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第十六話 苦い思い出

「……準備はこれで大丈夫かな」

「ねー、向こうでもちゃんとお風呂入れるよねぇ?」

「お風呂は難しいでしょうけど…衛生はしっかり意識してもらわないと困りますねぇ」

「え!お風呂ないの!?」


賑やかな声が聞こえる。

見れば、城の倉庫で装備を整える仲間の勇者たちの姿があった。

そういえば、もう来週にはここを発つのだったか。


「僕も一緒に行くよ!」


置いていかれる、そう思って声を出した途端、急に場の空気が冷ややかなものに変わった。


「ユート……」

「無能さんが一緒に行ってどうするわけ?自分の身も守れない人が来たところで邪魔なだけなんだけど」

「………」


アツシが小さくため息を吐き、セイヤの憎まれ口が飛ぶ。

…あれ?いつもなら誰かしらが(たしな)めるのに、今日は皆が静かだ。


「で、でも僕も一応勇者だし。なにか、雑用でも役に立てるかもしれないし」


僕だって役に立ちたい。

異世界召喚されて、国から「助けてくれ」と頼まれておいて邪魔者なんて、悲しいじゃないか。

僕は何のためにここにいるんだ。


「ちょっとの雑用のために、たくさんの迷惑をかける気?」


険のある声を上げたのは《韋駄天》の祝福を持つ女子高生、サツキだ。

サツキは、本当に前線に出るのかと思うような軽装をしている。

彼女の祝福《韋駄天》は高速を誇るものの(パワー)はあまりなく、戦闘にはあまり向かないため、戦場でのメッセンジャーや援護、救護要員として活動する予定だ。


本来青春真っ盛りのはずの女の子が、召喚されて血生臭い戦場へ立たなければならない。

それでなくともこちらの世界は日本と比べると科学の発展が遅く、スマホが無ければ動画も無く、化粧品も碌な物がない(らしい)、日本と流行が全然違う、全体的にダサ過ぎて嫌になる。

普段からそう言いつつも、この世界を救うため、前線へと赴こうとする気概のある少女だった。

最も日本へ帰ることを切望している人物でもある。


行かなくて済むなら行きたくない。そう公言する彼女からの、暗に「来るな」という言葉に、僕は何も言い返すことができなかった。


「……でも、何かしたいんだ……」

「ユート君…私は治療班だけど、あそこでもユート君は入れないと思う…」


ミオさんも気まずそうに俯いた。

サツキは僕の方を睨みつける。


「荷物持ちも騎士の方がたくさん持てるし、騎士たちの方があたしたちをちゃんと守ってくれるわ。それともなに?あんたは命張ってあたしたちを守ってくれるの?」

「……必要なら、そうするよ」

「ユート!それは無駄に命を散らすことだ。わからないのか!勇気と蛮勇は違う!」


だって、だってしょうがないじゃないか。

役立たずのまま生きるより、役に立って死ぬ方が、何倍も意義があるじゃないか。

僕にはそれくらいしか、皆の役に立つことはできないんだ!


「「「だから、邪魔だって言ってるんだよ、この無能っ!!」」」





「……………はっ」


体がびくりとして、目が覚めた。

今見てたのは、夢? …ここは?

