第十七話 出立
「おや、一日で出立かね?」
「うん。冬になる前にソルスの町に稼ぎに行くんでね」
「そうか、あんたら三人とも冒険者か。ソルスには迷宮が多くあるからな」
ベンの冒険者証を確認して門番が頷いた。
「今日は出ていく人が多いな。昨日は色々騒ぎがあったから、商人が不吉だと言ってたよ」
「そ、そうですか」
「あんたらもたくさん稼いで今度は観光にでも来ておくれよ」
僕らの冒険者証もさらっと確認すると、あっさり街の外へ出ることができた。
手を振って門番に別れを告げる。
「こんな簡単に出れちゃっていいんですかね」
「問題なのは入るときだ。昨日は緊急事態だったから半ば見逃されたようなものだが、本来ならあの規模の街に入るのは厳密な検査をされるものだよ」
「次の目的地のソルスの町はちょっと緩いから、冒険者証があればとりあえず通れると思うけどね」
都市ごとに審査が違うんだね。
コメータは規模が大きいのと王都に近いのとで審査は厳しめらしい。
………審査を飛ばせたのは”森の砲弾”に感謝なのかも。
ただ、街を出た記録は残ってしまっているらしいから、ムノーの正体が呪いの勇者だとバレると行動が筒抜けになってしまうわけだね。気を付けないと。
「それで、次に向かう町って?」
「今日のところは隣町で一泊するよ。一旦の目的地は迷宮の町、ソルス。周辺に迷宮を3つも抱えている町で、魔道具の輸出で潤ってる町だね」
「一攫千金を目指す冒険者がこぞって目指す町だ。年々規模が拡大しているそうだな。その分、治安も少々悪いようだが。人の出入りは多いし、しばらく札付きの我々が身を隠す余裕はあるだろう」
輝かしき高ランク冒険者を目指して迷宮に挑みに来た若者が挫折し、身を持ち崩して荒くれものと化す。
たくさんの冒険者が集まるとそういうことも起こりやすくなるのだろう。
『ておぉっ』
「テオ、なんかやる気に満ちてる顔してない?」
ふんす、と鼻息荒い感じでテオが意気込んでいる。
やめてよね、厄介ごとを巻き込むのは。君だって厄介ごとから来たんだし。
え?お前が言うなって?
「隣町までは少々距離がある。一晩くらいなら野宿もできるが、私たちには今は蓄えがない。節約のためにも早めに歩くぞ」
「は、はい!」
フィデスの声かけで、少し歩くスピードが上がる。
道も整備されていて平坦だし、まだ歩くのはキツくはない。息が上がらない程度のペースで歩けている。
いいよなぁ、こっちの世界の人たちは。
身体強化を使えれば僕も二人のように町から町へ走っても平然としていられるのだろうか。
「そういえば、この世界の人は皆、身体強化が使えるんですか?」
「いや、魔術の素養が必要になるから、全員ではないな。比率としては七割くらいではないかな?」
「使えるって言ってもピンからキリだけどね」
「身体強化を冒険者として実用的なレベルで使えるのは三割もいないだろう」
「えっ、じゃあ二人とも、その三割に入ってるんですか」
「三割の中のキリの方だけどね。オレとしては、貧乏男爵の次男坊があんだけ動けるのがワケわかんないけど」
「おや、本職にも誉めてもらえるとは嬉しいね」
「いや誉めてはいない」
仏頂面でベンが口を尖らせている。
本職に呆れられてる貧乏貴族ってなんなの?
