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第十五話 お叱り

「………それで、行方は分からずということなのだな?」

「は、はい。さようでございます」


王都の城内、最奥にも近い一室で、スぺキアの宰相、スプラウジは胃を押さえながら頭を下げていた。

薬品の匂いの漂う部屋。壁一面は本棚で埋まり、古の文字や記号で埋め尽くされた書類が何枚も机の上に並べられている。

それらを指でなぞりながらスプラウジ宰相と背中を向けて相対する男こそ、スペキアの現国王、マクシム·スペキアリスその人であった。


皺の刻まれ始めた顔は深い知性と威厳があり、細身でありながら重厚な威圧感を感じさせる。

代々武闘派が多いスペキア王家において、マクシム王は珍しい頭脳派の王であった。

正統派とも言われる武闘派の兄王子がとある事件で早逝したため若くして王位に就いたが、当然、反対する者は多かった。

しかし当初上がっていた不満の声も今では鳴りを潜めている。


いくつもの魔術具の実用化、考古魔術学の推進による転移魔術の開発、”回復薬”の発明、晶石を使った効率的な農作の考案。

歴代の王が「理解不能」と着手しなかった分野の、様々な恩恵をいくつも見つけ出して見せた。

その中でも最たる功績が今回の勇者召喚だろう。

先代勇者の死、迫りくる魔王軍、新しい勇者を呼ぶには150年かかる……そんな絶望を覆したマクシム王は人々に希望を与えた王として国民にも臣下にも慕われている。


この部屋は特別に、そんな魔術の鬼才と認められたマクシム王のために作られた研究室で、王は公務の合間を縫ってここにやって来る。

時には公務よりも研究が優先されることすらあった。

勇者召喚の研究など、国にとって重要な研究をしているときの話ではあるが。


王宮の奥でもあるここは王に近しい人物しか入ることが許されず、そして話の内容も秘匿性の高いものであるのが常だ。

そこで勇者が行方知れずになったなどという話をするのは、スプラウジ宰相にとってもかなり胃が痛いことである。

なぜこんなことになったのか…昨日、追放を言い渡した時にはここまで大事になるとは思っていなかったというのに。

スプラウジ宰相は内心頭を抱えた。


「そも、私はモチヅキ殿を追放することなど許可しておらぬが」

「そ、それは……いえ、それは私めの勝手な判断でございました。罰は如何様にも受けましょう。……しかし王よ、彼の勇者は呪いが強まり、もはや王都に災いをもたらしています。慈悲によって許すことなど、民の不安を煽るだけです。……慈悲深きことは素晴らしいですが、まずは民の安全を最優先しなくては」

「…………」


出過ぎたか。王の沈黙に、スプラウジ宰相は唾を飲み込んだ。

呪いの勇者の追放は確かに独断だった。

しかし一日の内に三度も大型魔獣を呼ぶなど、流石に看過できるわけがない。

あのまま王都に置いておけば、魔王軍が攻めてくる前にこの国は滅びてしまう。


もしかすれば、民の不満が爆発してクーデターを起こされる、ということもあったかもしれない。

たった一人の人間に対しそこまでのことが起きるほど、あの呪いの勇者は迷惑な存在だったのだ。


「………はぁ。であれば仕方ない、か。うむ、スプラウジの言う通りだ。モチヅキ殿のことは私がいずれケリを着けなければならなかったこと。押し付けた形になってしまってすまない」


沈黙を破って放たれた王の言葉は、先ほどまでと違い随分と砕けたものだった。

ふぅ、と息を一つ吐いて顔をこちらに向けた王に、怒りの色は無い。


「堅苦しいのはやめよう。ここでは昔みたいに楽に話そうじゃないか、誰も聞いてないのだし」

「いいえ、私は親戚とはいえ臣下。陛下がどのように仰っても私はこのままで通させていただきます。陛下も、うっかり外でこのような姿を見せぬよう注意していただかなくては」

「固いねぇ、君は」


顎髭をさすり、やれやれといった風に椅子にもたれ掛かる王。

すでにその表情からは堅苦しい威厳や圧力のようなものは霧散している。

幼少期からの知り合いだけに見せる、マクシム王の素の姿だ。


早々にお叱りを抜けたことを察して安堵の息を吐きながら、スプラウジ宰相は改めて背筋を伸ばした。

調子が砕けたとはいえ、目の前のこの人は紛れもなくこの国の王なのである。


「……それで、モチヅキ殿はなぜ、行方不明に?」


質問する王に、スプラウジ宰相も気を取り直して答えた。


「どうも、私が用意した馬車と囚人の移送用の馬車を乗り違えたようなのです。今朝、囚人移送に同行していた騎士から聴取したところでは、どうやらまた魔獣を呼んだらしく、どさくさに紛れて囚人の一人を連れて現場から逃走した、と」


