第十三話 謎生物
『てお?』
「魔獣……なのかな?」
「こんな魔獣、聞いたこともないが…」
「でも僕に引き寄せられてきたんなら魔獣……なんですかね?」
謎生物を見つめるとき、謎生物もまたこちらを見つめているのだ。
僕ら三人に囲まれ視線を浴びても、謎の魔獣(?)は何も気にした様子もなく逆にこちらを観察するようにしげしげと眺めまわしてきた。
そんな様子を見ながら、フィデスとベンも首を捻っている。
ひとまず僕らは、騒ぎが大きくなる前に宿へと退散した。
隕石の落下はこの世界でもやはり珍しいようで、外は騒然としている。
買っていた食事は全力疾走したためほとんど落としてしまった。無念。
で、このよくわからない謎生物は当たり前のように僕らについてきた。
暴れる風でもなかったのでそのまま部屋まで連れてきて、今に至る。
謎生物はなんか…どういう原理かわからないけど、浮かんでいた。
ファンタジー異世界だもんね。僕には理解する方が難しいだろう。
体はつやつやとしていて鉱物のようでもあるし、でも温もりもあるので生物らしくもある。
謎生物は宿の中を興味深げに眺めて回ったり、つんつん突いて回ったりしていた。
子供のような危なっかしさは感じるものの、無害そうではある。
「もう一度、詳しく状況を聞いても?」
「流れ星が落ちてきたと思って目を瞑ったら、目の前に光の泡があって、それに触ったら割れて、いつの間にかあれがいました」
「………意味不明過ぎる………」
ベンが額に手を当てた。僕もそうしたい気分です。
なんで謎生物が流れ星から現れたのか。光の泡は何だったのか。なんで僕らに大人しくついてくるのか。全てがわからない。
当の本人(?)は僕らに懐いている訳でもなく、興味のあるものを好き勝手に観察しているようだし。
あー!葉っぱ食べちゃダメ!
いてっ。植木から引き剝がしたら手を噛まれた。
「…………魔獣をテイムした、ってことかな?」
「うーむ、テイムは条件が厳しいと聞くが、現状一番それらしいのはテイムになりそうだな」
「テイムですか?」
「魔獣を従わせて従魔にすることだよ。テイムの祝福持ちか、よほど魔獣に利のある契約を結ぶかする必要はあるんだけど」
祝福持ちでも、なんでもかんでも魔獣を従えられるわけではなく、相性も上限もあるらしい。
過去に一度、テイムの祝福を持つ勇者が居たそうだが、何匹もの名前持ちを従えて魔王を屠ったそうだ。
逆に言えば、強力な祝福を持っていないとそこら辺の野兎を従えるのも大変らしい。
祝福なしに魔獣に言うことを聞かせるためには大量の食事か、魔力を捧げる必要があるそうで、名前持ちを使役しようものなら一日で大手商会が潰れるほどの食費が掛かるらしい。
それを食費ほぼゼロに抑えられるのだから勇者の祝福というのは凄いものだ。
うーん、そんな凄い力が僕にあるとは思えないけど。
テイムの祝福があるかどうか、以前テストしたこともあるし。結果は惨敗だった。
そもそもそんな才能あったら魔獣に襲われたりしないと思うんですよ。
「魔獣をテイムすると、魔獣と繋がっている証が現れるって聞くけど」
「証が現れる…?」
もしかして、これかな?
右手に現れたシミをもう一度よく見てみた。
小指の爪くらい小さな丸いシミが、手の甲についている。
こすっても消える気配はない。
証っていうと紋章みたいなのを想像するんだけど、これただのぽっちだよ?
「それがテイムの証?」
「どうでしょう…?」
「従魔なら命令に従わせられるのではないかね?」
「そうなのかな?あー、えっと……名前なんだろう」
試しに命令してみようとして、そういえば謎生物をなんて呼べばいいのかわからないことに気付いた。
『てお?』
「あのー、君、名前とかある?」
『?』
謎生物も首を傾げている。これは意味が分かっていないのか、言葉が通じていないのか。
どのみち通じていないなら、こちらで勝手に名前つけても平気かな?
「呼びづらいから君に名前つけようと思うんだけど、いいかな?」
『ておん?』
「うーん………まぁ、いいや。じゃぁ君のことは今から”テオ”って呼ぶね」
『てお!』
わかってるのかな?
鳴き声も”てお”だし、隕石と掛けてテオでいいんじゃないかな。
うん、良いネーミングな気がしてきたぞ。
「じゃぁテオ、三回回ってみて」
『………』
駄目みたいなんですが。
指示をだしてみたものの、テオは無機質な瞳でこちらを見上げてくるだけだ。
どうしてくれるんですかこの空気?
「……確か命令に従わせるにも信頼関係を築かないといけないんじゃなかったかな?」
「そうなんですか?」
ベンに目を逸らされた気がしなくもないけど?
まぁ信頼関係を築くというのは納得である。まだ会ったばかりだもんね。
「ま、まぁ、よかったじゃない?冒険者になるときは特技とか聞かれるし、堂々とテイマーって名乗ればいいんだよ。勇者だってバレにくくなるかもしれないし」
「それはそうですね。宰相たちが探しているのは”無能で呪われた”人物だろうし」
なんにしても、状況的にはプラスなのかな?
テオが本当に従魔なのかは置いておいて、テオが居るこの状況は悪いことではないことがわかった。
ところでテオって何食べるんだろう。
今は空腹とかではなさそうだけど、飼うなら飼うでちゃんと生態を知っておきたい。
あんまりにも食費が掛かるようなら飼えないな…。
元居た場所に帰すなら…宇宙に?
