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第九話 冤罪とは…?

私、フィデス・ファスキナーは、ファスキナー男爵家に二人目の男児として生まれた。

熱烈な愛妻家の父のもと、愛情溢れる家庭で育った私は、”愛を愛する”人間に育った。

真実の愛とは何だろう。他人を愛するとは何だろう。

私にとって”愛”とは人生の目的であり、何を置いてでも追い求めるべき渇望にも似た欲求であった。


だから私は愛される人間になるための努力を惜しまなかった。

いざ愛する人ができたとき、自分の能力が足りないことで愛が成就しないなどということは許せないだろうと思ったからだ。

作法(マナー)を学び、勉学に精を出し、肉体を鍛え、方々を訪ねて知見を磨いた。

男爵家を継ぐ兄が、私の学ぶ姿に危機感を覚えて勉強に打ち込むようになるほどだった。


そんな私の人生に、汚点らしいものはない。

誰かに恥じる必要のあることなど、何もしていないからだ。

だというのに今目の前にいる二人は、私のことを汚れものでも見るような目をしているではないか。


「じゅ、十股?」

「なんだねそんな顔をして」

「全っ然、冤罪じゃないじゃん!」


ユート君が素っ頓狂な声を上げたので、私は眉を顰めた。

失礼な。あれは立派に冤罪だ。我がファスキナー家の名誉に賭けて誓ってもいい。


「ファスキナー男爵家の次男坊が浮気癖があるって言うのは有名な話だよ。噂によるとだけど、男か女か問わず口説き落として借金の肩代わりをさせたり貢がせて、最終的には侯爵令嬢をそそのかして都合の悪い浮気相手を処分しようとしたとか」

「うわぁ……」

「む、それは聞き捨てならんな」


なんだね、その噂は!

私が投獄中に聞いたのはあくまで「令嬢を洗脳して他者を襲わせた」というものだ。

噂に尾ひれがつくのは仕方がないが、それにしても酷いのではないかね。


仕方がない。

これは、私の二年に渡る悲劇の物語を語って聞かせるほかあるまい!

元々、馬車に乗っていた時も聞かせる予定だったしな。看守君に邪魔されてしまったが。

ベン君の誤解も解くことができるし、一石二鳥だ。


「聞け、諸君!罪なき者の声に耳を傾けたまえ!」

「なんか始まったぞ」


ユート君とベン君は並んで座ってこちらを見た。

聴衆と演者。良い構図だ。


「確かに私は多くの恋を交わした。そこは否定せんが、そもそも私は冤罪だ!」

「そこ否定しなかったら不味いのでは?」

「何がだ?私は愛した相手に婚約を迫ったこともなければ、子もいないが?」


ええい、出鼻を挫かないでくれないか。

貴族の間では色恋は日常茶飯事だ。

浮気を許容できない貴族は束縛癖があるとか、器が小さいなんて言われるものだ。

ただし子供ができた場合には責任もって相手を配偶者として家に迎えなければならないが。

平民とはその辺りの感覚が違うようなのは聞いて知っているが、ユート君の故郷でもそうなのだろうか?


「事の始まりは二年前のある日のことだった」

「そのまま続けるの?」

「兄に連れられて初めて行った茶会。そこで出会ったのがエルザ夫人だ。彼女に気に入られた私は様々な茶会に呼ばれるようになり…」

「続けるんだ」


茶会に参加し、知り合う人が増えるほど、私は貴族の人柄、そして何より彼らが抱える秘密というものに魅力を感じるようになっていった。

その人のことをもっと知りたい。

これは”愛”に繋がる道なのではないか、そう思った。

衝動に駆られて声を掛け、親密になり、そして互いを深く知り合っていった。


マディ夫人、グスターレ伯、ペッシム男爵、イニイレ夫人……皆魅力的な人たちだった。


いずれ平民に落ちる予定の私は、貴族にとっては丁度良い遊び相手だったのだろう。

本気になればむしろ危険、そんな火遊びのような関係が貴族には魅力的に思えたようだ。

私は様々な家を渡り歩き、様々な人を知り、そして全ての道が恋で止まった。


新しい恋を求めて次の茶会へ…そんな生活を続ける内、婚約を持ち掛けてきた令嬢がいた。

キャロリーヌ侯爵令嬢。男爵家の次男坊には破格の婚約話だ。

彼女はとあるきっかけから婚約を破棄され、相手が無いまま婚期を迎えてしまった、いわば売れ残りと揶揄される存在だった。

私は家格としては釣り合わないものの、年齢も釣り合うし見かけも礼儀も良い。

独身のまま娘を放置するよりはましだろうと思った侯爵から婚約の打診が届いたのだ。

しかし私は、この婚約を丁重に断った。


「え!なんで!」

「めちゃ良い縁談でしょ?」

「私は身を引くつもりで渡り歩いていたんだ。私が侯爵に婿入りすれば、やっかむ者もいる」


いつでも切り捨てられると思っていた相手が、自分より格上になるとしたら?

