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百物語  作者: 冷やし中華はじめました
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『永遠の輪舞』

真夜中の静寂を破るのは、鋭い金属音だった。

「お前には何度も殺される運命なんだ」

剛三は自嘲気味に呟いた。妻の美樹が包丁を握る手が震えているのが見えた。彼女の目には怒りと悲しみが混ざっている。剛三は目を閉じ、来るべきものを受け入れる覚悟をした。

痛みは一瞬だった。そして、いつものように時間が巻き戻る。

目を開けると、剛三は見慣れた風景の中にいた。結婚式の日だった。

「やあ、美樹。今日は最高の日になりそうだね」

彼は微笑んだが、その裏には諦めと疲労が隠されていた。美樹は幸せそうに頷いたが、剛三にはその笑顔が儚く見えた。

式が終わり、二人きりになった時、剛三は静かに尋ねた。

「今回は何をしたんだ?どうして俺を殺したんだ?」

美樹は困惑した表情を浮かべた。「何を言ってるの?私たち、たった今結婚したばかりよ」

剛三は深いため息をついた。彼女にはまだ何も分からないのだ。そして、これから彼が何をしでかすのかも。

日々は過ぎていった。剛三は必死に美樹を大切にしようとした。しかし、ある日、仕事のストレスから彼女に暴言を吐いてしまう。美樹の目に浮かぶ傷つきと怒りを見て、剛三は悟った。これが今回の引き金になるのだと。

その夜、剛三は再び殺された。そして時間は巻き戻った。

今度は大学時代。二人が出会った日だった。

「君、美樹さんだよね?僕は剛三だ。よろしく」

剛三は微笑んだが、心の中では嘆いていた。何度繰り返しても、結局は同じ結末に至るのだ。

しかし、今回は違った。美樹との関係を深めていく中で、剛三は彼女の繊細さに気づいた。些細な言動が彼女の心を深く傷つけることを学んだ。

そして、ある日のデート中、剛三は決意した。

「美樹、君のことをもっと知りたい。君が何を感じ、何を考えているのか、全部教えてほしい」

美樹は驚いた様子だったが、嬉しそうに頷いた。

それからの日々、剛三は美樹の言葉に耳を傾け、彼女の気持ちを理解しようと努めた。しかし、運命は容赦なかった。

就職後のストレス、家族との確執、そして予期せぬ妊娠の中絶。様々な困難が二人を襲った。剛三は必死に支えようとしたが、結局は彼女の心を傷つけてしまう。

そして、またしても殺される夜が訪れた。

「なぜだ?」剛三は叫んだ。「俺はこんなにも努力したのに!」

美樹の目に涙が浮かんだ。「あなたは分かってくれない。私の痛みを」

剛三は再び目を閉じた。今度はどこに戻るのだろう。

目を開けると、剛三は病院のベッドにいた。隣には泣きじゃくる美樹がいる。

「よかった...目を覚ましてくれて」

剛三は状況を把握するのに時間がかかった。彼は交通事故で重傷を負っていたのだ。そして、美樹は必死に看病していた。

この時間軸では、彼らはまだ結婚していなかった。しかし、美樹の献身的な看護に、剛三は心を打たれた。

「美樹...ありがとう」

彼は心からの感謝を込めて言った。美樹は微笑んだが、その目には何か悲しげなものが浮かんでいた。

退院後、二人の関係は深まっていった。しかし、剛三の中には常に不安があった。いつ、どんな形で彼女の怒りを買うのか。

そんなある日、美樹が言った。

「剛三さん、私...妊娠したみたい」

剛三は驚いた。過去の時間軸では、この出来事が二人の関係を壊すきっかけになったことを思い出す。

「そうか...」剛三は慎重に言葉を選んだ。「君はどうしたい?」

美樹は不安そうに言った。「私...分からないの。怖いわ」

剛三は深呼吸をした。過去の失敗を繰り返さないために、彼は決意した。

「美樹、一緒に考えよう。君の気持ちを大切にしたい。どんな選択をしても、僕は君のそばにいるよ」

美樹の目に涙が浮かんだ。しかし、それは喜びの涙のようだった。

それから数ヶ月後、二人は結婚した。そして、小さな命を育てることを決意した。

しかし、幸せな日々は長くは続かなかった。

ある夜、剛三は仕事で遅くなり、酔って帰宅した。疲れと酒の勢いで、彼は美樹に当たり散らしてしまう。

美樹の目に浮かぶ失望と怒りを見て、剛三は凍りついた。「ああ、またか」と思った瞬間、彼は包丁を持つ美樹の姿を目にした。

「もう...耐えられない」美樹は震える声で言った。

剛三は目を閉じた。しかし、予想していた痛みはなかった。

驚いて目を開けると、美樹が包丁を落とし、崩れ落ちるように泣いていた。

「どうして...どうして分かってくれないの?」

剛三は静かに美樹に近づき、彼女を抱きしめた。

「教えてくれ、美樹。俺に何が足りないんだ?何をすれば良かったんだ?」

美樹は泣きじゃくりながら話し始めた。彼女の心の奥底にある不安や恐れ、そして剛三への期待と失望。全てを吐き出した。

剛三は黙って聞いた。何度も時間を巻き戻してきた経験が、今、意味を持ち始めていた。

「美樹、俺は...」剛三は言葉を探した。「完璧じゃない。でも、君を理解したい。君と一緒に成長していきたい」

美樹は剛三を見上げた。その目には、怒りや絶望ではなく、希望の光が宿っていた。

「私も...あなたのことをもっと理解したい」

二人は長い時間、抱き合っていた。そして、新たな朝を迎えた。

剛三は目覚めると、隣で眠る美樹の姿を見た。彼女の寝顔は穏やかだった。

「もう二度と君を傷つけない」剛三は心の中で誓った。

彼は分かっていた。これが最後のチャンスかもしれないと。もう時間は巻き戻らないかもしれないと。

しかし、それは恐れではなく、希望だった。二人で作り上げていく未来への希望。

剛三は静かに起き上がり、朝食の準備を始めた。新しい一日の始まり。新しい人生の始まり。

時間は巡り、そして進む。剛三と美樹の物語は、まだ始まったばかりだった。

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