もう冒険者として生計経てた方が稼げるのでは?あ、もう冒険者になったのか。
「魔術の素養って言うのは、努力でどうにかなるものなんですか?」
「最も左右する要素が生まれ持った才能。次に幼少期の環境。努力で補えるかと言われると難しいかな」
「フィデスさん、どんな環境で育ったんですか…」
「おっと、ムノー君、今の私はアイムだよ。気を付けてくれ」
「あ、すいません」
そうだった。今は新しい身分で生活しなきゃいけないんだ。
なんだか、違う名前で呼ばれるって新鮮だなー。
この世界にやって来た時よりも、新鮮味を感じる。名前ってやっぱ大事なんだね。
「魔術師から貴族になることも多いから、貴族は比較的魔術の才能が高い人が生まれやすいとは言うけど、それで食べていける人はほとんどいないよ。よっぽど環境に恵まれてたとか?」
「それはあるかもしれないな。私の実家はスぺキアの端、森人の国と境を接する辺境にある。そのせいで土地の魔力は濃かったのではないかな。………あんな風に」
フィデスが指さす方向を見ると、道の先は林に通じていた。
あれが一体何なのだろう?と思っていると、ベンが驚いた顔で言った。
「え、あれ、もしかして魔力溜まり?」
「そのようだ。地図にない林がある。ここ数日でできたもののようだ」
「数日で林が?」
そんなことがあるのか。
林は木々の隙間は広く見通しはいいものの、腰の高さまで伸びた草木もあるし、木の表面が苔むしているものもある。
地図を見るとそこは少し前は何もない平原だったはずなのに。
どうやら魔力は自然の中に大量に発生するとこんなことも起こすらしい。
まったくもってファンタジー。
異世界さまさまな現象である。
『ておぉ』
テオも身を乗り出して感心したような声を上げている。
凄いよね。
でも頭の上で動かれると落ちそうで怖いから戻ってくれる?
「迂回するか?」
「いや、このまま進もう。できたばかりの魔力溜まりなら魔獣の数も少ないだろうし。迂回すると今日中に次の町に着けない」
経験者であるベンの指示に従い、林を抜けることにする。
魔獣の数が少ない、というのは、元々平原だったところに住んでいた魔獣は逃げ出しているかららしい。
樹林を生息域にする魔獣が住み着くにはまだ早いし、繁殖もしていないだろう。とのことだ。
それなら僕でも安心だね。
ちなみに今も僕の周囲はもっくもくである。そろそろ燃え尽きる香もあるから取り替えなきゃ。
林の近くまで来てみると改めて、これが数日でできた林?と疑いたくなる光景が広がっていた。
木々は高く伸びて空を隠し、街道は半ば草に覆われて獣道に変わり始めている。
『てお~~っ!』
「あっ、テオ!」
今まで僕の頭に張り付いて動かなかったテオが、林に入った途端嬉しそうに飛んで行ってしまった。
……なんか、捨てられた気分だ。昨日出会ったばかりだけど。
いいもん、別に僕が飼ってるわけでもないし、テオが自然に戻るのならそれに任せるつもりだったし。
木々の向こうから『て~お~』と楽しそうな声が時折聞こえる。
フィデスとベンが僕の肩を慰めるようにぽんぽんと叩いた。
「さっそくテイマー廃業か…」
「唐突に来たんだ。唐突に帰ることもあるさ…」
それほんとに慰めてる?
遠くなっていくテオの声を見送りつつ、気を取り直して歩く。
立派に育った木々を見て、ベンが話題を変えるように言った。
「次の町は木こりを募集してるかもね」
「なんで木こりなんですか?」
「魔力溜まりの木は急激に成長するだろ?だから年輪が無い珍しい木材が採れるんだ。魔力の濃い土地で育った木材は質も良いし、高値で売れるんだよ」
「なるほどぉ」
確か年輪って一年の間に季節によって日照時間や気温が変わるからできるものなんだっけ。
数日で種から木に伸びちゃったらそりゃ年輪もできないよなぁ。
魔力溜まりでできた木材は年輪が無い代わりに普通よりやや色は濃く、滑らかで均一なのだという。
職人によっては好き嫌いが分かれるそうだけれど。
「フィ……アイムの故郷も魔力溜まりが?」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」
「え、なんですかそのはっきりしない感じは」
「いや、実家のすぐ近くに森があるのは確かだが、そこが魔力溜まりかどうかは私にはわからなくてね」
わからないもんなの?自分ちの近くでしょ?
「ああ、ムノー君には魔術どころか、魔力の知識や感覚がないのか」
「そうですね。ないです」
ゲームとか漫画とかオタク知識でいいならいろんな魔術について知ってますけども。
確かにこの世界の魔術については全くと言っていいほど知らないですね。
とりあえず「たそがれよりくらき~」とか詠唱しておけばいい?
「そうだな、まずは魔力を殆ど持たない人々が勘違いしやすいところから。”我々にも魔力というものそのものを感じ取ることはできない”ということは言っておこう」
「そうなんですか?」
感じ取れないのにどうやって魔術を使ってるんだろう?
