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百物語  作者: 冷やし中華はじめました
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「時のスポット」

西暦2185年、東京。

高層ビルが林立する未来都市の片隅に、一軒の古びた時計店があった。看板には「永遠堂」と書かれ、その文字は長年の風雨にさらされてかすれていた。店主の佐藤誠は80歳を過ぎた老人で、デジタル時計全盛の時代にあっても、機械式の腕時計や懐中時計を頑なに作り続けていた。

ある日、一人の若い男が店を訪れた。

「あの、こちらで時計の修理をしていただけますか?」

男は30代半ばといったところで、スーツ姿がどこか古めかしく感じられた。手に持っていたのは、黄ばんだ文字盤の古い懐中時計だった。

「ほう、珍しい品だね」佐藤は眼鏡越しに時計を覗き込んだ。「これは1920年代のものだな。どこで手に入れたのかね?」

「祖父の遺品なんです」男は懐かしそうに時計を見つめた。「ずっと動かなくなっていたのですが、最近になって急に動き出したんです。でも、どうも時間がおかしくて...」

佐藤は興味深そうに頷き、作業台の上で時計を開けた。するとその瞬間、店内の空気が変わった。

まるで時間が止まったかのように、外の喧噪が消え、宙に浮かぶ埃さえも静止した。佐藤と男の二人だけが、その異変に気づいていた。

「これは...」佐藤が呟いた瞬間、懐中時計から眩い光が放たれ、二人の意識は闇の中へと引き込まれていった。

目を覚ますと、二人は見知らぬ場所に立っていた。周囲を見回すと、そこは1920年代の東京だった。

「まさか、タイムスリップ...?」男が困惑した様子で呟いた。

佐藤は冷静に状況を分析した。「どうやら、この時計には時空を歪める力があるようだ。だが、なぜ今になって...」

その時、遠くから爆発音が聞こえてきた。人々が慌てふためいて走り回る中、二人は状況を把握しようと街を歩いた。新聞売りの少年から、その日付けが1923年9月1日だと知る。

「関東大震災の日だ」佐藤が顔色を変えて言った。

男は祖父の話を思い出していた。祖父は震災で両親を亡くし、孤児となったという。そして、ふと気づいた。

「もしかして、私たちは歴史を変えられるのでしょうか?祖父の両親を...」

佐藤は厳しい表情で首を振った。「それは危険すぎる。歴史を変えれば、現代への影響は計り知れない。我々の存在自体が消えてしまうかもしれんのだ」

しかし男は、祖父の悲しみに満ちた表情を思い出し、決意を固めた。「でも、試さなければ分からない。人の命を救う機会があるなら、それを無駄にはできません」

佐藤は深く溜め息をつき、「分かった。だが、最小限の介入に留めるんだ」と譲歩した。

二人は急いで町を走り回り、避難を呼びかけた。多くの人々は彼らの警告を信じなかったが、中には耳を傾ける者もいた。そして運命の時が訪れた。

大地が激しく揺れ、建物が崩れ落ち、火の手が上がり始めた。混乱の中、二人は必死に人々を安全な場所へと導いた。

そして、男は祖父の両親らしき若い夫婦を見つけた。彼らを救おうとした瞬間、崩れ落ちてきた建物の下敷きになりそうになる。男は迷わず二人を突き飛ばし、自らが瓦礫の中に埋もれた。

気がつくと、男は現代の時計店に戻っていた。体のあちこちが痛むが、大きな怪我はないようだった。

「無事だったか」佐藤の声がした。「君の行動は危険だったが...結果的に良かったのかもしれんな」

男は懐中時計を見た。針はいつの間にか正確に時を刻んでいた。そして、ポケットに入っていた古い写真を取り出すと、そこには見たことのない笑顔の祖父と、その両親の姿があった。

「歴史は変わったんだ...」男は感動に声を震わせた。

佐藤は静かに頷いた。「時というものは、我々の想像以上に複雑で神秘的なものだ。今回の出来事も、あるいは時間の流れが自ら修正しようとした結果かもしれん」

その日から、男は定期的に永遠堂を訪れるようになった。佐藤から時計作りを学び、やがて後継者となった。二人で作り上げる時計は、単なる時を刻む機械ではなく、人々の人生や思い出を紡ぐ特別な存在となっていった。

時は流れ、2285年。

永遠堂は相変わらず街の片隅にあった。店主となった男の孫娘、美咲は曾祖父から受け継いだ懐中時計を大切に持ち歩いていた。

ある日、一人の老人が店を訪れた。

「すみません、この時計を修理していただけますか?」

美咲は老人が差し出した時計を見て、目を見開いた。それは、彼女の持つ懐中時計とそっくりだった。

「おや、それは珍しい品ですね」美咲は微笑んだ。「1920年代のものでしょうか?」

老人は懐かしそうに頷いた。「ええ、祖父の遺品なんです。最近になって急に動き出したんですが、どうも時間がおかしくて...」

美咲は静かに頷き、作業台の上で時計を開けた。

その瞬間、店内の空気が変わり、外の喧噪が消えた。宙に浮かぶ埃が静止し、美咲と老人の二人だけが、その異変に気づいていた。

「これは...」美咲が呟いた瞬間、懐中時計から眩い光が放たれ、二人の意識は闇の中へと引き込まれていった。

目覚めると、そこは見知らぬ未来の世界。超高層ビルが雲を突き抜け、空には無数の飛行物体が行き交っていた。

美咲は深呼吸をして、決意の表情を浮かべた。「さあ、どんな冒険が待っているのでしょうか」

老人も、若々しい目の輝きを取り戻していた。「さあ、行こうか。時の狭間で、新たな物語が始まるようだ」

二人は未知の世界へと足を踏み出した。時計のカチカチという音が、新たな冒険の幕開けを告げていた。

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