ああ、そうだ。コメータの冒険者ギルドで調べものをしてて、つい座ったままウトウトしてしまったようだ。


………酷い夢を見たなぁ。

あれは一年目、冬になる前に一度実戦を経験しておこうということで短期間だが魔王領に皆が向かうことになった時だ。

あの頃は呪いの噂が本格化してきて、自分を責め苛んでいた。

自分が死んで、英雄譚を一言でも僕のことで飾ることができれば本望だと思っていたし、何もできないどころか迷惑を掛けていることが死ぬほど辛かった。

今では、少しは仕方がないと割り切って考えることができるようになったけど。

当時の視野狭窄さを思い返すと、自分でも呆れてしまいそうだ。


多分仲間たちも僕が悩んでいるのを見て、「戦場に行けないのは仕方のないことだ」と思えるよう、わざと拒絶していたんだろう。セイヤは多分素で言ってるけど。

実際はあれほどキツい物言いをされたわけではない。

昨日感じた無力感が、ああやって記憶を更に刺々しく変えてしまったのかもしれない。

無能(ムノー)なんて名前つけたからかな?思い出してしまったのは。


気持ちを切り替えられたのはなんでだったかな。

国王陛下から「無理に役立とうとはしないでくれ」と謝られたり、アツシに慰めてもらってたりしてたからかな。

…遮陽神官に会ったのもその頃かもしれない。

あのあっけらかんとした態度に、知らぬ間に僕は救われていたんだろう。


さて……眠ってしまっていた時間はものの数分、といったところだろうか。

近くの机で同じく本と向き合いながら眠そうな目をしているベンが、欠伸をしながら言った。


「………見つからないねぇ」


元より僕は読書が苦手な部類だ。

ベンも多分そうなのだろう、まだ挿絵にざっと目を通してから、ようやく内容を読み始めたばかりなのにちょっと目が滑っている。

フィデスは貴族の出だからか読み物は得意らしく、本棚の方へ行ったきり帰ってこない。


僕はまだたどたどしくしか文字が読めないのでメモの挿絵を頼りにまずは探しているのだが、テオっぽい魔獣の情報は未だ欠片も見つけられていなかった。

ある程度内容を読んだメモは、魔獣の系統ごとに紐で纏めて、関連した書籍の近くにまとめて置いていく。

やはり冒険者のメモは魔獣の情報についての物が多く、同じ魔獣のメモも何枚もあった。

そうして纏めてみると、魔獣は魔”獣”というだけあって、大体が獣の姿を模しているのがわかる。


「魔獣じゃないのかな…。まさか、魔物とか?……いや、まさかね」

「魔物は迷宮に出るやつですよね?街中に出てきたテオは違うと思うけれど」


ベンのつぶやきを否定する。

魔獣と魔物って似たようなもんだと思ってたけど、この世界では魔獣と魔物って全く違う物なんだよね。

魔獣は動物が過剰な魔力を吸収したり、瘴気と呼ばれるもので変異した存在。

対して魔物っていうのは、迷宮に作り出された、そもそも生きてるのかどうかすら不明のものらしい。


魔獣は元が動物なので獣の形をしているというのは納得だ。

ちなみに幽霊とか、人間由来のものでも迷宮の外で湧けば魔獣と呼ばれるようだ。


魔物はスライムとかゴーレムとか機械兵とか、自然の生命ではないものが多いらしい。

迷宮はその土地の記憶を読み取って疑似的な生命を作り出すそうなので、魔物の中にも動物の形をしているものもいるのでややこしいけど。

魔獣と違って体の殆どが魔力で作られている魔物は、迷宮から供給されている魔力によって生きているらしい。

なので迷宮の外では長く生きられないそうだ。

とにかく、迷宮の中に出てくるものが魔物、という分類だ。


まぁ、それで言ったらテオは魔物ではなさそうだよね。

魔物は氾濫(スタンピード)でもないと迷宮から出てくることはないらしいし。


「テオ……君は一体なんなんだい?」

『てお』


本人(?)はこちらの悩みを知ってか知らずか、机の上で寝そべりながら絵本の挿絵を眺めている。

この国の神話をまとめた子供向けの絵本だ。意味を理解しているとは思えないけど。

とにかく散らかさないでね。


と、本を手に持ったフィデスが戻ってきた。


「とりあえず鉱石兎について調べてみたが、やはりテオ君のような形をしたものは載っていなかったよ」

「だよねー。オレも適当に言ったし」

「形状としては最も近いのはゴーレムだろうが…あれは基本的に魔物だし、ゴーレムならあるはずの、命令を記したものがテオ君には無いな」


テオをしげしげと見つめるフィデス。テオの方は居心地悪そうに眼を細めている。

ゴーレムは大本は鉱人(ドワーフ)の作った金属兵のことなのだが、迷宮内で魔物として再現されることがあり、冒険者の言うゴーレムは基本的にこちらを指す。

本物のゴーレムは鉱人の国にでも行かないとなかなか拝めないらしい。

そしてゴーレムは、鉱人産だろうと迷宮産だろうと、命令を刻み込んだ札か金属板といったものが埋め込まれているのが常だ。

仕様上、体表に露出しているらしいが、テオにはそれらしいものは見当たらない。


「あとは…………精霊、とか?」

「えっ!この世界、精霊っているの!」

「ははっ、伝説に聞くだけだよ。実際見た者はいない」

「なんだぁ…ツチノコみたいなものか…」

「「つちのこ?」」


精霊がいるというのは初めて聞いたので興奮したけど、どうやら眉唾の存在らしい。残念。

ベンに話を聞く限り、どうも日本の八百万の神々に近い感じがする。

天地創造した、または天地ができたときには既にいた、とか。

色んな種類属性の精霊がいて、神がかり的なことをしたり、万物に宿っていたりする。

他国では神として扱うところもあるのだとか。

やっぱり形を変えた日本神教じゃんね。


というか、存在を否定する要素って「誰も見たことがないから」なの?

魔物もいるし魔術もある世界でそれを根拠に否定されてもなー。

僕からすると、全ての宗教や伝説を否定されるようでなんかもやもやすると言いますか。


ワンチャン、あってもいいと思います。精霊。


「流れ星のときといい、存外、ロマンチストだねぇ。ユート君」

「へぇ……ちょっと意外」


二人に変な表情をされた。

そんなに変な考えかな?


『てお~』


テオはこっちを見つめて手を振り振りしている。

それは否定なの?肯定なの?なんの意味もないの?

やっぱりテオが何を言いたいのかはさっぱりわからない。


「………あー、駄目だ。次の町に今日中に辿り着くには、そろそろ出なきゃいけない時間だよ」


ベンが太陽を見ながら言った。

確かに外はもうすっかり明るくなっている。時刻的には7時とか8時くらいだろうけど、僕の歩く速度では隣町に着くのは夕方になってしまうだろう。

途中に農村などはあるけれど、基本的に農村には余所者を泊めるだけの余裕はないので町まで行ってしまいたい。


「空振りかぁ、仕方ない」


これといった収穫の無いまま、受付嬢に礼を告げてコメータの街を出発するのだった。

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