第二話 相談
その後、僕の祝福を解明するための研究は執拗に行われた。
魔獣を引き寄せる何かがある。それを解明するために。
最初は役に立つかもしれないと僕も期待を抱いていた。
……結局、二年が経とうとしている現在も、その理由はわからないままだ。
その間にも魔獣は何度も襲ってきた。
結界が張ってあるはずの王都の中で、である。
次第に、祝福を利用できるように研究しよう、という声よりも、危ないから王都から追放しよう、という声の方が大きくなっていった。
国王陛下がその声を何とかなだめて抑えていたものの、遂にそれが噴出して今に至る。
「………というわけなんです。僕はどうすればいいんですか」
僕は長椅子に項垂れて座りながら一部始終を懺悔して、深くため息を吐いた。
結局あの後は、流石にこの一回は見逃そうということで退室。
だが額に青筋を浮かべた宰相閣下の表情には「次は二度と無い」と無言の圧力があった。
一日に二度も襲撃があるのは初めてのことだった。
日に日に魔物の襲撃は増える。周囲の人間の目も冷たくなっていく。
僕自身には何も変化を感じ取れないのに、状況は確実に悪い方向へと向かっていた。
もしかしたら、明日には次の襲撃が起こってしまうかもしれない。
そうなれば、宰相閣下がどのような沙汰を下すのかわからない。
最悪投獄…いや、人里離れた地の底に封印されるとか、もしかしたら海に沈められるとかもあるかもしれない。
「あっはっは、それは災難でしたねー。ご愁傷さまです」
懺悔を聞いた神官から全く悲しんでいない返事が、あっけらかんと返ってきた。
「……それだけ?なんというかその、励ますとか、道を示すとか、そういうのないんですか。あなた神官ですよね?」
「私は遮陽神官ですから。出来損ないが道を示すなど、とても、とても」
顔に掛けた薄布を指して神官がへらりと笑う。
遮陽神官…何かしらの罪を犯して懲罰を受けている神官を指す言葉だ。太陽から顔を隠すことからそんな名前がついたとか。
犯罪者にも近い扱いを受けるという遮陽神官だが、彼とはこの世界に来てからの知人の中ではかなり長い方の付き合いだった。
理由は簡単、僕の苦労話を彼は面白がるからである。
とはいえ、彼はのらりくらりとしていて掴みどころがなく、からかうばかりで建設的な意見もくれないため、たまに気晴らしに話をしに来る程度であったが。
「私にできることなど、この教会を掃除することくらいです。懺悔はちゃんとした神官にしてください」
「ちゃんとした神官は僕のこと見るとすぐ逃げるんですよ」
口を尖らせてそう返すと神官はまたも笑い声をあげた。
僕は現状を一人で何とかすることはできないと諦め、城勤めの学者や魔術師、神官たちに声をかけたのだが、呪われ勇者と一緒にいて死にたくない!とみんな逃げてしまった。
なんて言い草だ。未だ死者は一人も出たことがないんだぞ。
とはいえ頼れる相手がおらず、勇者仲間たちは逼迫した前線を押し返すために戦場へ出ずっぱりだ。
自分で調べものをしようにも、一人で難解な本を読むというのはまだハードルが高い。
せめて呪いに関する糸口になる記述を見つけられれば良かったのだけど。
都の中を歩き回れば、行く先々で雨戸が閉められ扉が閉ざされ、まるでこの人口密集地である王都が無人の街であるかのように静まり返る。
さんざ歩き回って、結局この神官に頼ることにしたのだ。
予想していたことではあるが、助けてくれるつもりはなさそうだ。
「あっはっは…まぁ、そうですね、私が答えるなら。”なんとかなる”んじゃないですか?」
「え?」
「全ては神の思し召し。この世の全てが神が計算しもたらした運命なら、全ての試練はあなたに必要なものであり、全ての自由は神の計算の内にある。あなたが何をしようがしまいが、他人に迷惑を掛けようが掛けまいが、それ全て神の記した運命の輪の中。……それなら、全て成るように成るのです。自由に過ごせばいいし、どこでどう生きようが、それが運命なのです」
「えー、そんな雑な諭し方ってあります?」
珍しく教えを説いたと思えば、神官がそんなことを言っていていいのか?
