敵の顔
B は再び引き金を引いた。画面上で敵兵が倒れる。完璧な狙撃だ。
バーチャル戦争シミュレーターの中で、B は無敵の兵士だった。現実世界での戦争が禁止されて以来、国家間の紛争はすべてこのシステムで解決されるようになった。人命の損失はゼロ。しかし、勝敗の重みは現実と変わらない。
「よくやった、B」
上官の声がヘッドセットから聞こえる。B は無言で頷いた。
次の標的が現れる。B は狙いを定める。しかし、その時だった。
敵の顔が、あまりにも見覚えがある。
B は動きを止めた。画面をズームインする。そこには、まるで鏡を見ているかのように、自分そっくりの顔があった。
「どうした、B?撃て!」
上官の声が焦りを含んでいる。
B の頭の中で様々な疑問が渦巻いた。なぜ敵の顔が自分なのか?これは単なるグリッチか?それとも、もっと深い意味があるのか?
「B、命令だ。撃て!」
B の指が引き金に掛かる。しかし、引くことができない。
画面の中の「自分」が、ゆっくりと銃を下ろした。B も同じように銃を下げる。
「何をしている!」
上官の叫び声が響く。
しかし、B にはもう聞こえていなかった。画面の中の「敵」と見つめ合う。そこに、B は気づいた。
敵は常に「自分」だったのだ。自分の中の恐怖、憎しみ、そして戦いへの渇望。それらすべてが、「敵」という形を取っていたのだ。
B はゆっくりとヘッドセットを外した。画面の中の「自分」も同じ動きをする。
「私は...もう戦わない」
B の声が静かに響く。画面が暗転する。システムがシャットダウンする音が聞こえた。
部屋の外では、騒ぎが起きている。B のような「気づき」が、世界中で同時に起きていたのだ。
バーチャル戦争の時代が終わりを告げる。そして、真の平和を模索する新たな時代が始まろうとしていた。
B は立ち上がり、窓の外を見た。朝日が昇っている。新しい日の始まりだ。そして、人類にとっての新たな章の幕開けでもあった。




