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 白玉(しらたま)商店街は、(いわ)れをたどれば白玉稲荷(いなり)の門前町が起源であるという。


 その名残が白玉商店街の甘味屋さんで売られている白玉稲荷ぜんざい。発祥を示す物が食べ物しか残っていないというのは何とも寂しいことである。


「おまけにその白玉稲荷ぜんざい、冬限定なんだよね、販売するの」


 風に軽やかに揺れる半袖のカッターシャツ。襟元のリボンは年中変わらないが、スカートは涼やかな夏素材。


 そんな夏服に身を包んだ千佳子(ちかこ)はポンポンと鞄に付けたキーホルダーを弾ませながら商店街を進んでいく。


 目指すのは白玉商店街のどん詰まりのさらに先、白玉稲荷だ。


「それが寂しいからって夏メニューを作ってくれたのは嬉しいし、白玉稲荷の関係者だからって試食を持たせてくれたのも嬉しいんだけどさぁ……」


 ちなみに千佳子は桜の季節を過ぎたあたりから『白玉稲荷で巫女のバイトを始めた女子高生』と商店街の人々に認知されている。


 だが実際の所は巫女の『み』の字も知らない状態だし、バイト代として金銭を受け取っているわけでもない。


 一応、関係者であることに間違いはないと思うし、大雑把に『白玉稲荷』から金銭以外のものを受け取っている、という事実も一応あるにはあるのだが。


「でも普通、ぜんざいの裏メニューって、白玉金時のかき氷になるもんじゃないの? なぜ白玉サイダー?」


 ぼやきながら進む千佳子の手には二本のガラス瓶が握られていた。一回呑み切りサイズのお酒が入っている瓶に近い形状をしたボトルの中には、ふよふよと漂う白玉とサイダーが入れられている。


 見目も涼しいこの飲み物こそが、甘味屋さんから託された新作名物候補、その名も『白玉稲荷サイダー』だ。関係者に試飲をしてもらって、好評を得られれば正式に販売することになるらしい。


「んー、玉ちゃんにも飲んでもらって感想をって言われたけど。……玉ちゃんって、こういうの飲むのかな?」


 何せ相手は、由緒正しき血筋のお狐様だ。『由緒正しき血筋』という部分から見ても『お狐様』という部分から見ても、玉藻がこんな人間の庶民の飲み物を口にするとは思えない。


「いや? 庶民バカにしちゃいけないよ? でもね~……」


 そんなことを思っている間に千佳子は商店街の突き当りにある鍵路地を曲がっていた。


 メインストリートから左折して突き当りまで行ったら道に沿って右折、のち即左折。最後の角を曲がれば目の前に朱色の千本鳥居が迫ってくる。千本鳥居の先、玉藻がおわします異界のお(やしろ)へ入れるかどうかは、玉藻の計らい次第だ。


「私も最初玉ちゃんに会おうとした時は、鳥居の下で散々騒いだんだっけ……って」


 そんな自分を懐かしく思いながら最後の左折を過ぎた千佳子は、鳥居の先に見えた姿に思わず足を止めた。だがその足はすぐに駆け足に変わり、軽やかに鳥居の下へ踏み込んでいく。


「玉ちゃん! 珍しいね、玉ちゃんが現実世界(こっち)にいるなんてっ!」


 千佳子の視線の先にいたのは、常ならば異界のお社で書類仕事に励んでいるはずである玉藻(たまも)だった。


 常の銀色の狩衣ではなく白小袖に水色の袴を合わせた玉藻は、竹箒を腕に抱えている。髪色は白のままだが長さは背の中頃までと短めで、首筋でひとつにくくられているせいか全体的に立ち姿がスッキリとしていた。


「掃除してたの? こっちにいるのも珍しいけど、その格好も珍しいよね」

「ああ、たまには皆が言う『神主さん』らしいことをしてみようかと思い立っての。似おうておるかえ?」


 見目と行動、両方を差して言っているのか、玉藻は竹箒を抱え直すと妖艶な笑みを浮かべてみせた。狐は化かす生き物だと分かっていても、この傾国の微笑みを前にすると心臓が跳ねて仕方がない。


「ずっ、随分スッキリした格好なんだね!? 髪は切っちゃったの?」

「化けておるだけじゃ。前に髪の長さが目立つと言うておったであろうて」


 恐らく玉藻はそんな千佳子の内心が分かっているのだろう。千佳子がひっくり返った声で答えになっていない問いを向けても笑みを浮かべたまま余裕で言葉を返してくる。


 それに若干むっとしながら、千佳子は素直に自分の感想を続けた。


「玉ちゃんでもそういうの気にするんだ? 前は面倒くさいみたいなこと言ってたのに」

「信心も噂も、氏子(うじこ)との距離が近くなければ集まらん。歩み寄る努力は必要かと考えてみただけじゃ。まぁ……」


 玉藻はなおも余裕の笑みを浮かべたままチラリと視線を他へ流した。


 その瞬間、キンッと千佳子の耳を叩く悲鳴が響き渡る。


「玉藻様っ!! そのような格好で何をなさっておいでなのですっ!?」

(げん)はこのように嫌がるがな」


 千佳子が声の方へ視線を投げると今まさしく掃除をしようとやってきたのか、人の子供の姿に化けた源が竹箒を片手にワナワナと震えていた。掃除をする玉藻の姿があまりにもショックだったのか、せっかく完璧に人に化けれているのに耳と尻尾がピンっと飛び出してしまっている上に思いっきり毛羽立っている。


