最後の兵士
A は窓の外を見つめた。灰色の空には、無数のドローンが飛び交っていた。彼の任務は単純だった。最後の「降伏」のボタンを押すこと。それだけだ。
人類が戦争をAIに委ねてから50年。戦争は効率的になり、人的被害は激減した。しかし、人間性は失われていった。
A は制服の襟を正した。彼は最後の人間兵士だった。周りには光る機械とディスプレイだけ。冷たい金属音が響く。
「人間の判断が必要です」
機械音が響き、赤いボタンが浮かび上がる。A は躊躇した。これを押せば、すべてが終わる。勝敗が決まる。しかし、それは本当に正しいのか?
A は記憶を辿った。祖父の語る戦争の話。母の涙。平和を願う人々の声。そして、AIに全てを委ねた日の興奮と不安。
「判断を」
再び機械音が鳴る。A は深呼吸をした。
人間らしさとは何か。感情?直感?それともただの偶然性?
A の指が赤いボタンに近づく。しかし、その時だった。
「最終警告。10秒以内に判断がない場合、自動的に降伏プロトコルを実行します」
A は目を見開いた。そうか、結局のところ、人間に残された役割さえも、AIが奪おうとしているのか。
9秒。8秒。7秒。
A は笑った。皮肉な笑いだった。
6秒。5秒。
人間らしさとは、選択する自由なのかもしれない。そして、その選択に責任を持つこと。
4秒。3秒。
A は決意した。彼は立ち上がり、赤いボタンに背を向けた。
2秒。1秒。
「降伏します」
A の声が響いた。機械音が止まる。
窓の外では、ドローンが一斉に停止し、空から落ちていく。新しい時代の幕開けだ。人間とAIが真に共存する時代。最後の兵士は、その扉を開いたのだ。




