第二十五話 地揺れ
「っ!?なんだ?迷宮で地揺れだと!?」
少し暗闇に慣れてきた視界の中、看守も慌てて周囲を見回しているのが見える。
ち、地下で地震?それヤバくない?
しかも地震は止まる様子もなく、大きく揺れ続けている。
……そして案の定、天井にヒビが走った。
「崩落だっ!!」
僕はフィデスとベンを引っ掴むと力いっぱい引っ張った。
状況が掴めていない二人は素直に従っていいものか迷っているけれど、何とか引きずってでもこの場を離れないと!
看守と騎士は異常事態にどうすればいいか戸惑っているようだ。
その少しの判断ミスが悪かった。
天井が崩落し、轟音を立てて崩れてきた。
滝のように落ちてきた土砂が僕らを飲み込もうとするのを、必死に走って逃げる。
松明の明かりでは視界が悪く、目の前に突然壁が見えたときは「終わった」と思った。
ぐい、と襟首を引かれ、視界のすぐ脇にあった通路へと引っ張りこまれる。
転がり込むように通路に飛び込むと、ようやく揺れが治まり、崩落の勢いも少しづつ弱まっていった。
い、生き埋めにならなくてよかった……。
看守と騎士は土砂の向こう側だろう。
生き埋めになっているかも、とも思ったけれど、あの身体能力なら逃げ切れるんじゃないかな。
追ってこないでくれると助かるけれど、それってつまり彼らに死んでいて欲しいと思っているわけで…。
なんだか、複雑な気分だ。
魔獣を倒したことは何度かあれど、人が相手だということがこんなに負担になるなんて。
早鐘のように打つ心臓の鼓動は、決して窮地の緊張感からくるものだけではないのだろう。
完全に崩落が止まり、しばしの静寂を味わった後、ようやく僕らは肺に溜まり切った息を大きく吐き出した。
生きてる。
何はともあれ、それがとにかく嬉しかった。
結局誰一人死んだりしなかったわけだし。問題の先送りかもしれないけど、後にも先にも人死になんて起こらないに越したことはないのだ。
「すまない、助かった友よ」
フィデスが傷を押さえながら言った。どうやら戦っている最中に看守に切られたらしい。
ヒカリゴケの近くへ引っ張っていき様子を見ると、二の腕がぱっくりと切れて血が流れていた。
うわぁ、痛そう…見ているこちらが貧血になりそうだ。
「うわっ、ざっくりいってんじゃん。ちょっと待ってな」
ベンは荷物から道具を取り出すと、テキパキと処置を始める。紐で傷口の少し上を縛り、止血用の軟膏を塗る。
流石は上級冒険者パーティのサポーター。手慣れている。
僕も後で教えてもらった方がいいかな?
「しっかし、地揺れに、崩落なんてな……」
包帯代わりの布切れを巻きながら、ベンが呆れたようにため息を吐く。
ここら辺は、やっぱり日本と違って地震は少ないんだろうか。
「それにしてもよく動けたね?私は地揺れの方に意識が行っていて崩落までは考えられなかったよ」
「故郷の世界では地震が多かったからね」
そうか、地震が少ないなら、看守が戸惑っていたのも無理はないのかもしれない。
「いや、地揺れの経験はなくはないけど。迷宮で崩落なんてするわけないだろ?」
「そうなの?」
「そうだよ。迷宮の壁っていうのはとんでもなく固い。破壊不可能なんて言われるくらいだ。地揺れや津波が起きたときは、一時的に避難所として利用されることもあるくらいだぜ」
「へぇ」
そんなに頑丈なのか。
確かにそれなら、崩落するというイメージは湧かないかもしれない。
古くなってたとか、老朽化は関係ないのかな?
「ないね。迷宮は古くなるほどに力を増す。この苔色の迷宮は出てくる魔物こそ弱いけれど、それなりの歴史がある迷宮だ」
「矛盾してない?」
「氾濫を起こした後の迷宮は難易度がぐっと下がるんだよ。苔色の迷宮は最近それが起こったばかり。まぁ、それはどうでもいいだろ」
迷宮って変なルールがあるんだなぁ。
とにかく、崩落を起こすはずのない迷宮で崩落が起こった、これは異常なのだということは理解した。
『てお~?』
「あ!テオ!肝心な時に見捨てて!」
『おん。て~てっおんおんん』
背嚢からテオが顔を出した。様子を見に来たらしい。
僕が怒ってもテオは素知らぬ顔だ。
一方ベンはなにやら悟ったような表情をして僕の肩を叩いてきた。
「やめときなよ。”精霊に水を頼む”って諺もあるんだ。精霊に頼みごとをする方が無理なんだよ」
精霊にコップ一杯の水を頼むと家を水没させられる、精霊は加減を知らず人の尺度で考えられない、という古事から転じて、”無茶なことを言う”という意味の諺らしい。
そう言われると、そうかもだけど。
「でも目の前で人が襲われてたら助けるもんでしょ」
『んお~』
こっちのことなど知らんという風に、テオは迷宮の見学を始めている。やれやれ。
「しかし、想定していたよりも居場所を特定されるのが早かったな…」
「まともな方法で追ってきたわけじゃなさそうだよな。正規の手順を踏んでりゃもっとかかるはずだ」
なにせ僕らが生きているのかどうかすら、宰相にはわからないはずなのだ。
現場検証、周辺の捜索、居場所の特定、騎士の派遣…正規の手順を踏んでいたらもっと時間がかかるはず。
たぶん、あの看守は、そういう手順を踏まずに独自のやり方で僕らを追ってきたのだろう。
「にしても、とんでもない強さだった」
「やはり祝福というのは凄いものだな。私もそれなりに身体強化には自信があったのだが…」
しみじみと思い返している二人。
ベンも上級冒険者パーティの一員ではあったけれど、それを一蹴できるほどに看守は強かった。
今回逃げれたのは運がよかっただけだろう。
………なんでそんなのが、牢獄の監守なんてやってたんだろう。
「はぁ。次出くわしたら、どうやって逃げよう…」
「持久力はどうかわからないが、あの堅固さと腕力なら、至近距離で出くわしたらまず終わりだな」
熊かな?