自分の恥部を知る相手が格上になる。それは貴族にとっては恐ろしいことだった。

例え私に、それを悪用して脅しをかけたりするつもりがなくとも、だ。

そして何かあった時に迷惑を被るのは婿入り先のキャロリーヌの実家である。


「だから私は断った。当然理由も述べた。だがキャロリーヌ嬢は私の恋愛遍歴をどうやら知らなかったようでね」

「うわ」


唯一の嫁の貰い手が、そんな爛れた関係を持って平然としていたことにキャロリーヌ嬢は多大なショックを受けたそうだ。

ある意味、貴族にあるまじき純粋なお嬢様だったのだな。


「私としては理由も併せて断りの返事をして、そこで終わったつもりでいた。……それが間違いだった」


もしキャロリーヌ嬢と鉢合わせすればお互い気まずい空気を味わうことになる。

それを避けて実家の近くの小さな茶会に出ていた私の元に、不穏の影はやってきた。

突然王都の騎士がやってきて、逮捕状を突き付けられたのだ。


「キャロリーヌ嬢が王都で行われた茶会にて、刃傷沙汰を起こしたと。それを強要したのが私で、狙われたのは愛人だと、彼らは言った。私は尋ねた。リリーは無事か?パブロは、カヴス殿は?アリスもいたのか?」

「待って待って、さっきと名前が違う」

「今までの人名全部愛人か?」

「覚えきれないから重要な人以外は愛人って言って」

「むぅ」


キャロリーヌが狙ったのは同年代の令嬢だった。

ああ、誤解のないように言っておくが、私は未婚の女性に対しては肉体関係は持っていないよ。

………兎も角、心当たりのある愛人が多くいたものだから、私は一人づつ名前を上げて彼ら彼女らの無事を確認しようとした。

どうやらそれがあまりよろしくなかったようでね。

気が付いたころには周囲で夫婦喧嘩をしたり、ハンカチを噛んでる人たちで溢れていたんだ。

騎士たちは青い顔でこちらを見ていたし。


その場で取り押さえられた私は王都に出頭させられ、牢獄へと入れられた。

そこで詳細を知ったのだが、どうやらキャロリーヌの父の侯爵が私に濡れ衣を着せたらしい。

婚約を断ったことへの腹いせにしては随分な真似をされたものだ。


私は毅然と証言し、キャロリーヌとの婚約は断ったことも、キャロリーヌが傷つけた令嬢は私の愛人であることも、茶会で挙げた名が全て愛人であることも正直に話した。

その直後、貴族界に混乱があったらしく、その対応に追われてなのか裁判も無しに私は収監されることになった。


「自覚ないのか…?」

「泥沼ぁ」

「どうだね、冤罪だろう?借金の噂もあるが、私にはそもそも借金はない。愛する人たちが私の実家の特産品を優先して買ってくれていたのはあるが、金のやりとりはなかった」


茶会で使っていた衣装も他の貴族の使っていた御下がりを自分でリメイクしたものだ。

元手は材料費くらいのものである。

いやはや、どんな分野でも勉強とはしておくものだ。

針仕事は女の領分だと叱られたものだが、それで高位貴族の御眼鏡に適うスーツが作れるなら不満などないのではないかね?