昨日の夜、緊急だと王都に駆け込んで来た騎士が何人かいた。

呪いの勇者の捜索に出ていた騎士と共に帰ってきた彼らは、囚人移送馬車の警護についていたと言った。

すぐに聴取に取りかかる予定だったが、ただでさえ魔王軍との闘いに騎士が出ている中、別件で捕物があったせいで夜勤の騎士は殆ど出払っていたので、実際聞き取りが行われたのは夜が明け初めてからのことだったという。


捕り物の方も厄介で、下手をしたら王都が吹き飛ぶところだったとか。

その時間に寝ていた身としては、そのまま永眠していたかもしれないと思うとぞっとする。

早朝、倒れ込むように二件の報告に来た副騎士団長を誰が責められようか。


「生きているのか?」

「それもわかりません。魔獣に追われて森の中へ逃げ込んだそうです。森猪二匹、しかも片方は名前持ちに追われていたそうで、生存は難しいかと言われていますが…。騎士たちも森猪に対処していて、後を追うことはできなかったそうです」

「そうか。周辺の都市から何か報告は?」

「まだ何も」


定時連絡は正午だが、何か大事があれば時間外でも連絡してくるだろう。スプラウジ宰相はそう思っていた。

実際は、"森の砲弾"がコメータを襲ったのは夕暮れ時であり、衛兵は対処に追われていたことと、撃退した頃にはとっくに日が暮れていて勤務時間外になっていたこと。

そして対象がすでに撃退されていて危険性、緊急性がないものと思われて連絡がまだ来ていないだけなのだが、スプラウジ宰相はまだそれを知らない。


「申し訳ございません。囚人移送馬車に同行していた騎士たちには、厳格な処分…いえ、事の大きさを考えると処刑が……」

「まぁまぁ、そう怖い顔をするでない。その騎士たちの確認不足があったことに違いは無いが、処刑など重すぎる罰だ。それに彼らに重い罰を下すなら、私は友である君まで処分せねばならなくなる」


そうしてもらっても構わないのだが、とスプラウジ宰相は思った。

ここが王の悪いところだ。少々のミスは「まぁまぁ」と言って治めてしまう。

厳格な秩序を愛するスプラウジ宰相にとっては、王の寛容さは時に悪癖に見えてしまう。

その「まぁまぁ」があったから、あの勇者も増長したのではないだろうか。


「ともかく、モチヅキ殿が見つかれば全ては解決だ。捜索は続けろ。じきに冬になる。勇者殿たちが帰ってきたとき、王国に失望することがないようにな」


冬になると北東にある魔王領は雪に覆われる。

流石の魔王軍もその酷寒の中では活動が鈍くなる。

無理に攻め入ってもこちらの消耗も激しいので、前線には最低限維持できる戦力を残し、勇者は休養のために王都へ戻って来るのだ。

……呪われている無能とはいえ、仲間が突然姿を消したとなれば、勇者たちも良い顔はしないだろう。


期限は半月、といったところか。

スプラウジ個人としては、いっそのこと森で死んでいて欲しかった。

魔獣によってでも、処刑によってでも。


うっかり死んだ!と報告する方が都合が良い。

アレが馬車を乗り違えたのは事実だし、自身に何らかの罰は下されるだろうが、一族にまでは被害は出まい。

あの疫病神を連れ戻すなんて話になるよりは、自分一人の犠牲で事が収まる方がずっといい。


なにより…スプラウジ宰相には予感があった。


(憎まれっ子世に憚る。今はその言葉が妙に脳裏をよぎる。…そうだ。この二年、散々魔獣を呼びだし、その渦中に居ながらも平然と生きていたアレが、この程度で死ぬはずもないのだ…!)


生きているのならば厄介だ。

ユートはなんにしろ、スプラウジ宰相及び高位貴族たちが囚人を秘密裏に処刑していたことを知った。

それを素直に王都に連れ戻してみろ。貴族界は前代未聞の大混乱になるだろう。

なにより王の耳に入ることは避けなければならない。


買収するか?

………いや、勇者たちが皆、賄賂になびかないのは既に貴族たちが実証済みだ。

身の安全の保障を盾にするか?いや、それも確実ではない。

様子がおかしいと他の勇者に疑われるのも目に見えている。破綻するまでそれほど時間はかかるまい。


「勇者殿達が戻ってくるまでに、せめて安否ははっきりさせるのだ。捜索にそれなりの人数を割いて構わない」

「………承知いたしました」


深々と頭を下げ、退室する。

まずは捜索隊を組織しなければならない。

あとは、裏の知り合いに渡りをつけなければ。

表向きの捜索隊が探している間に、早々に居場所を見つけて処分、死体を森に捨てなければならない。

今回の魔獣による襲撃の件で事故死したことにするのが最も()()だ。

……それは時間との勝負になる。


アレは必ず、始末しなければならない!


強い決意を抱いて歩きだす。

かつんかつんと、鋭い靴音が、誰もいない廊下に冷たく響き渡るのだった。




廊下を進むスプラウジ宰相の去り行く姿を、じっと追う視線があった。

そこに確かにいるのに、風景に溶け込み、誰にも存在を感じさせぬ、それ。

それは一度目を細めると、一瞬にして掻き消えた。

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