「……ちょっと待ちたまえ。迷宮は基本的に入口も出口も一つづつ。ということは、出口には彼らが待ち構えているのではないのかね?」
「「……………」」
フィデスの疑問に、僕らは黙り込むしかない。
それはそうだ。看守の目的が僕を殺すことなら、十中八九、出口で待ち構える。
もしかすれば、仲間を呼んで複数人で待ち構えているかもしれない。
これ、詰んでない?
「入口側を掘って出る…?」
「道具も無しに何日かかると思ってんだよ…食料だってほとんどないんだぞ」
そう、苔色の迷宮は初級者向けでさっくり終わると思っていたので、食料は一日、切りつめても二日分しかない。
フィデスの魔術は土を操れるようだし何とかならないかと思ったが、無情にも首を横に振られた。
「私の魔術はちょっとした範囲の地面を流動させる程度のものだ。この土壁に穴を開けようとしても、上から新たな土が落ちて開けた穴を塞いでしまう」
魔術を同時に二つ使うことはフィデスにはできないため、上の土が落ちてこないように支えるか、土壁に穴を開けるか、どちらか一つしか選べない。
土を支えれば掘るのは素手、穴を開ければ土が落ちる。
「………どうするんだよ。どうしたって逃げられないじゃないか」
ベンが頭を押さえ、力なく息を吐きながら座り込んだ。
戻る道はなく、留まれば餓死、進めば暗殺、行く手には魔物たち。
文字通り、八方塞がりだ。
「…でも、それならとにかく進むしかないんじゃないかな」
「おい、話聞いてたのか?外に出られたとしても、あいつらが待ち構えてるんだぞ」
「もしかしたら、いないかもしれない。もしかしたら、逃げおおせる方法を思いつくかもしれないよ」
「楽観主義者か?」
そうかもしれない。
でも、何もしないまま留まって死ぬよりは、前に進んでみた方が良いように思う。
「ここ数日、絶体絶命を何度も味わったからかな?さっきも結局なんとかなったし、足掻けば意外と何とかなるって思っちゃってるかも。………でもさ、このままここで魔物に襲われるか飢え死にを待つより、外を目指してみた方が希望がある気がしない?」
「そりゃ、そうだけどよ…」
「なんだったら、迷宮を出るときはテオをベンさんに預けて僕が最初に出ればいい。あいつに、二人を殺す理由はあんまりない、でしょ?」
看守は僕だけは死体が必要だと言っていた。
たぶん殺す対象は僕だけなんじゃないかと思う。
それなら、死体は腐らせたくないはずだし、二人は食料が持つギリギリまで迷宮の出口で待ってから出れば、看守は去ったあとかもしれない。
「………それは寝覚めが悪すぎるから遠慮しとく。でも、ま。そうだな。進むしかない、か」
はぁ、とベンがため息を吐いて立ち上がった。
フィデスは……なんかうるうるした目でこっちを見ていた。
え、なに?
「…素晴らしいっ!素晴らしい覚悟と献身だ、友よ!正直、君にそんな根性があるとは思っていなかった」
「それは失礼なのでは?」
「すまない、誉め言葉だ。君は素直で、謙虚で、嘘が無い。だから私は、君の全てを見透かしたつもりになっていたのだ。しかし、そんなことはなかった!君には広い大地のような重い覚悟と、包み込む空のような優しさがあったのだ!」
「そ、それは、どうも?」
そんな凄い決断を下した覚えはないのだけど?
「秘密を共有した時の甘美な味も私は好きだが、こうして秘された魅力を見つけるのも、なかなか乙なものなのだね……」
おっと、なんかしらんけどフィデスのスイッチが入ったっぽい。まずいぞ。
これまではベンにばかり行っていた興味がこっちにも向くってことじゃないか。
おい、ベン、笑うな、止めて!淡々と松明の準備しないで!
「よかったな、絆が深まったぞ」
「嬉しくない!」
「私は嬉しい!」
ぎゃー、抱き着くなーっ!
「ほれ、行くならさっさと行くぞー。最短で出れば看守も油断してるかもしれないしなー」
「釣れないなベン君。三人で一緒に睦み合おうじゃないか!」
「おい、危ねえって!火ぃつけてんだから!」
『てお~?』
騒がしいのに気付いてテオも戻ってくる。
絶望もどこへやら、ぎゃいぎゃいと騒ぎながら洞窟を進み始めたのだった。




