僕の呪いがちょっと解明されたことに舌打ちしたんだろうか。
「ムト、そいつを頼んだぞ。走り回ってスライムを引き付けてくれ!」
「わかった」
ムトが走りだした。
まずは中央へと向かっていたスライムの近くを走り回り、確実にこちらへ引き付けたことを確認する。
スライムの歩みは遅いが、油断していい訳では無い。
集まれば迷宮で襲ってきたスライム津波…あんな風に、またなるかもしれないのだし。
上空から見れば、さざ波のように地面に波紋ができているように見えただろう。
僕らの後ろについてくるスライムたちは弧を描き、町の中央から離れていく。
「良い感じだ!…おっと」
「しっかり掴まっておいてくれよ、ご主人」
腕から滴る血で掴まっている手が滑った。
身体を固定しておいてよかった。落ちたら一巻の終わりである。
ムトは僕が大丈夫そうだと確認すると、縦横無尽に動き始めた。
壁を駆け、屋根に上り、飛び移り、瓦礫に着地する。
「うわわわわわ」
「大丈夫か?」
「だだ、大丈夫だけどもぉ!」
中々のジェットコースターだよこれは!
ちゃんと囮できてるよね?これ!
…問題はなさそうだった。
僕らがどれだけ動こうと、スライムはおやつを前にした犬のように、後をしっかりついてくる。
「…核は見つかるかなぁ」
「こんだけ引き付けられてるんだ。核を持った本体だって、たまらず誘い出されているだろうよ」
そうだと良いんだけど。
そんなことを思っていると、冒険者たちの雄叫びが聞こえた。
「核を見つけたぞぉー!」




