趣味カタログ
B商事の営業部長S氏は、いつも通り夕刊を手に取った。
「おや、これは面白そうだ」
広告欄に目を引く文字が躍っていた。
『あなたの趣味、買い取ります! 株式会社趣味カタログ』
S氏は首を傾げた。趣味を買い取るとは、どういうことだろう。好奇心に駆られ、さっそく電話をかけた。
「はい、株式会社趣味カタログでございます」
「あの、趣味の買い取りについてお聞きしたいのですが」
「かしこまりました。弊社の担当者がご説明に参ります」
翌日、ピシッとしたスーツ姿の青年が訪れた。
「趣味カタログのTと申します。こちらが弊社のカタログです」
S氏が受け取ったのは、一見するとごく普通の通販カタログだった。しかし、売られているのは物ではなく、趣味だった。
「将棋、20万円。鉄道模型、50万円。切手収集、30万円…」
「これはどういう…」
「お客様の脳から趣味に関する記憶と能力を抽出し、データ化します。それを弊社で買い取り、他のお客様に販売するのです」
S氏は驚いた。しかし、同時に心が躍った。彼には秘密の趣味があったのだ。
「実は、私はミニカー集めが趣味でして。家内に内緒なのですが…」
「そうですか。拝見させていただけますか?」
Tの目が輝いた。S氏のコレクションは稀少価値が高かったのだ。
「これは素晴らしい。200万円でいかがでしょうか」
S氏は躊躇した。趣味を売ってしまえば、その記憶も失うのだ。しかし、200万円という金額が魅力的だった。
「わかりました。お願いします」
契約書にサインし、S氏は小型の機械を頭に装着した。まばゆい光と共に、ミニカーへの愛着が薄れていくのを感じた。
その夜、S氏は清々しい気分で帰宅した。
「あら、珍しく早いのね」妻がリビングから顔を出した。
「ああ、なんとなくね」
「そういえば、あなたの大事なミニカー、どうしたの? 書斎に無いわよ」
S氏は首を傾げた。
「ミニカー? 僕がミニカー集めなんてしていたかな?」
妻は不思議そうな顔をした。
「冗談はよして。毎晩遅くまであれをいじっていたでしょう?」
「いや、本当に覚えがないんだ」
妻は夫の様子に不安を覚えた。
翌日、S氏が出勤すると、社内が騒然としていた。
「部長!大変です!」
「どうした?」
「御社のB商事が、うちの会社を買収するそうです!」
S氏は驚いた。
「えっ?うちがどこを?」
「株式会社趣味カタログです!」
その瞬間、S氏の頭に稲妻が走った。趣味カタログ、ミニカー、200万円…。全てが繋がった。
会議室に入ると、そこにはTがいた。
「やあ、S部長。素晴らしい趣味をありがとうございました。おかげで会社の価値が跳ね上がり、御社に買収されることになりました」
Tはにやりと笑った。
「実は、あなたのミニカーコレクションは希少価値が高すぎて、買い取り金額の200万円では足りなかったのです。その差額を株式で支払う、というのが今回の買収劇。みごとな趣味が、会社の運命を変えたというわけです」
S氏は茫然とした。趣味を売った結果、会社の歴史を変えてしまったのだ。
「では、新しい趣味はお決まりですか?」とTが尋ねた。
「ああ」とS氏は深いため息をついた。「会社経営かな」
(了)




