第一話 事の始まり
「魔力含有量………ゼロですね」
「ぬぁぁあーーーーん!」
慈悲のない言葉に、泣きながら僕は崩れ落ちた。
魔術省の一室にて鑑定士に体内に保持している魔力の量を測ってもらっていたのだが、案の定というかなんというか。
これがダメだと本当に僕は無能ということに……
「落ち込まれないでください、この数値は勇者の方々は軒並みゼロであるのが普通ですから…」
鑑定士の人は慰めてくれるが、僕にはこれが最後の希望だったのだ。
勇者として召喚されてから数か月。
様々なテストを受けたが僕に与えられた祝福は”不明”のままだった。
他の勇者たちは次々と特異な能力が明らかになる中、戦ってもダメ、勉強してもダメ。
「……これもダメだとすると、なんの役にも立たなくない?」なんて声もあちこちで囁かれ始めた。
あまりに何をやっても平均を超える数値が出せないため、人間には本来不向きな魔術方面でもテストを受けてみることにした。
結果は…ダメだったわけだけど。
元々、地球には魔術がないせいか召喚された日本人には魔術を扱うための器官が備わっていないらしい。
器官といっても、こっちの世界の人は内臓が一つ多いとかそういうことではなくて、まだ詳しくは解明されてないけれど、魔術というより魔力そのものを扱うための何かが足りていないらしい。
じゃあ何にしろダメじゃん、と思うかもしれないが。思うかもしれないが!
もうこれ以外に何もなかったんだ…。
「あー…ユート。そう落ち込むなよ」
「持てる者に持たざる者の気持ちがわかるかー!」
「………ごめん」
慰めに肩を叩いてくる《強化》の祝福を持つ勇者仲間のアツシ。
いや、そんなガチトーンで謝られるとこっちもごめんというか。
彼だけは大学、地球にいたころからの知り合いだが、この真面目過ぎるところは扱いに困ることがある。
「はっは、無能確定してやんの」
対してこの不躾な言葉を浴びせてくるのは中坊のセイヤ君である。
思春期真っ盛りの中学一年生であり、《怪力》の祝福を持っている戦闘の要となる存在だ。
つまるところ、天狗である。もう褒めちぎられて有頂天。礼儀なんて知ったこっちゃないって感じだ。
無能の僕からは心底憎たらしいちびすけである。
「セイヤ君、そんな言い方はないじゃないの」
めっ、と叱ってくれたのは勇者の最年長、ミオさん。
《治療》の祝福を持つ元看護士さんで、どんな傷も治す、優しさ溢れるまさしく白衣の天使である。
今年28だそうだが、おっとりした雰囲気が大人のお姉さんという感じで頼りになる人だ。
ただ、こちらの世界だと年齢が気になる人が多いようで「完璧なのだが、年齢がな…」「もう少し若ければ結婚を申し込んでいたのに…」という声がよく聞こえる。
本人が笑顔で怖い顔していることを彼らはまだ知らない。
ここにはいないが、他にも《韋駄天》、《切断》、《結界》の祝福を持つ勇者がいる。
どの能力も戦場では役に立つことだろう。
………それに対して僕は。
考えてまた落ち込む僕を、三人ともやれやれといった風に見ている。
「ともかく国王陛下に報告はしないとな」
「今回もダメだったって?」
「セイヤ君っ!」
「まー、安心しなよ。ぼくらが魔王を倒せば、無能でも平和に暮らせるからさ」
「この子は~っ!次怪我したとき、おもいっきり痛くしてやるんですからね!」
「げっ…」
ミオさんに叱られて青い顔をするセイヤ。
ミオさんの治療は痛みもなく綺麗に治すこともできるが、本人の気分次第でめちゃめちゃ痛くすることも可能だそうだ。
具体的には治療中の痛覚を切断しないで治すのだとか。細胞が再生する際、痛覚は生きてるので傷口を撫で回されているような痛みがするらしい。……こわ。
戦闘で前線に立つことの多いセイヤにはこれ以上ない脅し文句だろう。
そのおかげか、ミオさんには頭が上がらないようである。
僕?僕は前線に立たない=怪我をしないのでまだミオさんのお世話になったことはない。
「俺たちは戦闘訓練に向かうが、ユートはどうする?」
「……今日は読み書きの勉強に費やすことにするよ。本が読めるようになれば、帰る方法もわかるかもしれないし。僕が唯一役に立てることだから」
「そうか。体を動かしたくなったらいつでも訓練場に来てくれ」
僕らは勇者として召喚されたはいいものの、帰る方法はなかった。
当時は帰れないと知って衝撃を受けたが、だからと言って諦めるものでもないだろう。
呼べたんだから還す方法だってあるはずだ。
今のところ僕ができることと言えば勉強くらいのものだった。
神様はこちらの世界の言語を授けてくれたおかげで会話に問題は無いのだが、文字の知識はくれなかったようなのだ。そのせいで本が読めない。
本が読めないと召喚の魔術について調べることもできないから、まずは時間に余裕のある僕が文字の勉強を率先して行っているのだ。
しかしこれがまた難しい。
こちらの世界の文字の特徴に、単語の意味によって文字の形が変わるというのがあるものだから性質が悪い。
いや、難関言語である日本語が言えた義理ではないんだけど、単語に「陰」と「陽」の属性が決まってて、どちらに属するかで文字の形が変わっちゃうんだよね。これがややこしい。
ヒアリングができてるんだったら文字さえ覚えちゃえば読むのは簡単じゃない?とか思っていたのにこれだ。
言語は授けてくれたがその辺の語法とか細かい知識はくれなかったせいでここは一から勉強する必要がある。なんてこったい。
その日も、辞書をめくってメモをしていたらあっという間に日は中天に差し掛かってきてしまった。
「うー……背中痛ぇ」
ずっと座学だったせいですっかり体が凝り固まってしまった。
ごきごきと解して、一息つく。
「アツシたちはまだ訓練中かな…」
ぼんやりと外を眺めて呟く。
午後は僕も素振りをして過ごすのも気分転換になっていいかもしれない。
……勇者の面々に身体能力一般人の僕が近付くのは危ないから、どのみち一緒に訓練はできないんだけど。
昼食を終えて訓練場へと出向いた僕を迎えたのは、不機嫌そうな顔をしたセイヤだった。
「えー、無能さん、訓練場使うの?ぼく、本気出せなくなるんだけど」
う…ごめん。でもむかつく。
「いいじゃないか、ユートも体を動かしてる内に何かできることが見つかるかもしれないし。それにセイヤ、手加減を覚えるのは必要だぞ。戦場は自分ひとりじゃないんだからな」
「……ちぇ」
アツシに言われ、あからさまにむくれるセイヤ。
確かに戦場で仲間を巻き添えにしながら戦うのは不味いね。
セイヤに手加減させるため。よし、僕が訓練するための名目ができたぞ。ありがとうアツシ!
