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第二十四話 望まぬ再会

午後は迷宮探索の道具や携帯食料を買い揃えるために時間を使った。

金銭にも余裕があるので、どうせならと装備も一部買い替える。

僕は新しく革の篭手を買い、ベンは新しい剣を、フィデスはブーツを買った。


新しい装備って、ワクワクするよね。中古だけど…。

新調すると革製品でも制作と調整に何日もかかるから、中古を買ってすぐ使えるように自分で丈を整えるのが冒険者の普通だ。安く済むしね。

お財布にはまだ余裕があるけれど、武器は大概高くつくので買わない。

贅沢を言えば剣と合わせて盾もほしいところだけど、そこまで高い買い物はできないな。

買えないことはないけど、旅費になるべく残しておきたいからね。ベンは貯蓄があるから剣を買った。


「明日向かう苔色の迷宮は、出てくる魔物も通常のスライムが主だから、松明を忘れないようにね」

「なんで松明を?」

「苔色の迷宮は洞窟型の迷宮だ。そこにスライムがいると、一番危険なのは上からの奇襲。でもスライムは煙に弱いんだよ」


買い込んだ数本の松明をまとめながらベンが言う。

スライムは全身が液体だからか、松明の煙を大量に取り込んでしまうことを嫌がるらしい。

天井に潜むスライムを炙り出すためにはランタンや魔石灯(ライト)よりも松明を持って入るのが良いそうだ。


買い物を済ませて翌朝、朝日の昇る前の早朝、荷物を纏めると宿を出た。

今日の空気はかなり冷えて、少し厚手の上着を着た。雪が降り始めるまでもう間もないだろう。


屋台飯を食べつつ迷宮に向かう。

朝早くても開いている店が多いのは冒険者に合わせてのことなのだろう。香ばしい香りが街中に漂っている。

味付けも冒険者向けなのか、塩気の多い味付けの料理ばかりだった。米が欲しくなる。


道中、同じく早朝から迷宮攻略(ダンジョンアタック)する冒険者たちと雑談。

豪快に笑う彼らは、早朝だというのに汗臭い。

これは革鎧から臭ってるな?

僕の篭手もしっかり手入れしないとこうなるのか…気を付けよう。

初めての迷宮だと言うと、背中をバンバン叩かれて激励された。痛いけど悪い気はしなかった。




苔色の迷宮までやってくると、この迷宮は人気が無いのか、入り口まで来ても他に人を見かけなかった。

苔色の迷宮は入り口の形も丘にぽっかりと口を開けた岩穴だ。

傍らに冒険者ギルドが建てた休憩所、という名称の掘っ立て小屋が建っているだけという簡素な見た目。

中は迷宮に氾濫の前兆などの異変が起きたときの連絡用の照明弾、怪我人を救護したりする簡易ベッドが備え付けてある。

大きな迷宮になると職員が駐在しているらしいが、ここは小さな迷宮の為無人なのだそうだ。


「じめじめしてるから人気が無いんだって。ヒカリゴケが綺麗だから景色は良いらしいけど、採取できるものが小さい魔石と食用苔くらいだから冒険者も小銭稼ぎくらいにしか来ないらしいよ」