「魔力検査を受けたことはあるかね?」
「あります。こっちに来てしばらくした頃に。でも勇者には魔力は無いって言われちゃいましたよ」
「うむ。あれは、人の体の中にある”染まった”魔力を計測しているものなのだよ」
「”染まった”?」
「体内で精錬された、人が使えるように加工された魔力のことだ。含有魔力とも呼ぶ」
自然の中にある魔力を取り込んで、自分が使いやすいように作り変える。
それを使って人は魔術を使うそうだ。
ああ、なんとなく頭の中の情報が、点と点が線に繋がった。
前に魔術学者の人が言っていた「勇者の体には魔術を使うための器官がない」ってそういうことか。
僕ら勇者には、自然から魔力を取り込んで使えるように加工する器官がないんだ。
魔力の無い世界から来たのだからそりゃそうなんだけど。っていうか、こっちの世界の人のその器官はいったいどこについているの?
「それは物質的には存在していないそうなんだ。魂から血管のように体中を巡っているそうだが」
物質的には存在しない…なんだかスピリチュアルな話になってきたな。
まぁファンタジー世界なんだからいいか。実際、幽霊みたいな何でできてるのかわからないものもいるし。
「話が少しずれたが、我々人間に観測できるのは基本的に、精錬された含有魔力だけなんだ。自然界の魔力を観測するには特殊な祝福や才能、専用の魔道具なんかが必要になる」
「だから、魔力だまりに溜まってるはずの魔力も見えないんですか」
「そういうこと」
自然界の魔力が見える人は重宝されるが、自然界の魔力は日常に溢れていているので、それが見える人には世界が鮮やか過ぎて苦痛らしい。
普段は教会の特殊な部屋で保護されているのだそうだ。
見え過ぎるのも大変なんだね。
「私の実家が魔力だまりかどうかは計測したことがないのでわからないが、まぁ私の魔術の才はそこで培われたものなのだろうな。よく森の中に遊びに行っていたし」
「子供のころから火遊びが好きだったのか?よく魔獣に襲われなかったな」
「日頃の行いが良かったのでね」
森の中、特に魔力が濃い場所は魔獣が集まりやすい。
魔獣は魔力を餌にするからだそうで、魔獣からすれば人間は魔力を溜め込んで移動する餌袋なのだそうだ。
だから魔獣は人を見ると襲ってくるんだね。
僕は魔力もないのに何で襲われるんだろう…やはり呪いか。
「ん?じゃあ、魔力溜まりって魔獣が集まってくるんじゃないですか?」
「そうだよ。魔獣が魔力溜まりの源泉を陣取ってボスになる。だから早くここは抜けてしまいたいんだ」
「それを早く言ってくださいよ!」
魔獣にとって、この林は餌の湧き出る泉ってこと?
さっさと逃げなきゃじゃないですか!やだ!
ベンによると、魔力溜まりのボスは源泉を狙ってきた魔獣と戦い、余所者が勝つとボスを食って入れ替えになる。
それを何度も繰り返していくので、ボスは基本的に強いらしい。
名前持ちが湧くこともよくあるのだとか。
天然の蠱毒じゃんそれ。こわ。
「ここはまだできたばかりだから、そこまでのサイクルは起こっていないはずだよ。出てきたとしても狼系の上位種じゃない?それならオレでも撒くくらいはできるよ」
「ならいいですけど……」
段々とこの林が恐ろしく見えてきた。
テオにお別れも言ってないけど、早々にここを抜けてしまうことにしよう。
魔獣除けを炊いてるとはいえ、魔獣が呪いに惹かれて寄ってくるかもしれないし。
そこからは皆、黙々と歩を進めた。
街道はまだ残っているので、それを辿れば迷うことはなさそうだ。
「………?」
ふと、ベンが眉を顰めて周囲の地面を見渡した。
「あれ?どうかしたんですか?」
「ん…いや、なんでもない」
ベンはしばらく草木を眺めていたようだったが、しかし疑問を振り払うように首を振った。
珍しい花でも生えてたのかな?
林の奥へと歩いていく三人の気配を、遠くから嗅ぎ付けている存在が居た。
のそり、と。
身を潜めていた巨大な影が、その身を震わせた。