どうしよう、この世界にロケットなんてないぞ……。
「冒険者ギルドに行けばある程度魔獣の情報も調べることはできると思うよ」
「閲覧図書室のことだな。コメータのギルドは大きいと聞いている。図書室もそれなりの情報があるだろう」
……確かに、何事もまずは詳しく知ってからだな。
テオが何なのか僕らには皆目見当もつかないけど、冒険者ギルドは魔獣の情報もたくさん入ってきているのだし、何か掴めるだろう。
飼えるかどうかはその時に判断しよう。
「なるほど。じゃあ明日は冒険者登録と、その図書室をちょっと覗いてから出発しますか」
明日にはコメータを発つ予定でいるからね。
登録をしたら次の街までに達成できそうな依頼を受けて、魔獣図鑑を軽く調べて出発かな。
フィデスの実家にたどり着くまでに、通信機を使えるほどランクを上げられると一番いいんだけど。
通信機は魔道具だから高価なのだ。
この世界では、人の作った原理のわかっている道具を”魔術具”。
迷宮から産出した原理はわからないけど使用方法は確立されていて安全と認められたものを”魔道具”と呼ぶ。
魔術具を作るには技術も手間も必要だから、魔石ランタンのような比較的簡単で量産されている魔術具でも、金持ちでないと買い揃えるのは難しい。
だから街の街灯は未だ燃料式のランプが主流だし、魔術具屋も貴族街に多く集中している。
魔道具はガラクタから神具と呼ばれるほどのものまでピンキリで、なんてことのない産出量の多い魔道具は土産屋で二束三文で売られていたりする。
だが、たまに発見される有用なものは途端に値段が跳ね上がる。
通信の魔道具は産出量が極めて少なく希少で、情報伝達が重要な城や騎士団に優先して置かれるという。
そのため高い金額を国に支払って各都市を繋ぐ用の通信機を確保しているのが、冒険者ギルドだ。
高額で希少。そのためそれを使うことができるのは緊急時のギルド職員かギルドマスター、あとは高ランクの冒険者に限られる。
冒険者が使う場合は壊さないように職員が監視につくというおまけつきだ。
どれだけ通信機が重要な魔道具かはわかってもらえるだろうか。
まぁ、流石にそこまでのランクを目指すのは、叶えば万々歳、実際は望み薄だろう。
最低限、通信機が使えなくとも、王都に偽名で手紙を出せればいいんだけれど。
勇者に手紙を届けるとなるとそれなりのランクは必要になるだろうけど、通信機を使うよりはハードルが低いはずだ。
「高ランクって言ってもCランクまでは割とすぐ上げられるからね。問題はAランクかな」
「ベンさんはAランクなんですか?」
「あー、元、ね。パーティでAランクだったから、ソロになった今はBランク」
「へぇ、パーティだったんですか」
「その話蒸し返すぅ?」
「?」
ベンがちらりとフィデスを見ながら言う。なにかあったのかな?
「………とにかく、迷宮を一つ攻略できればCランクは固いから。ファスキナー領に行くまでの道中に迷宮都市って呼ばれてる都市があるから、そこを通ろう」
「ソルスの街だな。あそこは迷宮を複数所有することで有名だ。初心者向けから上級者向けまで各種そろっているというし、私たちでも攻略可能なところはあるだろう」
「ベンさん、そこまで付いてきてくれるんですか?」
「仕方ないだろ、冒険者で一番死にやすいのは初心者だ。登録だけしておさらばして、それで死なれるのも後味悪いし」
「ベンさん……優しい……さぞギルドからも頼りにされてるだろうに、犯罪の片棒担がせるような真似してすいません……」
「それはほんとそう」
ベンは、まったく、と腕組をして頬を膨らませて見せる。
「それと、明日は朝イチで道具屋に向かうよ」
「何か買うんですか?」
「買う。めっちゃ買う。………魔獣除けを」
「………あっ……」
「流石に今晩はもう襲撃はないと思いたいが…」
今日は本当に色々ありすぎたし、流石にテオで打ち止めだと思いたい。
ベンはとりあえず今晩の分として魔獣除けを荷物から引っ張り出し、部屋の隅で炊いた。
魔獣除けは小さなお香みたいなものだ。床が焦げないよう、小皿に載せて火をつける。
もちろんだが、普通は街中の宿で使うものではない。
さほど大きくも無い部屋の中で四隅で香を炊けば、部屋の中はもうもうと煙が立ち込めてしまった。
……これ、火事と思われたりしないよね?
ある程度香りが部屋に染み付いたところで窓を開ける。
魔獣除けは魔獣から人間の気配を隠す効果もあるが、魔獣はこの香りが心底嫌いだそうなので、部屋の外にも香りを撒いておいた方が効果があるらしい。
「…これでなんとかなる、と思うしかないでしょ」
「見張りは交代でしよう」
「テオは…寝るのかな?これは?」
ふらふらふよふよと漂っていたテオは、僕が眠り支度を整えているのを見ると、枕元へ寄ってきた。
え、かわいい。
でも撫でようとしたら怒られた。やっぱり懐いてるわけではないのかな…離れはしないんだけど。
僕の見張りの順番は最後。
よほど疲れた顔をしていたらしい。
言われてみれば、眠気はあまり感じないけれど、確かに体中が重い。
先に眠っておかないと見張り中に眠ってしまうかもしれないとのことだ。
こんな不思議な香りの中で眠れるかな、と思っていたのだけど。
やはり疲労は溜まっていたようで。硬いベッドに横たわるなり僕の意識は闇に落ちていくのだった。




