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百物語  作者: 冷やし中華はじめました


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未来のゴミ箱

「思考や感情に悩まされる時代は終わりました!」

新製品発表会の壇上で、企業P社のCEOが堂々と語った。その手には、スマートフォンほどの大きさの小型デバイスが握られている。「これが新時代のゴミ箱、『マインドクリーナー』です!」


マインドクリーナーは画期的な技術だった。悩みや怒り、不安といった不要な感情を感覚データとして吸い取り、デジタル上に廃棄することができる。ゴミ箱のアイコンをタップし、頭の中を整理すれば、たちまち軽やかな気分になるという触れ込みだった。


発表後、マインドクリーナーは爆発的な人気を博した。仕事に追われるビジネスパーソン、不眠症に悩む主婦、学業に疲れた学生──ありとあらゆる層がこの「心のゴミ箱」に飛びついた。


捨てることで得た平穏

「最高だよ。これがなければ生きていけない。」

会社員のJはランチタイムに同僚と笑顔で話していた。「昨日もミスをして部長に怒鳴られたけど、マインドクリーナーで全部捨てた。おかげでぐっすり眠れたよ。」


「私なんて恋人とのケンカの記憶も消したわ。」隣の同僚Kが笑う。「これからは感情に振り回されない人生ね!」


社会全体が軽やかになっていった。街には笑顔が溢れ、暴力事件や犯罪も激減した。誰もが「不要な感情を捨てる」ことで、平穏を手に入れたかのように見えた。


消えていく人間らしさ

しかし、変化は徐々に訪れた。捨てられる感情は負のものだけに留まらなかった。失恋の痛みだけでなく、その相手への思い出も。仕事のミスの悔しさだけでなく、成功へのモチベーションも。捨てるたびに、何かが失われていった。


ある日、教師のLは教室で異様な光景を目にした。生徒たちは一様に無表情で、質問にも機械的に答えるだけ。彼らは「嫌いな教科」や「不安なテスト」の感情を捨てすぎてしまい、学ぶ意欲そのものを失っていた。


「これでいいのか?」Lは疑問を抱いたが、同僚たちは口を揃えて言う。「ストレスのない生徒たちの方が管理が楽だよ。昔の教育が間違っていたんだ。」


ゴミ箱の中身

やがて、マインドクリーナーが抱える「ゴミ」の量が問題になった。データを廃棄するサーバーの容量は膨大で、捨てられた感情や思考のデータは増え続けていた。


ある研究者のRはそのゴミデータを解析し、驚くべきことを発見した。「捨てられた感情が『負のエネルギー』として蓄積されている。そして、それが…漏れ出している。」


Rの警告を誰も本気にしなかった。しかし、ある日突然、都市のあちこちで奇妙な事件が起き始めた。原因不明の停電、通信障害、そして街中に漂う説明のつかない不安感。人々は次第に無表情のまま街を彷徨い始めた。


捨てすぎた果てに

P社は緊急会見を開き、マインドクリーナーの販売を一時停止すると発表した。だが、既にゴミ箱の依存症となった人々は反発し、暴動に発展した。彼らは感情を捨てることでしか平穏を保てなくなっていたのだ。


その混乱の中で、Rはこう呟いた。「人間にとって感情はゴミじゃない。たとえ苦しくても、それは生きる証なんだ。」


だが、その言葉が届く頃には、既に多くの人々が「心の軽さ」と引き換えに人間らしさを失っていた。捨てられた感情が膨大なデジタルの闇となり、世界を包み込む日は、もう間近だった。

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