宇宙特急ツアー
C社の社長秘書K氏は、ある朝、上司から突然の指示を受けた。
「K君、宇宙旅行の手配を頼む」
K氏は驚いた。宇宙旅行とは斬新な社員旅行だ。しかし、驚いたのはそれだけではない。
「明日の朝9時発でね」
K氏は絶句した。そんな無理な。しかし、社長の命令は絶対だ。彼は急いで端末を操作し始めた。
画面に「宇宙特急ツアー」という広告が飛び込んできた。
『今すぐ宇宙へ! たった8時間で月面リゾート!』
K氏は半信半疑でボタンを押した。
「はい、宇宙特急ツアーです」
「あの、明日の朝9時発で、20名分の予約は可能でしょうか」
「かしこまりました。ただいま手配いたします」
あっけにとられるほどあっさりと予約が完了した。
翌朝、K氏は社員たちを引き連れ、指定された発射場に向かった。そこには巨大なロケットではなく、普通の新幹線のような車両が待っていた。
「これで宇宙に行くんですか?」と社員の一人が不安そうに尋ねた。
「大丈夫です。最新技術ですから」と案内人が答えた。
乗客全員が席に着くと、車内アナウンスが流れた。
「まもなく宇宙特急ツアーが出発します。どうぞ、シートベルトをお締めください」
突然、強烈な加速感。窓の外の景色が一瞬でかすんでいく。そして、あっという間に真っ暗になった。
「お客様、宇宙空間に到達しました。まもなく月に到着します」
K氏は呆然としていた。本当に宇宙に来てしまったのか。
月面リゾートは想像以上に豪華だった。重力の少ない環境を利用したアトラクション、地球の眺めを楽しむバー、月の石で作られたスパ。
社員たちは大はしゃぎだった。K氏もようやく気を緩めた。
「やあ、K君」
突然、見知らぬ男性に声をかけられた。
「私だよ、社長だ」
K氏は驚いた。目の前にいるのは、確かに社長の声だが、全く違う顔だった。
「実は、この旅行には裏の目的があってね」と社長は続けた。「我が社の新製品、『完全変身カプセル』のテストなんだ。君たち全員、知らないうちに姿が変わっているよ」
K氏は急いで鏡を探した。そこに映っていたのは、見知らぬ若い女性の顔だった。
「これからは、新しい姿で人生を歩むことになる。もちろん、元に戻るカプセルもあるがね」
社長は意味ありげに笑った。
「では、これから月面会議室で、新しい社の方針を説明しよう。我が社は今日から、宇宙特急ツアー社になるのだ」
K氏は茫然自失だった。たった8時間の旅で、自分の姿も、会社の形も、人生そのものも変わってしまったのだ。
窓の外では、青い地球がゆっくりと廻っていた。
(了)