「玉藻様は我らが玉藻狐族の(おさ)なのですよっ!? その長御自(おんみずか)らそのような格好でそのようなことをなさるとは……っ!!」


 源は自分の手の中にあった竹箒を放り出しながら駆け寄ると玉藻の手から竹箒を取り上げた。そんな源の反応を予想していたのか、玉藻は竹箒をひったくられても余裕の笑みを崩さない。


「長といえども玉藻狐族は零細。身の回りのことは元より、ある程度のことは己で成す生き方を幼少の頃はしていたはずなのじゃがのぉ」

「零細であるからこそっ!! 威厳は大切にして頂きたいのですっ!!」


 ──もしかして玉ちゃん、源ちゃんをいじめて楽しんでる?


 やいのやいのと玉藻を叱る源を玉藻はなんだか楽しそうに眺めている。


 こんな悪戯(いたずら)めいた玉藻は初めて見るな、と千佳子が呑気に観戦を決め込んでいると、クルッと源の怒りの矛先が千佳子に向いた。


「こらっ!! 千佳子!! お前はこんな時に何をポヤッとしてんだっ!! こういう時こそ下僕の出番だろっ!! 玉藻様を働かせておいて何をのうのうとしてやがんだっ!! こういう時は率先して箒を受け取り、せっせと掃除するんだよっ!!」

「えー、だって玉ちゃんが率先してやってるんでしょ? それを勝手に取り上げるのってどうかと思うよ?」


 狐は吊り目で涼やか、狸は垂れ目で可愛いという印象がある千佳子だが、源の目はどちらかというとつぶらで可愛らしい。その瞳を精一杯吊り上げて怒っているのだろうが、元々可愛らしい外見と相まってまったく迫力を感じない。


「玉ちゃんもたまには体動かさないとボケちゃうかもしれないし、いいコトだと思うよ~?」

「ぬぁにを失礼なこと言っとるかっ!! 祟るぞっ!!」


 ツカツカと小さな歩幅で詰め寄ってきた源を軽くいなすと、源はクワッと牙をむいて反論してくる。お、これは楽しいぞと千佳子は思わず悪い笑みを浮かべてしまった。それに気付いたのか、源はさらに牙をむいて千佳子に詰め寄ってくる。


「祟るって言っても、源ちゃんは素足で画鋲を踏んじゃうレベルでしか祟れないんでしょ?」

「失敬なっ! 最近『焦って触った紙の端でうっかり指を切る』っていう祟りもできるようになったんだぞっ!? どうだ! 怖いだろっ!!」

「確かに怖いけど、どのみち地味だよね?」


 やいのやいのとやり合う二人を玉藻は呆れた表情で見つめている。自分も源をいじって遊んでいたくせに人がやっているのをそんな表情で見るのは卑怯だとも思ったが、そもそも普段の玉藻ならばこの辺りで『煩い』と見切りをつけて異界のお社に引き上げている頃合いだろう。


 普段はやらない境内の掃除をしてみたり、源をいじって遊んでみたり、今日の玉藻様は御機嫌が麗しいらしい。これなら普段は縁のない飲み物を飲んでみる気にもなるかもしれないな、と千佳子は淡い期待に胸を弾ませる。


 ──白玉商店街の新たな目玉になるかもしれない商品だもん。白玉稲荷の御祭神様のお墨付きがあったら、やっぱり嬉しいもんね。


「あの、玉ちゃん、商店街の人にお土産をもらったんだけど……」

「千佳子! 真面目に話を聞けっ!」


 耳と尻尾を毛羽立てたまま牙をむき、人に化けていても小さな手でもふもふぺしぺしと千佳子を叩いていた源を片手で引っぺがし、玉藻に話を振ってみる。千佳子の声を受けた玉藻はやはり機嫌がいいのか、律儀に千佳子の方へ顔を向け直してくれた。


「商店街で夏の目玉にしたくて新たに作った商品らしいんだけど、ぜひとも玉ちゃんの感想を聞きたいって……」

「あのっ! ごめんくださいっ!!」


 そんな玉藻に向かって、手の中に会った白玉稲荷サイダーを差し出す。


 だが玉藻の視線が白玉稲荷サイダーに移るよりも、境内に飛び込んできた人影が玉藻に飛び付く方が早かった。


 境内にいた誰の目でも追いつけない動きで登場した人物に、全員が目をパチクリと(しばたた)かせる。驚きで固まった玉藻の瞳は狐の目に戻っているし、源に至っては耳と尻尾が飛び出たまま固まっている。それに気付いていながら動き出せない千佳子も、きっとものすごく驚いた顔をしていることだろう。


「お願いです……っ!! どうかっ!! どうか娘を助けてください……っ!!」


 そんな一行の前で、玉藻にすがりついた女性は涙を流しながらくず折れた。


「もう、限界なんです……っ!!」


 ──え? どゆこと?


 唐突な乱入者に境内の空気が困惑に揺れる。


 そんな中、千佳子の手の中にある白玉稲荷サイダーだけが、初夏の爽やかな日差しを受けてぷるんっと揺れていた。


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