「人目を気にしなくていいのはありがたいな」


早朝の明るい地上と違い、まるで遮光カーテンでも掛けているかのように、洞窟は入り口から一歩入ったところから真っ暗闇が広がっている。

ここはまだ迷宮ではなく、降り切ったところから迷宮に入るのだとか。


「奥は道が濡れてるから転ばないように注意して」

「はい」

『てお~』


テオもなんだかやる気十分のようだ。

魔力溜まりでも嬉しそうだったし、迷宮も嬉しいのかもしれない。

魔力が濃いと嬉しいのかな?僕にはその感覚はよくわからない。


やはり洞窟内は光源が無く、手を伸ばすと指先が見えなくなるほど暗い。

電灯の無い夜の田舎道を初めて見たときのことを思いだした。

暗闇の中に得体の知れないものが潜んでいるのでは、という漠然とした不安を感じる。


早速松明に火を灯し、洞窟に足を踏み入れる。

松明の明るさは、正直、電灯とは比べ物にならないくらい弱い。

明るさにムラがあって床や壁は細部まではよく見えないし、無いよりは全然いいけど安心できるほどではない。

先頭を慣れているベンが、真ん中を僕が、最後をフィデスが歩く。

真ん中が僕なのは一番旅慣れてないからだ。何かあったら前後から二人がサポートしてくれるだろう。


洞窟を下ってようやく地面が少し平らになる。

空気は肌に張り付くような湿り気を帯びているけど、ひんやりと寒い。長いこと居たら風邪をひきそうだ。

松明の周囲はほんのり暖かいので、松明のありがたさが増した。


「この奥にアーチ状の門があってな、そこから先が迷宮だ」

「ここはまだ迷宮じゃないの?」

「この辺りはまだ自然窟だそうだ。だから魔物もここには出てこない。準備があったらここで済ませておけよ」


迷宮には「ここから先が迷宮」という境になる部分があるようだ。

その言葉通り、少し進むと洞窟の雰囲気とは違う、人工的な石造りの門が現れた。


「ここの迷宮は古代の遺跡の一部を再現しているらしくて、ところどころこういった人工物があるらしい。いつの時代の物かはわからないけど」


ということは、”人”工物ではないんだな。人工物を再現した自然物?よくわからん。

触ってみても普通に石の柱だ。これが地面から突然生えてくる迷宮ってなんか怖くない?


「それじゃ、進むか」

「初めての一歩だ…緊張する…」

「ははは、そんな気を張るもんじゃないよ」


ベンにとってはいつもの一歩かもしれないけど、僕にとっては大きな一歩だ。

気を引き締めて足を踏み出そうとした…ところに、声を掛けるものがいた。


「ようやく…見つけたぞ」

「え?」


振り返った直後、ひゅん、と風を切る音と、なにかが顔の横を掠めていく感覚と共に僕のフードがはらりとめくれる。

背後にカツン、とナイフが突き立ち、今しがた僕のフードを飛ばしたのはそれだとわかる。

理解すると同時、背中を冷たい汗が伝った。


声の主は前髪を掻き上げこちらを凝視している。その顔には見覚えがあった。

僕に最初に死の恐怖を植え付けた人物……囚人護送馬車の、看守だ。

その後ろにはもう一人の騎士を連れている。


「黒髪は流石に誤魔化せないよなぁ。生きてやがったか。やっぱり、そっちの赤いのが男爵令息殿か?」

「後ろへ!」


ベンの声にハッとして、ようやく我に返る。

それと同時、目の前で剣戟が鳴った。いつの間にか看守が次のナイフを放ち、それをベンが剣で受け止め払ったのだ。

松明が地面に落ち、明かりが弱くなる。

質問してきたのは別に答えが欲しかったわけではなく、油断を誘うためなのだろう。既に看守はこちらへ走りだし、間合いを詰めていた。

それをフィデスが迎え撃つ。


「《堅牢》!…あんたが身体強化できるのは知ってるぞ。だが俺の祝福まで貫けるとは思わないことだな」


フィデスの剣が看守の肩を打った、と思った瞬間、硬いものに当たったように高い音を響かせてフィデスの剣が跳ね返された。

薄い光の靄に覆われた体…あれは”森の砲弾”たちと戦っているときに見せていた祝福だ。

森猪の突進でも揺るがない、鉄壁の守りの祝福だったはず。確かにそれを人の力で超えようとは、無理があるかも!


「なら、君が疲れるのを待つかな!」


フィデスとベンが代わるがわる、周囲の騎士と打ち合っては看守と打ち合って、を交互に繰り返す。

凄い、息がぴったりのコンビネーションだ!

僕?僕は足手まといなので剣を抜きつつ殆ど壁でじっとしてます。


ベンの攻撃を何度か受けて、看守は眉根に皺を寄せた。


「そっちのは初めて見る顔だ。何か弱みでも握られてるのか?こいつらは犯罪者だ。わかってて一緒にいるか?」

「え、ええっ?犯罪者!?そうだったの?………なぁんてねっ!!」


ベンは驚いたようなフリをして、看守の力が一瞬緩んだところを狙って剣を跳ね上げた。

看守の剣が飛ぶ。


「ちっ、犯罪者がもう一人追加だ」


看守が手を出すとすぐに相方の騎士が自分の剣を投げ渡す。

騎士は腰から予備の剣を抜くとこちらに背を向けることなく飛ばされた剣の回収へ向かっている。

こちらも連携ができているようだ。

で、でも、使い慣れない剣を使っている間の方がまだ勝算があるよね?


「動くんじゃねぇ!」

「ひぃ」


そろりと下がろうとしていると、足元にナイフが突き立った。逃がす気のない看守に、思わず喉から悲鳴が漏れる。

ここしばらく魔獣の襲撃も受けずに過ごせたと思ったら、これだ。

どうやら僕は平穏に生きることを禁止されているようだ。


『てお?』


フードが脱げたからか、下でくつろいでいたテオがようやく顔を出してくる。

……そうだ、テオ!