そんな適当さだから懲罰を受けることになったのでは…という思いがよぎる。
「もちろん、自由とはいえ、好きなことをするとはいえ、自身に課せられた義務を果たすことは必要ですよ?私は根っから神官ですから、こうして職務に励んでいます」
「根っから神官…?」
「そうですよ。人を救い、人を守り、神の言葉を伝える。それが私の職務、そしてやりたいことです。遮陽の身となっても、神はそんな私を許してくださる。寛大なお方だ。…ということで、入信、いかがですか?」
「はは、それは遠慮しときます」
「それは残念。ですが信徒にならずとも、迷える人間は皆平等。最後に神の御言葉を一つ授けましょう」
そう言って神官は木箱を取り出した。上面には拳が入る程度の穴が開いていて、中には紙片がたくさん入っている。
「おみくじかーい」
「そうですよ?」
つい声に出てしまった。異世界で神の御言葉とか言うから信託的なものかと思った。
「聖典にあるあらゆる文章を紙片に記したものです。神の導きで最適なお言葉が届くことでしょう」
「神の意志ってそういうものでいいんですか?まぁいいですけど…はい」
「どれどれ。”神に微笑んで欲しい時、神は既に微笑んでいる”、ですね」
どういうことです?と神官を見るも、神官はにこにこ笑むだけで何も言わなかった。
たしかこの世界の諺で「偶然は既に良い方向へ転がっている。残る困難は自分の力で覆せる」といったような意味だったか。
つまり、自力でどうにかしろってこと?そんなぁ。
神官に別れを告げ、教会を後にする。
別れ際、後ろから神官の声が聞こえてきた。
「忘れないでください。神は既に貴方に微笑んでいらっしゃる」
神のご加護を、的な意味かな?
既に微笑んでるならこんな状況になってないと思うんだけどなぁ。
でも、残りの困難は自分の力で覆せる、か。
それはちょっと、良い報せ、かな?
鬱屈していたのは確かだったのだろう。
あののんびり神官と話したおかげで緊張していた心が少し軽くなった気がした。
「何をしたらいいかわからないけど、戻ったらもうちょっと頑張ってみようかな」
まずは文字を読んでくれる人を探そう。
城中、都中を探せば一人ぐらい、協力してくれる人はいるかもしれない。
「あ、神官さんに読んでもらえばよかった!………ま、いっか」
はっ、と気付いて後悔するが、すぐに思い直す。
たぶん、頼んでものらりくらりと断られていただろう。そういう面倒なことはやらない人だし。
「お、来たね」
城に帰ると、何故か待っていたかのように騎士が声をかけてきた。
僕に声をかけてくる人間など今では希少だ。
最近ではもっぱらお叱りの呼び出しでしか声を掛けられたためしがない。今回も何か呼び出しだろうか、と身を固くする。
騎士はぺらりと手に持っていた紙をめくると、矢継ぎ早に話し始めた。
「じゃ、とりあえず荷物まとめたらすぐに裏口に向かってね。馬車が来るからそれに乗って。これが退職金と、当面の生活費。向こうについたらそっちで指示に従ってー」
「ちょ、ちょっとまって」
唐突に手渡される革袋、つらつらと説明を続ける騎士に、慌てて話を遮る。
これから人探しと調べものをしようと思っていたのに、馬車に乗る?一体どういうことだろうか。
「あの、なんの話だかよくわからないんですけど…。もしかして、どこかで僕の呪いをどうにかできる手段が見つかった、とかそういう話ですか?」
「あれ?まだ聞いてなかったの?」
騎士は驚いたように言った。
「君、追放だってよ」
「え?」