まぁ、私のセンスが良いのもあるだろう。


「うーーーーん、でも僕の常識で言うと大分アウト」

「法には触れてないけど、かなりグレーって感じ」

「むぅ、なぜだ」


腑に落ちない。

噂は事実無根、どう考えても私に非はないだろうに。


「でも、山賊と同じく辺境送りっていうのも変だね?」

「ああ、それは恐らく私を処分するために侯爵殿が手を回したのだろうな。キャロリーヌ嬢は心の療養の名目で国外の親戚の元に出されたそうだ。キャロリーヌ嬢を呼び戻すためにも、元凶の濡れ衣を着せた私には消えておいて貰わなければならなかったのだろう」


いざキャロリーヌが戻ってきたら「フィデスは病死した」とでも伝えられていたのかもしれない。

うむ、やはりあそこでユート君に出会えたことは幸運だった。

私一人の力では現状を打破することは難しかっただろう。

方々に伝手があるとは言っても、私は男爵家の次男坊。

協力して判決を覆し、侯爵を打倒しようなどと思う人物がどこにいるだろうか。


やはり鍵は勇者を通しての国王陛下への直訴である。

道が他に見当たらない現状、”魔獣寄せ”という厄介な性質を含めてもなお、ユート君に同行するのが最も目がある。

魔獣に関しては、月に一、二度の頻度と聞いているし、逃げに徹すれば何とかならなくもないだろう。


「私の噂が根も葉もないと信じ……ていないようだが、とにかく私は犯罪者ではないことはわかったろう?それでベン君、協力を頼んでも良いかね?」

「正直、あんたの噂は当たらずとも遠からずって気がするけど。………宰相と侯爵を敵に回すなんて、正気とは思えないねー」

「そうか…わかった、脅すような真似をしたが、君に無理強いはできない。他に協力してくれる者を探そう。…信頼できる相手を一から探すのは、骨が折れそうだ」


はぁ……困ったな。

今の私たちは街の衛兵に声を掛けられただけで詰んでしまうかもしれない状況だ。

そんな状態で新しい協力者を探すのは至難の業なのだが。

見たまえ、ユート君も心細そうな顔をしている。

そんな様子を見て、数秒の葛藤の後、心底嫌そうな顔をしたベン君が大きくため息を吐いた。


「………わかった、わかったよ!でもバレそうになったらオレは逃げるからな!てか、なんでオレが手伝うって、そんな自信満々なんだよ」

「ああ、そこは私の勘だ」

「勘?」

「君は気に入った相手には協力したくなるタイプだろう?」

「………っ!」


お、言葉に詰まったな。

言い返さない、ということは図星で、しかもすでに私たちに協力しようと心が傾いてる…と思っていいかね?

ふふ、いいね。一つ、君の内面を知った気分だ。

しばらくベン君は黙っていたが、やがて「あ゛ーっ!」と頭を掻きむしって怒ったように言った。


「負けだ!あんたら二人に、どうしようもなく「面白そう」って思っちゃったオレの負けだよ!」


乱暴に差し出されたベン君の手を強く握り返した。

うむ、よかった!収穫は十二分だ。

思わず笑顔になってしまうよ。


「じゃぁ、改めて。オレはベネディクト・ウィータ。得意なのは魔術具を使ったサポート。短い間だろうとは思うけど、よろしくな」

「うむ、フィデス・ファスキナーだ。少々魔術を使える。よろしく頼むベン君」

「えー、元勇者、モチヅキ・ユートです。よろしく。特技は……まだ模索中です」


それぞれで握手をし合う。ベン君は吹っ切れたのか、呆れてはいてもすっきりした目をしていた。

ユート君も、これからよろしく頼むよ。

ウインクしてみせるときょとんとした顔をされた。

ううむ、ベン君と違って、彼みたいなタイプは内面が読みづらいな。


とはいえこれで一先ずの目途は着いた!

今朝、牢獄から出されたときはいよいよ人生の終わりが来たかと思ったものだが、やはり神は既に微笑んでおられたのだ。

私の元に、勇者という希望の光を遣わせてくれたのだから。

さあ、それではさっそく作戦会議を……


「ぐぅ~~~~~~………」

「「………………」」


………凄い腹の音が響いた。

出所は私ではないぞ。私とベン君の視線が、ユート君の腹に吸い寄せられていた。

考えてみれば、朝食を食べて以降何も食べていないな。

それなりに運動もしたし、確かに腹が空いている。


顔を真っ赤にして固まってしまったユート君。

ふふふ、なんだか可笑しくなってきた。

そして沈黙に耐えきれなくなったベン君が先に吹き出し、腹を抱えて笑い出した。


「……あっははははははは!締まらないなぁ!あはははははは!」

「ふふっ、ははははははは!いや、言われてみれば私も空腹だ!」

「………そ、そんな笑わないでください……」

「ご、ご、ごめん、あっはは……はぁ、じゃ、夕飯の買い出しにでも行こうか!」


色々台無しだが……まぁ、こういう雰囲気も悪い気はしないな。

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