第三十七話 合流
「二人とも!待たせてごめん!」
「おお、灰は集まったか?…うおっ?《治癒》の神官様じゃないですか!」
灰を抱えて戻ると、冒険者の応援を連れてたベンと合流した。
「はい、我々も微力ながら協力させていただきます。…と言っても、我々の攻撃は通らないことがわかっていますので、できるのは障壁と治療になりますが…。代わりに、雑用でもなんでも申し付けてください!」
「十分過ぎますよ!」
「そっちも結構集まったね!」
ソルスの町は冒険者の町なだけあって、随分な人数が集まっていた。
しかし冒険者たちは浮かない顔をする者も多い。
それもそうか、冒険者の多くは剣や斧を得物とした戦士系の人が多い。
スライムを相手にするには不利な人たちなのだ。
魔術師が多く欲しいところだけど、生憎人間の魔術師はとても珍しい。
高ランク冒険者には魔術師もちらほらいるらしいけれど、今は冬前の掻きこみ時で迷宮攻略に出ているようだ。
ということは、高ランクパーティ自体数が少ないということである。キツイな…。
「ぜぇ…はぁ……あ!?お前たち、戻って来たのか!?」
げ、看守たちまだいたのか。
……いや、そりゃまだいるか。スライム巨人が外壁から少し入ったところで止まっているのは、彼らが足止めしていてくれたからだ。
その証拠に、まだ危険だろう最前線で満身創痍で地面に転がっている。
本職の魔術師ではないのに限界まで炎魔術を使って、魔力切れで肩で息をしている騎士たち。
追いかけ回して、注意をひき続けてくれたんだろう。避難の時間を稼ぐために。
看守は、倒壊する瓦礫から仲間を守り続けていたようだ。
うぅん…命を狙われたとはいえ、そんな姿を見せられると憎めなくなってしまうじゃないか…。
「神妙にしろよ…俺らはお前を諦めたわけじゃないんだからな!」
「ちょっと、今、そんな場合!?」
仕事熱心ですね!前言撤回しようかな!?
「王国騎士様方、職務の遂行、その献身に感謝いたします。お怪我をなされた方はいらっしゃいませんか?」
「うへ、祝福の神官様…!?」
マレの存在に気が付いた看守が転げるように起き上がった。
後ろでは他の騎士たちが「い、いいいいえ、我々は魔力切れなだけで…!!」と挙動不審になっている。
王国騎士でも祝福持ちの神官って凄い人って扱いなんだねぇ。
勇者の祝福を見てると普通の祝福者の能力はどうしてもしょっぱく感じるんだけど、彼らからするとやっぱりありがたい存在なんだろう。
あれ?ベンとフィデスはあんま委縮したりしてなかったよね?
「え?オレらは国賓扱いの勇者が目の前にいるからな…。一番上の方を見てると祝福者くらいで驚かなくなるというか、偉いからって凄い訳じゃないんだよなって思ったりとか…」
どーいう意味ですか。
あ、看守たちがちらちらとこっちを見ている。
流石に神官の前で、知り合いらしい僕らをしょっぴく訳にはいかないのかな?
ありがたやありがたや。
「奴らとは、ど、どういうご関係で?」
「あら、貴方方もお知り合いで?彼は祝福狩りから私を助けてくれた、命の恩人なんですよ」
そうなんですよー、命の恩人なんです。手を振ってにっこりしてみた。
わぁ、凄い表情でこっち見てる。
あれは文句を言いたい気持ちと感謝の気持ちが入り混じっていそうだ。
王国騎士にとっては神官も護衛対象だからね。祝福持ちなら尚更。
看守は数秒、苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、ぐぐっと飲み込んで抑えた。
えらい。
「……おい、あいつら凶悪犯なんだろ?捕まえなくていいのか?」
「ぬぐぐ……祝福の神官の前で命の恩人を捕縛するわけにも…」
あー、そういう感じで協力してもらってたのね?
そりゃぁ捕まえたところで宰相からの直接の協力がなければ、証拠不十分なのは調べればすぐわかっちゃうもんねぇ。
マレもきっと、恩人に嫌疑が掛けられたら黙ってはいないはずだ。……たぶん。
そうなると、マレがいる限り僕らを捕まえたところで立場が悪くなるのは看守たちの方になる。
騎士仲間の疑問を黙殺して、看守は現状をどうにかする方に思考を切り替えたようだった。
「……あの化け物をどうにかするのが先だ。……奴は、単純な物理攻撃は効きません。神官様は魔術は使えますか?」
「申し訳ありませんが、私たちはあの怪物に対して有効な手段は持っていないのです…」
俯いて苦い表情で唇を噛むマレ。
そうなんだよね…一体どうしたもんか。剣や斧であの液体をどうにかするのは無理がある。
灰はとりあえず持ってきたんだけど。
と、そこにベンがやってきてニヤリと笑った。
「魔術師はそんなに調達できなかったけど、代わりにギルドで良いもん出してもらったぜ」
ベンの後ろから冒険者の一人が木箱を持ってやってくる。
中にはじゃらりと、赤紫色の小さな石が沢山入っていた。
半透明の中にはきらきらとした文字のようなものが浮かんでいる。
……あ、これ文字石か!
「冒険者ギルドで買い取りを行ってるって言っただろ。こういう有事のためにギルドで保管しているのを持ってきたんだよ」
「魔術が込められてるんだっけ?」
「そう。威力は魔石の保有してる魔力次第だが、魔術知識のない人や含有魔力量の少ない人でも魔術が使えるのが強みだ」
なるほど。
戦士系の人が多いのをこれでカバーするつもりなんだな。
[こ、ろす…コロス……!!]