「じゃあ僕はこっちで素振りしてるよ」
木刀を用意して訓練場の隅へ向かう。
隅の方には訓練用の木人が何体も並べられていて、僕の他にも何人かの新兵らしき人たちが必死に打ち込みを行っていた。
僕も打ち込み方を教えてもらったくらいなので新米なのは変わらないだろう。
何度か木刀を振って調子が出てきたかな、と思ったころ。
突然、顔の横を石の礫がひゅん、と飛んで行った。
「!?」
何事かと思って振り返れば、大量の土煙。
その真ん中で騎士と戦っているのはセイヤだった。
拳を地面に叩きつけるだけで地表に亀裂が入り、衝撃で巻き上げられた土がもうもうと立ち込める。
さっき飛んできた礫も衝撃で飛んできたものの一つだったようだ。
「おらおらぁ!」
「ちょ…セイヤ殿!盾が!」
相手役の騎士が持つ、鋼鉄製のはずの盾がめこめこと凹んでいく。
と、そこへ別の騎士が切り込んだ。
「油断めさるな!」
「してねーよっ!」
訓練用に刃を潰した剣ではあるが、あろうことかそれに拳で対抗するセイヤ。
篭手をつけてるとはいえ流石に危ないのでは。
案の定、篭手に剣がめり込んだ。セイヤはそれに驚いた顔をする。
騎士の後ろを見れば、少し離れたところにアツシが立っていた。どうやら相手役の騎士にはアツシが《強化》をかけているらしい。
「ほら、油断してるじゃないか」
「ちっ。《強化》がかかってなけりゃ折れてたっての!」
「それを油断って言うんだよ」
アツシの言葉にムキになったセイヤがさらに突っ込んでいく。
すげぇ、やっぱり人外の戦いだ。
人間技ではない力で巻き起こる戦いの余波に、自分との違いをまざまざと見せつけられた気分になった。
僕の目の前にあるのは、物言わぬ藁束の人形。それを壊すことすら、僕にはできない。
……僕がやっていることに、一体なんの意味があるというんだろう。
僕が居ることに、なんの意味があるんだろう。
そう落ち込みかけていた、その時だった。
「…………危ないっ!」
「えっ?」
突然の声に反応する間もなく。
視界が少し暗くなり、すぐ耳元で、金属音が鳴った。
数テンポ遅れて顔を上げると、そこには大きな盾と、それに食らいつく巨大な狼の姿があった。
「えっ、えっ?」
「早くお逃げください!」
「なんだこいつ、一体どこからここに入った!?」
混乱する僕を他所に、恐らくアツシの《強化》を受けているのだろう騎士たちは素早く陣形を整えていた。
その前に現れる、一回り小さいもう二匹の狼。
………逃げなければ。
何の力もない僕にはとてもじゃないが狼を倒すことなどできない。
そうして騎士たちに守られながら横の建物に避難しようとすると。
「!?」
「こいつっ」
三匹とも、視線がこちらに向いた。
すぐ傍に僕と同じくひ弱な新兵たちが腰を抜かしているというのに、その目は騎士に守られている僕から逸らされることはない。
「なんだよ、こいつ。無能さんモテモテじゃん」
「待ってセイヤ、君にも《強化》を掛けるから」
セイヤにも《強化》の光が降り注ぐ。
その途端、視界から掻き消えるほどの速度で動いたセイヤが、巨狼の体を拳で射貫いていた。
壁に激突し盛大に血を吹き出す巨狼の姿に他の二匹が狼狽える。
「こんくらいのに負けてちゃ魔王となんて戦えないかんね」
口は悪いけど、やっぱりセイヤは強い。改めてそう思った。
その後は騎士と連携して、難なく狼を倒していく。
すぐに制圧が終わり、魔獣たちを興味深げに眺めるアツシ。
「どこか壁に隙間でもあったのかな?」
「……いや、ここは曲がりなりにも王都ですぞ。魔獣除けの結界も貼ってあります。並みの魔獣はよほどの理由がないと近付きすらしません」
「よほどの理由…ね」
………これが、僕が魔獣を呼んだ、最初の事件となった。