バーチャル葬儀サービス
A氏は真っ白な部屋に立っていた。目の前には、淡い光を放つ半透明のスクリーンが浮かんでいる。
「お父さん」
A氏は声を詰まらせた。スクリーンに映し出されたのは、つい先日他界した父親の姿だった。
「よく来てくれたな、A」
父の声は、生前と寸分違わぬ温かみを帯びていた。
これは「バーチャル葬儀サービス」。故人の記憶データを基に作られたAIとの対話を通じて、新しい形の葬儀が一般化した2050年の光景だ。
A氏は父との思い出を次々と語り始めた。幼少期の運動会。初めての野球観戦。進学の悩み。結婚式での涙。そのたびに、AIは的確に反応し、時に笑い、時に厳しい言葉を投げかけた。
しかし、会話が進むにつれ、A氏の胸に違和感が募っていく。父の反応があまりにも完璧すぎるのだ。
「お父さん、僕が小学校の時、一度だけ殴ったことあったよね」
A氏は、父との唯一の暗い記憶を口にした。
「ああ、あの時は本当に申し訳なかった。お前を傷つけてしまって…」
父のAIは、深く頭を下げた。
その瞬間、A氏の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。
「違う…お父さんは、あの時のことを全く覚えていなかったんだ」
A氏は震える声で告げた。父は生前、アルコール依存症に苦しんでいた。あの日の記憶は、父の意識から完全に抜け落ちていたのだ。
完璧な父のAIは、不完全だった本物の父以上に「父らしく」振る舞っていた。
A氏は静かにスクリーンの電源を切った。白い部屋に、彼の嗚咽だけが響く。
最新技術は、確かに故人との再会を可能にした。しかし同時に、人間の記憶の曖昧さや、関係性の複雑さといった、かけがえのない不完全さまでも奪ってしまったのだ。
A氏は部屋を後にした。心の中で、不器用だけど温かかった本物の父の思い出を大切に抱きしめながら。