おっと、話をしている余裕はないらしい。
遥か高くから響いてくる声に思わず顔を向けると、そう遠くない建物の影からのっそりとスライム巨人が現れた。
……さっきより、人型が崩れて輪郭がぶよぶよとしている気がする。表情も形を失いつつあった。
看守たちの攻撃のおかげだろうか?
「中心街には民間人が避難している!絶対に入れるな!」
「「「おうっ!!」」」
冒険者の一人が音頭を取り、大勢が気合の声で応えた。
集まった冒険者は50人ほどだが、それでも大気がびりびりと震えたように感じる。
「…すまんが、俺らはしばらく動けないぞ。」
「あぁ、わかってるって。ここまで持ち堪えてくれてありがとな!」
ベンがニカッと笑うと、看守は気まずそうに顔を逸らした。「なんでこいつが敵なんだよ…」と小さな呟きが聞こえた気がする。
僕だって敵じゃないんですけどね?そっちが襲ってくるだけで。
とりあえず、看守たちは今だけ休戦にしてくれることに決めたらしい。
「よし、今回は大捕り物だ!景気づけに一発行くぞぉ!」
「「おぉーー!!」」
号令に続いて、次々と投げられた文字石が宙を舞った。
赤紫色の小石が空中で強い輝きを放ち、スライム巨人の体にぶつかった途端、爆炎を上げる!
[……!?]
流石のスライム巨人もこれには痛痒を感じたようで、大きくのけぞった。
着弾した個所はじゅうじゅうと大きく抉れて煙を上げて、効果が覿面であることがわかる。
「おぉ!凄い!」
「あれは爆炎の魔術だな」
一つ一つであんな威力があるなんて!
これは、数で押せばスライム巨人も倒せるんじゃないだろうか?
そう思っていると、文字石を投げた冒険者たちが膝をついた。
「うっ、やっぱりかなり魔力を持っていかれるな」
「お、おれ、一発でもう無理かもぉ…」
続々と座り込んでいく冒険者たち。中には顔が真っ青な人もいる。
「どうしたの?」
「魔力切れさ。まぁ、魔力の少ない戦士じゃ、一回か二回使うのが精いっぱいだろうな。スライムには物理攻撃が通らないし、手持無沙汰になってる奴らに、ああして投げてもらうって訳だ」
じゃあ、魔術師に沢山投げてもらった方がいいのでは?
「文字石よりも自前の魔術の方が強力だったり、燃費がいい奴が多いからな。詠唱に時間はかかるけど」
そう言っている傍で、先程より大きな爆炎が上がった。
放った魔術師は額の汗を拭うと、また詠唱に入っている。
「爆炎系の魔術師は派手だし強いから、なりたがる奴が多いんだよな。フィ…アイムの土操作系の魔術師は珍しいんだよ」
「へぇ……あれに比べると地味だもんねぇ…」
「地味ですまなかったね?」
「わぁ」
割り込んできた声に驚いて振り返ると、角材を抱えて怖い笑顔を浮かべたフィデスがいた。
「じ、地味だけど役に立つよ?」
「うんうん、私のは実用性で取っているからね」
実際、脱走したときとか、”森の砲弾”と戦った時とか、高所落下したときとか、役に立った場面はいっぱいあるし!
「そうだろうとも。その場面で、爆炎でどうにかできたと思うかね?」
「思わないです!」
「よろしい。ベン君、薪を持ってきたので火付けをお願いしたいのだが」
「よしきた」
フィデスの笑顔が柔らかなものに変わった。よかった。
ところでその角材って薪なの?キャンプファイヤー?
スライム巨人からそう遠くない所に角材が組まれている。
ベンは焚火をつけるときと同じ要領で、生活魔術を唱えるといとも簡単に巨大焚き木に火をつける。
もうもうと湧き上がった煙を、風がスライム巨人の方へ流していく。
風向きもちゃんと計算に入れていたらしい。
僕も灰で攻撃しなくちゃ。そう思ってムトと一緒に灰を投げやすいように水を混ぜて団子にしていく。
スライム巨人が煙を嫌がり始めたころ、そこへさらに文字石の爆炎が炸裂した。
[や、めろ…!]
心なしか弱々しくなった声が響く。
「効いているぞ!続けろ!」
[な、ぜ。なん、で、わたしばかり、こんな……]
スライム巨人の顔が崩れていく。まるで泣いているかのようだった。
粘液を滴らせながら、手を伸ばす。見つめるその先には、避難所があったはずだ。
伸ばした手にも文字石がぽちゃんと入り込み、腕が半ばから吹き飛んだ。
冒険者は強い。巨大な魔物に対しても、人数さえそろえば圧倒的だ。
これは力押しでいけるんじゃないか?
[う゛ぁ゛ぉぉぉ――――!!]
そう思っていた時、スライム巨人が咆哮を上げた。
頭部の核…迷宮核から、怪しい黒い光が迸り、筋となってスライム巨人の全身を駆け巡る。
「な、なんだ!?」
見たことも無い現象に冒険者たちも僕らも、一瞬手を止めて見入ってしまう。
スライム巨人はもぞもぞと蠢くと、その巨体が風船のように膨れ上がり……
そして、ぱちん、と弾けて飛び散った。