「テオ、あ、あいつを追い払ってくれない?」

『ておん?………てっおん、おっおおんん』


テオは看守と騎士を見たあと、目を細めて首を振った。

なにそれ。できないってこと?


「頼むよ!命の危機なんだ!」

『んお~』


断る、と言うように背嚢の中へ、正しくは中に入っている石の中へ、ひゅるん、と潜り込んで行ってしまう。

は、薄情者!こんなときに見捨てるやつがあるか!


「ぐっ…だめだ、硬ぇ!」

「身体強化もかなりの練度だ…君、そんなに強かったのだね!」

「お褒めにあずかりどーも。諦めてさっさと死んでくれないか?こっちも急いでるんだ」


ベンもフィデスも苦い顔をしている。そんな、二人がかりでもどうしようもないなんて!

じりじりと押され、後退していくしかない。後ろは迷宮、入ったところで逃げ場はない。

看守は騎士から剣を受け取り、二刀流の構えを見せる。

ちらり、と看守が僕の方を見た。


「逃げろ!」


看守がベンとフィデスの二人に同時に切りかかった。

ベンの言葉に僕が反応するより早く、騎士が二人の脇をすり抜け、僕の目の前に迫る!


「ひっ」


そこで首が飛ばなかったのは奇跡だった。

たまたま握りしめていた剣を反射的に立てると、そこへ騎士の剣戟が炸裂した。

ぎりぎりと押し込まれそうになるも、篭手と剣で阻み刃が肉体に到達することをなんとか防ぐ。


しかし一撃を防いだだけで僕は全身から汗が噴き出して手が震えていた。

やばい……やばいってこれ!

殺気を宿した人間に切りつけられるのって、魔獣の殺気とは違った恐怖がある。

日常の狩りの延長線上で襲ってくる魔獣と違い、彼らは明確に、()()()()()()()を磨いてきている!


「迷宮の中なら”魔物に喰われた”で話が通る」

「ぐ…」


看守はベンとフィデスの二人を相手取っているにも関わらず、攻撃が通らないのを利用してどんどんと後退させていく。

もはや迷宮の門に足を踏み入れてしまいそうだ。そうなると、魔物に襲われる危険だってある。


騎士がまた剣を構えている。呼吸が荒くなる。体が強張る。

直後、腹に重い衝撃が走り、後方に吹っ飛ばされた。目玉が飛び出しそうな気がする。

蹴られたことに気が付いたのは背中が地面についてからだった。

あまりの痛さに腹を押さえて悶える。内臓破裂してるんじゃないだろうか。

嫌な汗が噴き出して、全身が痛い。胃液が喉を上がってくる嫌な感覚がする。

こんな目に遭うのは人生で初めてだ。


「…おい、そいつの死体は必要なんだ。変に切り口はつけるなよ」


思い出したように看守が言う。

落ちた松明の火が遂に燃え尽き、周囲を暗闇が満たした。

痛みで動けない中必死に周りの音を探ると、暗闇になる瞬間を狙って看守と相対していた二人も僕のいる辺りまで下がってきたようだ。


「くっ、打つ手がない…ここは逃げの一手しかなさそうだ」


暗闇の中、隣で声が聞こえる。フィデスだ。

腕を掴まれて何とか立ち上がる。

僕にはもう自分の手元すら見えない真っ暗さだが、フィデスとベンは手探りで壁だけ避けて進んでいく。


「自分から飛び込むとは、どうも。手間が省ける」


しばらく進んで、聞こえてきた低い声に背筋が凍る。

暗闇の中では看守と騎士の姿は全くと言っていいほど見えない。それでもそこに存在を感じた。

ど、どうしよう。


「…逃げたまえ、ユート君。しばらくの時間稼ぎをしたら、私たちも追いかけよう」


フィデスの言葉に、一瞬は、納得しかけた。

でも。……僕だけ、逃げる?

……それは論外だった。僕の性根はそれができるほど柔らかくない。


「ね、狙いは、僕なんですよねっ?それなら、二人は見逃してくれませんかっ!」


気付けば闇に向かって二人の命乞いをしていた。

さっき看守は"僕の死体が必要"と言った。

つまり二人は僕に巻き込まれただけの人だ。特にベンは。ここで死ぬ道理は彼らにはないだろう。

しかし、現実は非情だった。


「見逃す理由がない。諦めろ」


取り付く島もなく看守は言い、すらりと剣を抜いた。

駄目だ、終わった。

そう覚悟を決めたとき。


迷宮が、揺れた。

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